第5章ー29
1943年10月13日、英空軍は、第二次世界大戦を終結させるための作戦、秘匿名称「ゼネラルジャッジメント(公審判)」を実施した。
1月余りに及ぶ様々な情報収集の結果、ソ連のクイビシェフ近郊に建設されたジグリの地下壕の数か所の出入り口の場所を確定できた、という判断から、この作戦は実施された。
ツーラ近郊に建設された大規模飛行場から、急きょ改造されたランカスター爆撃機60機が飛び立った。
彼らには、トールボーイが1発ずつ積まれている。
また、トールボーイだけで済ませるつもりは無く、彼らには、他に約900機のランカスター爆撃機やハリファックス爆撃機も同行して、共に爆弾の雨を降らせることになっていた。
1か所に約1000トン、合計すれば、約6000トンの爆弾が降り注ぐ予定だ。
もし、これでジグリの地下壕の出入り口が破壊できなくとも、繰り返し米陸軍航空隊と協力して、爆撃を繰り返す覚悟を英空軍は固めていた。
それによって、英空軍、いや連合国軍、政府としては、ソ連政府首脳部を抹殺するつもりなのだ。
それでは第二次世界大戦が終わらない、という懸念が連合国軍、政府内で無い訳ではない。
だが、ここまで第二次世界大戦が泥沼化している以上、これ以上、悪くなることは無い、ソ連政府首脳部を抹殺して、連合国各国の指導の下、旧ソ連領内に民族、宗教毎の国家を建国、政府を樹立して、それに旧ソ連領内の統治を委任し、なし崩し的に第二次世界大戦の終結を図るべきだ。
そう考えるように、ルーズベルト米大統領以下、連合国の主要な首脳はなっていたことから、「ゼネラルジャッジメント」作戦は断行されることになった。
「ゼネラルジャッジメント」は、半ば予想されていたことだが、1度だけでは終わらなかった。
1度の爆撃では全ての出入り口の破壊は出来ず、米陸軍航空隊も協力して(もっとも、トールボーイの搭載を米陸軍航空隊は出来なかったので、最大でもM56、4000ポンド(約1.8トン)爆弾が最大の爆弾と言うことになったが)、全部で5回に渡って実施され、約3万トンの爆弾が降り注いだ。
その結果。
5回目の爆撃完了後、航空偵察等、様々な手段を講じた情報収集の結果、ジグリの地下壕の出入り口は完全に崩壊した、と判定される事態が起きた。
更に、10月15日の5回目の爆撃の際には。
5回目の爆撃が終了した後、ジグリの地下壕のある山塊は大きく変容を遂げていった。
何が起こったのかは、空からでは正確には分からない。
だが、その光景を目撃した英空軍の爆撃機の搭乗員多数の証言によれば。
「あたかも、大規模な落盤事故が、山の中で起きたかのように、山が陥没していった」
「恐らくだが、トールボーイを始めとする大型爆弾の大量投下により、山の岩塊にひびが入り、それが重みから徐々に拡大し、地下壕を支えられなくなり、崩壊したように見えた」
等の証言があり、恐らくそれが真実ではないか、と推測されている。
その際に、どこまでの事態が起こったのかは、歴史の闇の中の話だが。
恐らく、この時にジグリの地下壕の中で、スターリン以下のソ連政府首脳部は全員が死亡したのではないか、というのが、連合国政府の公式見解であり、歴史家の間の通説でもある。
その後も、ソ連政府を名乗る発表は続いたが、公式に一般人のいる場に、スターリン等、ソ連政府首脳部を構成していた人物が、姿を現すことは全く無くなったからだ。
そして、ソ連軍の統一的な抵抗も無くなり、個々の部隊が抵抗する状況となった。
更に、10月20日には、モスクワ陥落後も東進を続けていた米第三軍により、クイビシェフは占領されて、ここに連合国は対ソ戦終結を宣言した。
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