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第5章ー22

 このような戦闘を行いながら、モスクワに迫っていたのは、土方勇中尉だけでは無かった。

 土方中尉の義弟の岸総司大尉も、同様だったし、他の日本軍のみならず、連合国軍の各部隊も同様だった。

 そして。


 右近徳太郎中尉は、部下の下士官兵と共に北からモスクワへ、と他の日本陸軍の部隊と共に迫っていた。

 右近中尉の部下の約3割が補充等により、台湾人になっている。

 そういったことから、戦闘の際に思わず、台湾語で話す部下がいて、その掌握に右近中尉は苦労していた。


「いいか、気持ちは分かるが、日本語で話すことを心掛けろ。敵兵と思って撃たれるぞ」

 台湾語が聞こえる度に、その都度、右近中尉(及びその周囲)は警告するのだが、台湾人にしてみれば、どうしても馴染みのある言葉が出てしまうらしい。

 苛立つ余り、鉄拳制裁まで思わず出る下士官までいる有様で、それへの対処にも右近中尉は苦労していた。


 そういった一方で、右近中尉は一歩ずつモスクワに迫りながら、これまでに自分が戦った戦場のことを、時折、思い返さずにはいられなかった。

 何しろ、満州からシベリアまで戦い、更にここ欧州でも戦う羽目になったのだ。

 他に同様の戦歴を持つ日本軍の将兵も多数いるとはいえ、自分がその一人になると、大学入学時、いや、第二次世界大戦勃発時でさえも思いも寄らなかった話だ。

 それを想えば。


「台湾人の兵達が、思わず台湾語で話すこと等、小さなことに思えるな」

 誰もいないことを確認した上で、そう右近中尉は呟かざるを得なかった。

 更に言うならば、右近中尉は、最早、サッカー場のフィールドに、日本代表としては立てない身体になってしまっていた。

 いわゆる草サッカー選手としてなら、まだまだ一流だろうが。


「この冬に凍傷を悪化させて、右足の指2本を自分は落としてしまったからな。もう、代表選手としてはどうにも無理だな。コーチなり、監督なりの路を戦後は歩むしか無いな」

 そう、右近中尉は半ば達観せざるを得なかったのだ。


 もっとも、そこまで右近中尉が考えてしまうのは、部下の台湾人の兵が、この冬に凍傷等で酷い目に遭ったのも大きかった。

 日本軍上層部も、できる限りの気は使ったのだが、やはり亜熱帯といえる台湾出身の兵に、ロシアの極寒は多大な苦難を与えてしまったのだ。

 流石に命を失う者は出なかったが、手足の指の切断手術に至った兵は、(日本本土出身者と比較して、相対的に)多かったのだ。


 それでも、単純な戦意だけからいえば、台湾人の兵は、日本本土の兵よりも高い者が多かった。

 何故なら、ここで戦い抜けば、きっと日本政府は、台湾に好意を持ち、台湾の独立を認めてくれるのではないか、と信じる兵が多かったからである。

(実際、米内光政首相以下、日本政府上層部もそれを期待させるような発言をしていた)

 それに、相対的に長く戦い、戦に倦んでいる日本本土の兵に比べて、台湾人の兵は戦場に赴いたのは後になってからだった。

 その差もあり、台湾人の兵は勇敢だ、と右近中尉やその周囲も認めていた。


 右近中尉は、もうすぐモスクワにたどり着く、と思う一方で、自らの私物の中にある川本泰三中尉の手紙のことを、想い起こした。

 川本中尉が言い出したのだが、縁起でもない、と言われそうだが、この攻勢前に手紙を取り交わし、死んだ際には相手に想いを伝えたい、と言うことになったのだ。

 そのために、自分も川本中尉に手紙を書いて渡してある。


 何年も共に戦い、戦友の死を見届けてきた。

 そして、自分にとっては思い出深い、ベルリンオリンピックのサッカー代表団の多くが、石川監督を始めとして、戦場に散っている。

 自分も川本も。

 そう右近中尉は、しばらく想いを巡らせてしまった。

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