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おまけ②「客」


 おまけ②【客】














 ある客が帰っていて、ノアはカツラをとってアダムとなる。

 そのとき、表の灯りを消したはずなのに、ガラガラ、と戸が開く音がした。

 「すみません、今日はもう・・・」

 一応、笑顔だけは向けてやんわりと断りを入れようとしたアダムだが、見えた顔に表情を一度強張らせると、すぐに舌打ちをする。

 「よっ」

 「帰れ」

 「さっきみたいに笑顔になれよ。なんで舌打ちするんだよ」

 「閉店だから帰れ」

 アダムの前に現れた男は、黒髪の短髪で顎には髭があり、少し汚れた白衣を着ていた。

 男は無遠慮にカウンター席に座ると、何か出してくれと頼んだ。

 「適当に飲め」

 「え、じゃあここにある酒全部飲んでいいか?」

 「・・・・・・」

 そんなことをされては困ると、アダムは一番古い酒を瓶のまま、男の前にドン、と強めに置いた。

 ついでにおつまみも出せなんていうから、料理しなくても済む、イカの塩辛と缶の焼鳥を適当に更に盛り付けて出した。

 「何しに来たんだ、英明」

 男は英明というらしく、酒を一気に半分以上飲むと、塩辛に手をつける。

 「たまたま通りかかっただけだ」

 「たまたま通りかかるわけないだろ」

 「元気にしてるのかと思ってよ」

 「人間はわけがわからん」

 「さっきすれ違ったじいさん、紙に書いたのか?」

 「お前には関係ない」

 「90近い感じだったな。なのにわざわざ書いたとなると、何かしらの病気で手術になるからとか、家族に迷惑かけないようにとかか?折角なら、どのくらいまで生きられるか試してみりゃいいのに」

 「・・・人間のその感覚はなんだ?」

 「あ?その感覚って?」

 今度は焼鳥をつまみながら、英明は焼鳥の入った口に酒を注ぐ。

 コップを出されていないから、ラッパ飲みで飲んでいるが、多分アダムはこの酒を処分する心算でいたのだろう。

 「迷惑をかけるから自分が死ぬって、なんなんだ?」

 「なんだ、お前もしかして、適当に話し合わせて聞いてるのか?」

 「人間は話しを聞いて欲しいというときパターンがある。ただうんうんと頷いてひたすら聞いてほしいというパターンと、相槌を上手く使いながらも、ちょっとだけ提案を入れてみるパターンだ。ほとんどが前者だから、相手の話したい事をただ言えばいい。だが、それが理解出来ずにいた」

 「・・・お前、役者になれるよ。てか、なんだ?お前は二重人格なのか?」

 あれだけ親身になって話しを聞いていた“ノア”という男は、ただ適当に話しを合わせていただけだというのだ。

 常に笑顔をキープしているのは、きっとどの営業マンにも真似出来ないだろうほどの素晴らしいものだが、本人に言わせてみると、あれは“ノア”としてやっているから出来ることらしい。

 そっちの方が理解出来ない英明は、更にあったおつまみを全部食べてしまったため、他には何かないのか聞いた。

 「器用な奴だよ、お前は」

 「人間はよく分からん生き物だ」

 「どっかの馬鹿も言ってたよ。ま、俺も純粋な人間じゃねえから、なんとも言えねえがな」

 英明は残っていた酒を全部飲み干すと、足を組んで頬杖をつく。

 まったく酔っ払っている様子もなく、口角をあげて妖しげに笑う。

 「なんだ、気持ち悪い」

 「失礼な奴だな」

 「思ったことを言ったまでだ」

 「俺ぁ今度、ジュークに会いに行く」

 「・・・・・・」

 その名を出すと、アダムはぴくっと眉を潜ませた。

 その反応を見て、英明は楽しそうに笑うと、椅子から立ちあがって扉の方に向かって歩き出す。

 「おい」

 「・・・なんだ?」

 戸を開けて出ようとした英明の背中に、アダムが強く言葉を放つ。

 「首を洗って待っていろと、あいつに伝えろ」

 「・・・ああ、ちゃんと、言伝を届けるよ」

 英明は店を出ると、しばらく暗闇を歩き続けていた。

 そして少しして何処かのドアを開けると、そこには数人の男たちが寛いでいた。

 「何処に行ってたんだ?」

 「ああ、ちょっとな」

 「アダムんとこ行くって言ってたよね。何話してたの?」

 「アダムって?」

 「ああ、潤は知らねえのか。まあ、話すと長くなるから、今度英明か英斗にでも聞いておけ」

 「なんだよそれ。翔は教えてくれないんだ」

 「俺?俺はあれだよ。面倒だから」

 「うわでた」

 潤と翔という男がなにやら話している間、もう1人の男は英明に近づきながら、青汁を飲んでいた。

 「もしかして、ジュークのとこに行くって言ったの?」

 「あ?」

 「楽しそうな顔してるから。すぐに分かるよ。面白がってるでしょ」

 「当然だろ。どうせあいつだって本気でジュークを懲らしめようなんざ思っちゃいねぇよ」

 「そうだろうけど、知らないよ?面倒なことになっても」

 「なったらなっただ。しょうがねえよ。ああ、俺少し寝るから、邪魔するなってあいつらに言っておけよ。もし邪魔したら100キロ走らせるからな」

 「わかったよ」

 「言っておくが、お前もだぞ」

 「えー、なんで」

 「お前の場合、宙づりにして鼻から青汁飲ませてやるよ」

 「わー、なんて斬新。さすが英明だね。永遠に寝てくれたらいいのに」

 「今その髪の毛をバリカンで刈ってやってもいいんだぞ」

 「はい、ゆっくりおやすみー」

 英明がベッドに横になると、なぜか英斗がつきっきりで、まるで嫌がらせのように、ずっと「ねんねーしなー」と言いながら、強く、とても強く布団を叩いていたようだ。

 それでもぐっすり寝ていたという英明だが、それからまもなくして、身体が痛いといって起きてきたようだ。

 「英斗、お前何かやってただろ」

 「なんのこと?」

 「・・・・・・まあいいか」


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