5話 日常
ダンジョンマスターになって早4日目。日本は月曜日を迎え、休日ではないので学生は皆学校に登校しなくてはならない。
空もまた学生である。偏差値そこそこの公立高校に入学し、ピカピカの新入生だ。現在は初夏を迎えた頃、つまりは一年生が学校に慣れて来てダレて来る。そんな時期だ。空が通う高校では、そんな学生を遅刻させないために、遅刻0週間なるモノを掲げこの期間に遅刻したものには、罰として掃除やら課題の増加などが課せられる
空はそんなことにならないように、スッカリ住み慣れてしまったマスタールームからアパートに転移した。
「いちいち戻って来るのも、なんだかんな」
空は登校を一緒にしている友達がいるわけでもなく、アパートの他の住人も行動する時間帯がまるで違うので、怪しまれることもない。
どうせ電車に電車通学なので、駅の近くに転移すればいい話である。と転移して来てから空は気づいた。
そして、空はアパートを出て駅に向かい、いつもの電車に乗り、いつもの駅に降り、少し坂のある道を登り、学校に着く。そして、昇降口近くの階段を2つ登ると教室が見えて来る。
「あーあ、毎回思うけど、あの坂がキツイんだよなー」
空は教室に向かう途中でぼやく。
教室に入るといつもと変わらないクラスメイトが揃っている。空はいつもギリギリで学校に行くので、教室の中には大体のクラスメイトが登校して来ている。
そして、そのクラスメイトたちが一様に同じ話題で盛り上がっていた。
当然、千葉駅の前に出現した黒い門についてだ。
「まあ当たり前だわな。あんな奇妙なもんがどこからともなく現れたら」
駅前に突如として現れた黒い門。連日のニュースで取り上げられており、門を見に来たものもそれはそれは沢山いた。中に入ろうと試みたバカも多数いたが、24時間警備している警察の人たちに取り押さえられていた。
それと、今朝のニュースで自衛隊が出てくる、みたいな事が言われていた。空としては自衛隊に来られたら、第一、二階層は軽くあしらわれるんじゃないか? なんて考えている。
そして、もしもの時はデブ猫ーーケットシーに出てもらう必要がある。ランクCモンスターのケットシーとレベル一桁の人間とでは、あまりにも人間が劣っている。銃や爆発物なんかを持って来られたとしても、ケットシーは余裕で回避できる。……出来るはずなのだ。
「来るなら来るで、早く来いってものなのだけど……」
人が来ればDPがもらえる。空の手持ちは三日日を越した事でもらえた300DP、今朝の転移で10DPを使ったので290DPとなる。その他は全部マスタールーム改装に費やした。
悩みが早く解決しないものかと頭を痛めていた空に声がかけられる。
「おはよう空。今日もギリギリだな」
「もっと余裕持って行動したらどうなの?」
「うるさい、これが俺にとってベストなんだよ」
はなしかけてきたのは西宮 総司と三枝 実里だ。
この二人と空は幼馴染でありなんだかんだの腐れ縁だ。
「それで? 何が来るんだ?」
「なんでもねーよ」
西宮 誠司。彼を一言で言い表すなら、超イケメン君。容姿、性格、感性、運動神経、etc……。とにかくどれを取っても完璧という人間を軽く辞めてるのでは? と思うような奴だ。
「あっやしー、どうせ変態なゲームとかなんでしょ」
ジト目で空を見る彼女、三枝 実里。彼女も彼女で容姿端麗、眉目秀麗。小柄で勉強はちょっと苦手。しかしそれを補い切れるほどの才能を持っている。
彼女は中学の頃、テニスで全国優勝を果たしている。そして、まだ高校に入学して一月と数日しかたっていないにもかかわらず、テニス部の先輩たち全員に勝利し、少し前にあった大会であっさりとメダルとトロフィーをかっさらっていった。
「ほ、本当になんでもねぇよ」
「そうかそうか」
「隠したい年頃なのよね」
誠司と実里は、可哀想な子を見る目をしながらうなずいている。
「もういいだろ? そろそろ先生来るし席につけ席に」
「ああ、そうだな」
「うん、そうねそうしましょ」
二人はくすくす笑いながら席に戻る。空も教室の一番右奥の席に向かい腰を落ち着ける。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
授業は淡々と進み、最後の鐘がなった。
「んーやっと終わったー」
空は一日の疲れを癒すように背伸びをする。
「なあなあ空、これから見に行かないか?」
「なんで……」
誠司が空にテンションを高くして話しかけて来る。
「良いじゃないか、興味ないのか? お前はああいうオカルト系好きじゃなかったっけ?」
「俺にその趣味はねぇ、むしろ苦手だ。お化けとか見たら即気絶する自信がある」
「そんな自信満々に言わなくても……変なところで女々しいよな」
「女々しい言うな! ちょっと夜道が怖いのとお化けが怖いだけだ! 女々しくない!」
「それ、は……十分、に女々、しい……」
空と誠司の会話に入って来たのは、実里よりも小柄で可愛いと言うよりも愛らしいと言う表現がぴったりの少女である。
彼女の名は篠崎 睦月。ぶかぶかな制服を着ており手が出ていないと言うなんとも個性的な少女。本人曰く「成長……する、はず……」らしい。そんな愛らしい一面と腰の位置まである綺麗な黒髪、まるでお人形さん見たいと、上級生にはマスコット的存在になりつつある。
しかし、そんな彼女は中学の時『博士』と呼ばれていた。それは愛称ではあったが、彼女を指す言葉として一番適切だった。彼女も才能があると言う事だ。もっとも、度が過ぎているが……。
「博士まで……酷い、酷すぎる! それでも人間か⁉︎」
「事実は変えられないんだぞ? 空」
「女々しい……のは、中学から……だし、もう無理」
「無理ってなんだ、無理って!」
誠司と睦月の心無い言葉にシクシクとなくふりをする空。
「で? どうすんだ? 実里は部活だから来れないとして、空は暇だよな?」
「え? 暇? ま、まあ暇だけどさー」
不本意ながら空は暇なのである。それもこれもDP不足のせいだ。
「だから、な? 行こう?」
「で、でもさー」
「みる……だけ、それ以上……今はしない」
「博士まで……って! 今はって何だよ⁉︎ 入る気満々じゃん⁉︎」
「…………」
じーっと見つめる空に、視線をそらす睦月。
「まあまあ、一回行って見ないか? ほら、一回だけだからさ」
「誠司、それは薬物進める輩のセリフだぞ……。はぁ、しょうがないか……お前らがこうなったら結局は付き合わされる羽目になるからな……。行くよ」
「さすが幼馴染、よく分かってる! さぁ! 早速行こう! 」
「しゅっぱーつ!」
そして3人はダンジョンの入り口、黒い門がある千葉駅に向かうのであった。