表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

オンネトーと女性

作者: 炉谷義露

 私の恋人が運動を為たいと云うので、車両を駆って出掛ける事に決めた。午後が始まって直ぐの時間であり、余裕は有ったので私が以前に訪れたオンネトーと云う湖沼へ向かった。私は釧路に住んで居り、其の以前は北見の知人と行った物であった。然う為て、オンネトーは足寄の外れに在る。

 暫く車道を走り、阿寒湖を左方に見送る。左折為、軈てオンネトーの付近に至る。随所に残雪が見られる中、私と恋人は殆ど見得ぬ歩道へ踏み込んだ。落葉や樹根は記憶の通りに走って居たけれども、散見為れる積雪が足許を惑わせる。未だ寒い為、虫類が少ないのは助かるけれども、何れも参った。加えて些か寒かった。

 途中、引き返す事も考えたが、遂いに周った。吾人の他に誰も居なかったが、終わりに差し掛かると一組の人間が居た。野営地は閉鎖為れて居るし、吾人も来て失敗だったと思ったのに、客人が来るのだなと自分を上げて思った。客人は何も無い事を悟ったか、直ぐに帰って行った。吾人も帰る事と決めた。

 帰途に就き、車両で少し行くと路傍で一人の女性が片手を振って居た。私は瞬時に余計な関係は持たない方が良いだろうと思い至ったけれども、場所が場所である。現代の利器も通用為ない程度に山中であり、往来も少ない。然う為て寒い。既う夕刻に差し掛かって居る。僅かに離れたが停車為、降りて彼女へ向かって歩いた。

「何うか為さいましたか。」

「はい、車が埋まって終いまして。」

 彼女も歩み寄って来た方向を見遣ると、白藤の滝と云う看板が立って在った。車両と云う物は見当たらない。

 彼女は少し装飾の有る服装を為、山中で見るには幾らか不調の様子である。頭髪も整え、化粧も確りと為て居る。私には其れも不調に映り、呑み込み兼ねた。

「何方から来られたのです。」

「阿寒の方から。帯広へ抜けようと思ったのですけれど、看板が立って居るので何かと見に行ったんです。其処で積雪にタイヤが埋まって抜けられなく成りました。」

 四月の下旬ではあるが、樹影や凹部の積雪は日光が当たらず中々に解けないのである。

 私は此処で観光で来られた方かと考えた。特別に根拠は無いけれども、北海道に住まう人間が斯様な時間と環境で観瀑に赴くとは思い得なかった。感興為ないかと問われれば、確かに感興は為る。為るけれども差し引きを挟むと止めると云った運びである。尋ねようかとも思ったが、余計だと思い直して止めた。

「牽引用のワイヤーでも持って居れば引っ張って差し上げたんですけれど、持って居りませんのでね。」

「圏外で助けも呼べないので、電波の届く場所迄で良いので乗せて行って貰えませんか。近くの車屋は何処に在ります。」

「詳しくは分かりませんけれど、此処から釧路や北見、帯広へ向かうと九〇分は掛かります。阿寒のガソリン・スタンドで良ければ通りますので、取り敢えずは其処迄乗せて行って差し上げます。」

 然う言って彼女を後部の座席へ促した。車内で待って居た恋人が座席を整理為、掃除為て居た。

 思わぬ乗客を増やして私は阿寒のガソリン・スタンドへ着いた。道中に於いて会話は無かった。若しもガソリン・スタンドが救助を引き受けて呉れなければ困るので、反応が得られる迄は待って居る事に為た。私と恋人は車内に居、乗客が降りて職員と会話を為て居た。内容は聞こえなかった。少し経て、彼女が寄って来たので車窓を開けた。

「取り敢えず、軽トラで引っ張って貰える事に成りました。有り難う御座いました。」

「然うですか。私達は行きますので、頑張って下さい。」

 然う交わして私は発車為、ガソリン・スタンドを出た。出る直前に、職員が樹脂で出来た黄色の鎖を持って軽トラへ乗り込む様子を見た。彼れで牽引に耐えるであろうかと思った。

 其れから道中、私は一連の流れを省みた。

 先ず彼女が、車両が積雪に埋まったと伝えた時、彼女の車両を私が後方から押して遣る可きであったろうか。軽自動車ならば何とか抜け出したか知らん。尤も見ず知らずの人間である、助けると雖も高価な車両を傷けては拙かったろう。修繕の費用よりも業者に依頼為る費用の方が安くては敵わない。

 ガソリン・スタンドでの会話を隣りで聞いて遣れば良かったであろうか。私の見立てに於いて彼女は北海道の人間では無い。正確に彼の場所と状況を伝えられたのであろうか。

 恋人の直後に知らぬ人間を載せたのは拙かった。彼女が若しも悪意の有る人間であれば、恋人を危険に晒す事と成って居た。対象が女性であったから些か甘く見た傾きが有ったろう。次ぐ機会が有れば対応を変えるだろうか、最初から見捨てるだろうか。

 私が彼女を見捨てたと為て、他人が彼女を拾っただろうか。車両の往来は少ないけれども、皆無では無い。然し乍ら、果たして斯様な神経で生きて良いのであろうか。

 色々と思えども答えは出なかった。尤も、私は他人を助けるのみならず、自分を助けて頂く機会が訪れるかも知れないと思い、牽引ワイヤーを買おうと胸中で誓った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ