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罪作りな男  作者: 風花てい(koharu)
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下駄箱に入れられた自分宛のラブレターを教室にある少しひしゃげた灰色のスチール製のゴミ箱に放り込むのが、僕の同級生である六条和臣の朝の日課となっている。


 ちなみに、僕たちが通っている翔鳳高校は男子校なので、多くの学生は、男女交際どころか、家族以外に女性と話す機会がないような野郎どもばかりである。だから、ほとんど毎朝のことであるにもかかわらず、和臣がこれをするたびに、『馬鹿野郎!!』とか、『お前みたいな罰当たりは、馬に踏まれて死んでしまえっ!!』というような野太い悲鳴が、教室中から上がることになる。


和臣の隣の席になって以来、ゴミ箱を経由して席に着く彼を非難を込めた眼差しで迎えるのも、毎朝の僕の日課となっている。

「お前って、つくづく酷い奴だよね」

「なんで僕が酷いの?」

 和臣が、形の良い眉をひそめて、僕にたずねた。彼は、同性であっても思わず見とれてしまうほど、綺麗な顔立ちをしている。女装させたら、きっと美女に変身できるだろう。しかしながら、僕は彼が女性的だとは思ってはいなかった。それはきっと、この男の眼差しの厳しさと、優しさの欠片もない性格が起因しているのではないかと思う。


「だって、仮にも、君に想いを寄せてくれている子からの手紙だよ。それを、中味も見ずに捨てなくたっていいじゃないか」

「でも、手紙を直接渡されそうになった時はいつも、僕は、その場で受け取りを拒否している。直接渡される手紙は読まないのに、下駄箱に入れられた手紙は読むんじゃ、不公平じゃないか?」

「なるほど、それもそうだ」

 手にした文庫本を読みながら、僕たちの話を聞くでもなしに聞いていた後ろの席の笹倉徹が静かに相槌を打った。そして、「第一、下駄箱に手紙を置いていく女生徒も女生徒だ。ここは男子校だぞ。どうやって入ったんだ?」と、不快感を表情ににじませる。こいつは整ってはいても険しい顔つきをしているので、その程度の表情の変化でも、身の危険を感じるほど怖い。


「だから、それだけ彼女たちも一生懸命だってことだよ。なんで、わからないのかなあ?」

 僕は、立ち上がると、ムキになってふたりに訴えた。周囲から僕に向けて、『いいぞ、樋口!』『その居丈高なモテ男どもに、俺らの悲しみを思い知らせてやれ!』等の声援が飛んだ。僕は片手を上げて彼らの声援に応えると、本格的に和臣への説教を開始しようとした。


 その時である。


「これ、落合栄子からだっ!」

「A子さんだけじゃないぞ。なんと、こっちはB子だ!」

「C子からの手紙もあるぞっ!!」

 和臣が手紙を放り込んだゴミ箱を漁っていた同級生3人が声を上げた。


「なんだって?」

 僕も含めた教室にいた多くの者が、その声に敏感に反応した。だが、手紙をもらった当人である和臣は、きょとんとした顔をしている。徹もだ。

「A子にB子にC子?」

「この学校の近くにある学校に通っている女の子だよ。知らない?」

 翔鳳高校のすぐ近くにある進学校で有名な都立高校に通っている落合栄子。

 同じく、学校近くの私立の女子高に通っている春日美子。

 椎名美夏子は、隣町にある共学の私立高校に通う生徒で、噂では芸能界からスカウトされたこともあるということだ。彼女たちは、この辺りの男子生徒の憧れの的。いわゆるマドンナ的な存在である。


「なるほど。栄子でA子、美子でB子、そして、椎xxx子でC子、あわせて、ABC子か」

 和臣が面白がる。 

「でも、そんな美人、この辺りにいたかなあ」

「俺は見た覚えがない」

 和臣に訊ねられた徹が、気のない様子で首を振った。

「徹みたいな女に興味がなくて美的感覚のない男に、美人と不美人の区別なんかつくわけないだろ」

 聞く相手が間違っていると思いながら、僕は和臣に言った。

「笹倉。女嫌いで審美眼がないんだってさ」

 何が面白いのか、和臣が笑った。対する徹が「心外だな」とため息をつく。


「でも、そうか。他所の学校の小町娘が同じ日に僕にラブレターをねえ……」

「そうだよねえ。どいつもこいつも和臣に夢中だなんて、腹が立つ。というより、女の子たちって、本当に男を見る目がないよなあ」

 所詮女は顔で男を選ぶものなのか……とぼやく僕に、徹が片眉を上げて、「そういうことじゃないんじゃないか?」と言った。

「へ?」

「たぶんね」

 和臣が、説明を欲している僕を無視して笹倉にうなずいた。


「おい。そういうことじゃないって、どういうこと?」

「まだ憶測の段階だけどね。ねえ。それ、見せてくれる?」

 和臣は、ゴミ箱を漁っていた生徒から手紙を取り返すと封を開けた。大勢の男子が、手紙を盗み読みしようと背後から彼を囲んだ。


「『初めて見たときから、恋に落ちていました』だって!」

「『ずっとあなたのことを見ていました』。 くうううっ! なんて可愛いことを書いてくるのだろう」

「『今度の日曜日、会いませんか?』だって!」

「ふうん、なるほどね。せっかくだから、彼女たちの誘いに乗ってみるかな」」

 和臣は、背後の雑音など気にも留めず、終始冷静な表情を崩さぬまま、手紙の中味から封筒の表書きに至るまで、じっくりと目を通した後で言った。何だかんだ言っても、やはり和臣も男の子。綺麗な娘の誘いには弱いということなのであろう。なんだか、とても楽しそうである。


「で? 誰とデートするの?」

「もちろん。3人全員だよ」

 和臣が言うと、『ふざけるなよ。コラッ!』『だれか一人にしろ』等の、乱暴な罵声が彼に向けられた。しかし、何を言われても、彼は涼しい顔である。

「デートのお誘いは、今週末の土曜日と日曜日、それから水曜の祝日だ。まるで、予め日程調整をしたかのように、気持ちが悪いぐらいにバッティングしていない。だから、全員に会ってくる。確かめたいこともあるしね」

「確かめたいこと?」

 僕らの問いに和臣は答えず、ただ、意味ありげな微笑みを浮かべただけだった。



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