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そして、土曜日。
僕たちは、和臣がデートの約束をしたという渋谷の駅前に集まった。
本日の彼のお相手はA子である。
「それで、なぜ、お前らまで集まっているんだ?」
約束の時間の5分前。忠犬ハチ公の銅像を見張るように近くのデパートの壁の隅で塊になっている僕を含めた10人ばかりのクラスメートに気が付いた徹が、呆れたように声を掛けてきた。
「だって、気になるじゃないか! 徹こそ、なんでここにいるんだよ?」
「俺は、A子さんとやらが、樋口が言うほどの美人なのかどうかが気になってね」
どうやら 徹は、僕が彼のことを『美人と不美人の区別もつかないほど美的感覚がない』と言ったのを、根に持っているらしかった。
「ところで、あの女性が、そのA子さんなのか?」
徹が、僕たちの視線を、ハチ公のほうに向けさせた。見ると、改札口のほうから、A子こと落合栄子が嬉しそうな顔で小走りに和臣に近づいていくところだった。
和臣は、いつもの人を食ったような笑顔ではなく、爽やかな笑顔でA子を迎えた。口元に微笑みを湛えたままわずかに腰を屈めるようにして和臣がA子に何事かをささやくと、彼女は、うっとりとした表情で彼を見上げた。
「落ちたな、あれは……」
頬を染め、とろけるような笑顔を和臣に向けるA子を見て、僕たちは、深いため息をついた。唯一、ため息をつかなかった徹だけは、「美人というより、繁殖期の孔雀のオスみたいな子だな」と、A子に対する独特な感想を述べ、「俺、本屋に寄って帰るから」と、和臣が行ったのとは違う方向に去っていった。
翌週月曜日。
僕たちは、登校してきた和臣を囲んでデートの成果を聞きだそうとした。
「和臣、愛想よくしようと思えばできるんだな。女性の扱いも本当に上手いし、驚いたよ」
「あれは、父親の真似をしてみただけだよ」
「いいや、あれぐらいでは、まだまだ父親の域には達していないだろう」と、どうやら和臣の父親を知っているらしい徹がボソボソと突っ込みを入れているのは無視して、僕らは、更に和臣を質問攻めにした。
「それで、成果は?」
「あのあと、彼女とはどうなったんだ?」
「成果なんて、ないよ」
和臣によると、あの後、一時間もしないうちに彼女と別れたのだという。
「なんでっ?!」
「頭が悪すぎるから」と、彼は言った。
「うちの姉もアホだけれど、あそこまで頭が悪いと付き合いきれない。しかも、彼女自身がそれに気が付いていない。最悪だ」
だから、どこがどう悪いのかを和臣が指摘してやったら、A子は怒って帰っていったのだという。
次の日のB子とのデートも同様で、数時間を一緒に過ごした後で別れたそうだ。
彼女を振った理由は、「うちの明子ほども思慮がなく、橘乃ほども愛想がないから」とのこと。ちなみに、明子も橘乃も和臣の妹だということだった。
「なんだ? お前は、シスコンだったのか?」
「違う。僕は、女性に求める最低限のレベルの話をしているだけだ」
和臣が頑として否定する。徹が「六条、レベル高すぎ」と呟いたが、この発言も聞き流された。「こんなシスコンのお子ちゃまには、まだまだ恋なんて無理だな」と、級友たちは、急に醒めた顔になって、それぞれの席に散っていった。
和臣の側には、僕と徹だけが残った。
「『お子ちゃま』とは酷いな。まあ、僕は初めから彼女たちと付き合う気なんてないんだから、いいけどね」
和臣は、負け惜しみのようなことを言って、肩をすくめた。
「じゃあ、なんのために、彼女たちに会いに行ったんだよ?」
「それは、彼女たちが僕と付き合いたがる本当の理由を知りたかったから。それと、もう1つ、是非とも探し出したい人物がいるのでね」
「本当の目的? 探し出したい人?」
「知りたいかい。じゃあ、水曜日に僕とデートしよう」
「水曜日?」
その日は、和臣が、C子こと椎名美夏子とデートの約束をしている日であったはずだ。怪訝な顔をする僕に、和臣は、「来ればわかるよ」と、誘うような笑みを浮かべた。