第2章ー7
島田豊作少佐の発砲が、ソ連軍のこの冬季反攻時の、ソ連軍と日本軍との激突の号砲に事実上なった。
この後、各戦線において、日本陸軍、海兵隊とも、ソ連軍と各所で激突を開始した。
「こんな中で、右近徳太郎は戦ったことがあるのか」
川本泰三中尉は、寒さに震えながら、雪原の中で戦うことになった。
地形を生かして、身を潜め、ソ連軍の攻撃を阻止する。
いわゆるミトン形の手袋では、銃を撃つこと等ができないことから、試行錯誤の末、銃が撃てるように三本指形の手袋が開発されているが、これは、これで人差し指が凍傷になりやすく、将兵の間での評判は微妙なものといってよい状況だった。
とは言え、五本指の手袋よりは、凍傷防止のために有用なのは事実で、川本中尉も三本指手袋を一番外側にして、手袋を二重にはめて、この場で戦う羽目になっている。
「それにしても正気の沙汰とは思えない」
川本中尉は極寒に震えながら、ソ連兵を射撃しながら呟きつつ、部下と共に勇戦した。
その視界内の中には、海兵隊の誇る零式重戦車が入ってくる。
「あいつらはいいな。暖かい戦車の中で戦えて」
川本中尉は、部下の手前、口には出さなかったが、内心では呟かざるを得なかった。
川本中尉の視界に入ったのは、実は土方勇中尉の操る零式重戦車だった。
「こちらが戦車内にいるのだから、文句は言えないのは分かってはいるが。こんな極寒の中でも、ソ連軍は攻撃を開始できるのか。あいつらは、本当に人間なのか」
それが土方中尉の率直な想いだった。
実際、この極寒のために、土方中尉の所属する戦車中隊を構成する18両の戦車の内4両は、戦場に赴くことがそもそもできず、残りの14両の中の4割近い5両が、何らかの軽度の故障を抱えて、戦場に赴く羽目になっている。
土方中尉の搭乗している戦車も、表面上は故障していない筈なのだが、土方中尉にしてみれば、微妙に照準器の調子が悪い気がして仕方ない。
「照準器に結露等が生じて射撃に支障がないのが、まだ救いか」
と少しでも明るい方向に思考を向けてはいるが、こんなソ連軍の反攻に対処するときでなければ、まずは点検をしてもらいたいような状況だ、と土方中尉は考えていた。
実際、それもあって、いつもならもう少し後方に配置すべき戦車等の整備部隊を、やや前線に配置せざるを得なくなっている。
戦車が故障した際、故障した際、少しでも前線に早く赴けるようにだ。
整備部隊所属の防須正秀少尉は、それが仕事ですから、と笑って言ってくれはしたし、土方中尉も現実からすれば妥当な考えとは思いつつも、何となく嫌な感じがして仕方ない話だった。
実際、土方中尉の搭乗する戦車は、敵戦車に対してはなった初弾を外してしまった。
慌てて、第二弾を撃つが、これまた命中はしたものの、土方中尉の狙った所とは違うところに命中した。
「やはり、照準器が狂っているか」
土方中尉は、そう判断し、見越し射撃を行うことにした。
これまでの戦闘の経験から、どのように逸れるかの見当が付けば、それに合わせてどう射撃すればいいのか、ある程度は自分は推測がつく。
実際、今度の射撃は命中した。
「これは苦戦を強いられるな」
土方中尉は、部下の手前、内心でのみ、そう呟かざるを得なかった。
土方中尉の視界内では、海兵隊員が悪戦苦闘している。
厳寒の中での戦闘だ。
下手に負傷したら、負傷部分が凍傷を引き起こし、更に負傷が悪化してしまう。
もっとも、それを言えば、ソ連軍の将兵も本来は同様の筈なのだが、海兵隊の方が、この厳寒の中での戦闘に慣れてはいない、という想いが土方中尉にはある。
「上は何をやっているのだ。何とかしてくれ」
土方中尉の内心の焦燥はさらに高まった。
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