第5章ー25
この爆弾の開発を英軍が推し進めた、そもそもの発端は、日本海軍の戦艦「大和」の存在を、英軍が知ったことからだ、という根強い噂がある。
これは真偽不明の噂であり、英軍が今までに公開した公文書の中で、それを支持するものはない。
逆にそれ以前から、この爆弾の開発計画は存在していることが、公文書で判明する。
だが、歴史的背景を考えれば、この爆弾の開発を大幅に推進させたのは、「大和」の存在である、との噂は決して無視できない噂でもある。
1942年5月に行われたソ連欧州本土への侵攻作戦に際し、連合国軍はバルト海、リガ近郊における上陸作戦を展開し、その作戦は多大な犠牲を払ったものの成功した。
その際に「大和」は、21世紀に至っても世界史上最強の戦艦と謳われるに相応しい強靭さを、実戦で示すことに成功した。
それを横目で見た英海軍、及び空軍上層部は考えた。
もし、「大和」と戦わねばならなくなったとき、我々はどうすれば勝てるだろうか。
何しろ16インチ砲弾19発を浴びせられても、なお、悠々と戦闘、航行共に可能な化物戦艦なのだ。
我々が保有する最新鋭戦艦、キングジョージ5世級戦艦の搭載する14インチ砲や、他の英戦艦の搭載する15インチ砲で沈められる気がしない。
勿論、水雷戦隊の襲撃により、雷撃で沈めるという手段はあるだろうが、「大和」と戦うのに、駆逐艦の集団雷撃という方法を公言しては、師匠である英海軍の沽券にかかわる話になる。
かといって、航空攻撃で沈められるか、というと艦上機の雷撃や爆撃で沈められるとは思えなかった。
何しろ日本海軍は、空母機動部隊においても、米海軍に次ぐ質量を誇る。
特に質においては、世界最強を自他共に認め、あの自尊心の塊の米海軍のキング合衆国艦隊司令長官が、
「米海軍航空隊は、日本海軍航空隊には、質ではなく量で勝つのだ」
と陰でぼやいた、という話があるくらいだ。
そうした日本海軍相手に、質量共に劣る英海軍の艦上機からなる航空隊が挑んで勝てる訳が無い。
それならば。
英空軍の攻撃で、「大和」を沈めるしかない。
そして、「大和」を確実に沈められる爆弾となると。
大型重爆撃機が運搬する巨大爆弾を、高高度からの爆撃で当てるしかない。
そういった理由から、5トンもの巨大爆弾「トールボーイ」の開発は、表向きは巨大な地上目標を破壊するために、英軍において、急きょ推し進められることになった。
ドイツのフリッツX等の情報を、英国伝統の「外套と短剣」を駆使して手に入れる等して、無線誘導弾としても使えるような派生型まで、開発研究されていた。
1943年夏のこの段階では、「トールボーイ」の無誘導型は量産可能状態になっており、無線誘導型の試作が英国内で繰り返されるという現状にまで到達している。
航空偵察、また、現地の諜報員からの情報、また、空挺等によって特殊部隊を送り込んで得られた情報、これらを組み合わせることで、ソ連政府首脳部が立てこもっているジグリの地下壕の出入り口を把握し、それを「トールボーイ」で破砕することで、ソ連政府首脳部を潰してはどうだろうか、そうモントゴメリー将軍は提案した。
このモントゴメリー将軍の提案は、連合国軍最上層部の会議において承認され、実際に実現可能なのか、実施を前提として連合国軍による情報収集等が行われることになった。
もし、核爆弾が既に開発されていたら、「トールボーイ」の代わりに核爆弾が使用されただろうが、この時点では核爆弾の開発は間に合っていなかった。
何しろ核爆弾に使用されるプルトニウムを生産するための原子炉さえも、この時点では設計図段階に過ぎず、建設には未だに着手されていなかったのだ。
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