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「松浦……聖美さん?」
次の日 僕たちは、C子が通っている学校の校門まで出向いて、ひとりの少女を待ち伏せした。C子が手紙をネコババしたという女の子は、全体的にチンマリした感じがする子だった。ABC子に幻滅した後なので、顔の造作を云々するのは、僕としては、もうこりごりなのだが、この子については語りようがなかった。なぜなら、和臣が自分に近づいてくるとわかった途端に彼女は絶句し、赤くなった顔をずっと両手で押さえつけたままだからである。そのために、僕たちは、いまのところ彼女の顔の4分の1程度しか見ることができていない。
僕らは、彼女と彼女の友達を、近くの喫茶店に誘った。和臣は、誰の要望も聞かずに、僕らにはコーヒーを彼女たちにはケーキセットをオーダーした。
「この手紙なんだけれど……。君が書いたものだと聞いてきたのだけど」
和臣が懐から、C子からもらった手紙を出した。
「なんで、この手紙を、六条さんが持っているんですか?!」
目の前に置かれた手紙を指の間から凝視しつつ、少女が叫んだ。動揺しまくっている彼女の横から、友人が説明する。この手紙は、書いてはみたものの、出す事ができずにずっと鞄にいれて持ち歩いていたものだそうだ。それを一週間ほど前に失くしてしまったのだが、誰に拾われたかと心配で、ここ数日間の彼女は食事も喉を通らないほど落ち込んでいたのだという。
「それが、よりによって六条さんの手に渡っていただなんて……」
こんなものを読ませてしまって、本当にごめんなさい。申し訳ありませんです。穴があったら入りたい……と、彼女はひたすら恐縮し頭を下げた。なんだか、見ているだけでも、とても面白い子である。和臣も面白がっているようである。
「僕宛の手紙なんだから、僕に届くのは、当然の成り行きなんじゃないの?」
「そうなんですけれど、恐れ多いんですっ。でも、これ……」
彼女が顔を覆ったまま、不思議そうに小首を傾げた。
「封筒が違うようなんです。それに、字も私の字では……」
「うん、そうなんだ。あのね、ここだけの話にしておいてほしいんだけど……」
和臣は、彼女たちに掻い摘んで事情を説明した。
「そんなわけで、僕のせいで、君には大変嫌な思いをさせてしまいました。申し訳ない」
「い、いいえ。とんでもございませんでございます。どうか、お願いです。この私めに、頭なんか下げないでやっておくんなさいませ!」
彼女が喚いた。相当上がっているのだろう。声が裏返っているうえ、日本語が、かなりトチ狂っている。徹でさえ、これを聞いて吹き出した。
「そうですよ。謝らないでください」
彼女の友人が笑いながら言った。
「椎名美夏子に盗まれでもしなければ、その手紙は、ずっとこの子の鞄の中に入ったままだったでしょうから。結果的に、六条さんに手紙が渡って、読んでもらえて、良かったんです」
「全然、良くないよおお」
彼女がうめいた。
「だって、3年生の椎名さんって、性格は悪い人なのかもしれないけれど、堂々として、すごい綺麗な人だよ。それなのに、手紙を書いたのが、実はこんな地味でチンケな奴だったなんて……。すみません。がっかりしましたでしょう?」
本当に、すみません。
ごめんなさい。申し訳なくて涙が出そうです。
……と言いながら。彼女は顔を覆ったまま、どんどん頭を下に下げ、とうとう机に突っ伏した。
このままだと、テーブルの下に潜り込んでしまいそうだと僕は思った。
「なにも、そこまで、自分を卑下しなくてもいいんじゃないかなあ」
見かねた和臣が、ついと立ち上がって、猫の子をつまみあげるように、向かいに座る彼女の首根っこを摘み上げた。「ひゃあっ」と、彼女が変な悲鳴を上げた。
「あのね。実は僕は感動したんだけど」
「へ?」
「手紙は幾つももらったことがあるけど、こんなふうに僕のことを見ていてくれた人がいるとわかったのが、なんというか新鮮な驚きだったというか……」
「あ、あの??」
「だから、お詫びがてら、一度会ってみたいな……と思ったんだけど、ごめん、かえって迷惑だったよね?」
和臣が、かすかに不安そうな表情を見せた。いつも自信たっぷりな彼にしては、珍しく弱気な顔である。
「は、はいぃ??」
和臣の今の言葉は、完全に彼女の理解の域を超えてしまったらしい。驚いた彼女は顔から手を離すと、赤い顔と潤んだ目で、和臣を見上げた。
「お」と、思わず僕は声を上げた。徹も、「これは、これは」というように、かすかに眉を上げた。
(可愛いじゃないか?)
「なんだ。隠す必要なんか全然ないじゃないか」
和臣も笑った。
「君、とても可愛いよ」
「……」
和臣の笑顔を凝視したまま松浦聖美が固まった。その直後、僕は彼女の頭の天辺から大量の湯気が勢いよく吹き上がったのを見た……ような気がした。
「しっかりして、聖美⁈」
友人が、気絶した彼女を慌てて抱きとめた。




