第2章ー8
息子の土方勇中尉が、そんな悪戦苦闘をしていることを、直接に知る由も無かったが、土方歳一大佐は、息子の悪戦苦闘を何となく察していた。
それは、自分の今いる場所からすれば、半ば当然のことだった。
「できる限り、最大限の航空支援を行う様に。その判断は現場に任せるが、最善を尽くせ、と訓令を下す」
「はい」
ソ連軍の冬季反攻に対処するために臨時に編制された日米連合軍司令部の最高司令官に任ぜられた北白川宮成久王提督は、土方大佐の目の前で、そのように訓令を出している。
日本武尊の再来、と日本国内の多くの新聞が謳うに相応しい姿を、周囲に示していた。
その脇を固める参謀の陣容にも不足はない。
「日本海兵隊の作戦の神様」
「酒井忠次公の遺した尚武の庄内藩が最後に産んだ鬼才」
と謳われる石原莞爾提督を参謀長に据えた優秀な参謀達は、ソ連軍の津波のような冬季反攻の状況を把握して、今や反撃作戦を着々と準備しつつある。
土方大佐は、その参謀の一人として、米軍との折衝等に主に当たっている。
それこそ、サンクトペテルブルク(及びその近郊)の後方警備等の任務について、日本海兵隊と米海兵隊との折衝を何とかまとめられたのは、土方大佐の実務能力によるものと言っても過言では無かった。
だが、北白川宮提督や石原提督等にも、どうにもできないことがあった。
「この厳寒の中での戦闘のために、最前線では凍傷患者が続出しているとのことです。手足の指の切断手術等に至ってしまう事態が、発生しているとか」
医療部隊を統括する軍医部長が、苦渋に満ちた表情で報告する事態が発生していたのだ。
「日清戦争の際に、当時は大佐だった林元帥も苦悩され、日露戦争の際にも、凍傷には我々は悩まされたのを思い出すが。ソ連軍が大攻勢を行っている以上、現場には最善を尽くせ、というしかないな」
北白川宮提督は、天を仰ぐようにしながら言った。
傍にいる土方大佐の目からは、涙を零さないために、北白川宮提督は天を仰いだように思え、思わず、土方大佐は口を開いた。
「私の父も、日清、日露戦争の際には、凍傷に自分も部下も苦しめられた、と言っておりました。速やかにソ連軍の攻勢を跳ね返し、天皇陛下の赤子である我が将兵達を、この酷寒地獄から少しでも救い出せるように頑張りましょう」
「そうだな」
土方大佐の言葉に、北白川宮提督は、その通りだ、と思ったのか、少し明るめの口調で言った後、付け加えるように言った。
「だが、あの頃と違う事があるな」
「何が違うのでしょうか」
石原提督が、今度は口を挟んだ。
「日清日露戦争の頃は内地にしかいなかった従軍看護婦が、今や外地、このすぐ傍にもいることだ」
北白川宮提督の漏らした言葉に、周囲は皆、胸を衝かれる想いがした。
流石に最前線には、従軍看護婦は配置されておらず、男性の衛生兵しかいない。
だが、今や師団病院のみならず、大隊病院にも女性の軍医や従軍看護婦を、日本陸軍や日本海兵隊は配置せざるを得ない有様となっている。
日本海軍の艦船にしても、病院船のみならず、大型の空母や戦艦には、女性の軍医や従軍看護婦を乗り込ませる例が終に生じ出したらしい。
菊の御紋が着いた軍艦に、女性が乗り組む時代が来るとは、と堀悌吉海相は嘆いたとか。
土方大佐は、口には出さずに、少し想いに耽らざるを得なかった。
本当に従軍看護婦が外地に派遣され、大隊病院や軍艦にまで配置される事態が生じる、とは、この第二次世界大戦が始まった時でさえ、自分には想像はできなかった。
精々が師団病院や、いわゆる海軍の根拠地隊付属の病院に配置されるだけだと思っていたのに。
彼女達は、現場に赴いて、今、どんな思いをしているのだろうか。
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