第一章 第三話 長いか、短いか
いつも通りの朝。
いつも通りの登校。
いつも通りの教室。
そして、いつも通り机に突っ伏す。
「はぁぁぁ……」
気分はいつも通りではなかった。
「やけに疲れてんな。どうした?」
読書をしながら、俺に問いかけてきたのは横峯だ。というかこいつ来るの早いな…。
「いやーちょっと、恋の病、的なね?」
「……お前からそんな言葉が出るとはな…。」
「昨日、犬宮先生と話したあとに、すっげえ可愛い子見つけてさ…」
「ほぉ…?名前は?」
「しーらない☆」
「あのなぁ…」
知らないものはしょうがない。他と全くコミュニケーションをとらない横峯は確実に知らないだろう。
「身体的特徴は?何かあるか?」
「かわいい」
「あ?」
「黒髪ロングで清楚系で端正な顔立ちをしておられました!すいません!」
「………わかんねぇなぁ…。」
「ですよねー。」
俺が知らないのに、こいつが知ってたらそれはそれでちょっと…。
「神酒奈なら知ってるかもな…。」
…!そうか…。男子にも女子にも人気な相沢さんなら、知っていてもおかしくはないな!
「よし!聞いてこい!」
「いやなんで俺なの……。……神酒奈。ちょっといいか?」
不満そうな顔をしながらも、相沢さんに話を聞きに行ってくれた横峯。
「…!いいよ!…ちょっと待っててね!」
喋っていた女子たちに手を振り、横峯の方へ行く相沢さん。
優先順位は横峯が1位らしい。
「話って、なーに?」
顔を赤くさせ、もじもじしながら上目遣いで横峯を見る相沢さん。
……なーんかこれ勘違いしてない?
「いや実はな、名前を知りたい人物がいるんだ。女子生徒なんだが、黒のロングヘアーに、端正な顔立ちで…とても可愛らしい容姿をしているらしい。…知っているか…?」
「……え?女子?ロング?可愛い?え?え?」
「? どうしてそんなに慌ててるんだ?」
「な、なんでそんなこと聞くの…?」
「(結城が)恋の相手の名前を知りたいからだ。」
「……えっ……。」
………一部始終を見ていた俺だったが、これまずくない?相沢さん、泣きそうじゃない?むしろちょっと泣いてない?
そもそもなんで重要な部分だけ抜いて喋るんだ横峯は…。
相沢さん、横峯に気になってる女子がいるっていうふうに解釈してんな…。……説明しにいくか…。
「相沢さん相沢さん!違う違う!俺が気になってる女子なんだ!横峯の話じゃないよ!目に光灯して!!お願いします!!」
このままだと二人は悲しみの向こうへと辿り着いてしまうので、俺は必死に説明をする。
「え…?結城くんの…?蒼汰じゃなくて…?」
「あぁ。俺は関係ないぞ。」
しれっと、そんなことを言う横峯。
「な、なぁんだ!ビックリさせないでよ!もう!」
絶望の表情から満面の笑みに変わる相沢さん。
「多分、二年一組の黒川文乃さん、じゃないかな?」
「黒川……。」
「結城、知ってるのか?」
「なんか、どっかで…。」
「えぇ!?二人ともそれも知らないのぉ!?黒川って言ったら、ここらで有名なお家だよ!?」
なるほど、相当な名家らしい。聞いたことがあっても不思議じゃない。
「それにしても、結城くんの気になる相手が黒川さんかぁ…。黒川さん、すっごい綺麗だから人気あるけど、告白されてもこっぴどく振っちゃうらしいよ?」
「ひぇぇ…。」
「結城くん、女子の間じゃ結構人気あるんだよ?自信持っていけば、きっと大丈夫だよ!!」
そう言って励ましてくれる相沢さん。
……へえ…。俺が結構人気か…。人気だったら彼女がいてもおかしくないと思うんですがね…。
ホームルームが終わり、部活動に行ったり帰宅する生徒が教室から出ていく中、俺と横峯はある場所へ向かう準備をしていた。
「じゃあ、行きますかね。」
俺らが向かった先は、地下にある教室。
誰にも使われず、誰も近寄らない。そんな場所で何をするかというと、簡潔に言って部活動だ。
文学部。部員数二人。さびしいなぁ…。
元々我が、浄新高等学校は中高一貫校である。俺と横峯は中学からの内部進学生なのだが、中学一年生の時、出席番号が前後だった俺らは自然と意気投合。そして今に至る。
部活を決める際の話だが、俺はどこでも良かったので、文学部に入ろうとしていた横峯に俺が付いていった形だ。
何故か、横峯は入ることを躊躇っていた気がするが…。気のせいだろう。
そんなこんなで部室に到着する。
「はぁー…。何が楽しくて男二人で本読まなきゃいけないんだよ…。」
「別に強制じゃないだろうが。辞めたきゃ辞めればいい。」
「辞められないから言ってんだろぉ!?村上先生にやめるなって半ば強制されてんだよ!!」
「あー…村上先生か…それは、どうしようもないな…。」
「他人事みたいによぉ……!」
村上先生。本名、村上香織。年齢は…あー。二十代後半だった気がするな…。
なんというか、熱血教師って感じの先生だ。無駄に熱い。
そんな村上先生はこの文学部の顧問をしている。俺は辞めたいって言っているのに、毎回熱血論をかまされ、ことごとく押し戻される。
……まあ、心底辞めたいってわけでもないのだが。
不意に、あの女子生徒のことを思い出す。
聞いた限りじゃ、名前は黒川文乃。
特徴的なのは、あの長く美しい黒髪。
「やっぱ黒髪ロングが最高なんだよなぁ…。」
何気なく言ったつもりだった。どこかで何かが燃え上がる音が聞こえた。
「は?最高はショートボブだろうが。何言っちゃってんの?」
「おん?」
「あん?」
………忘れていた。こいつが大のショートボブ好きだということを…。
…だとしても、そうだとしても。この戦いから引くことは、絶対にできない。
「いやいやいや、横峯くん?ちょっと?おかしいよね?黒髪ロングこそが最強だよね?やっぱ、本ばっか読んでると美的感覚も狂ってきちゃうのかぁ……。そっかそっかぁ…。」
「おかしいのはそっちだからな?ショートボブの素晴らしさがわからないだと?…あー。三徹して一時限目からおねんねしちゃうようなお馬鹿さんにはまだ早かったかな?いやー失敬失敬。」
「おん?」
「あん?」
……この煽り合いである。こいつとの口喧嘩は毎回こんな感じだ。
大抵口喧嘩、とまではいかないような下らない内容だが。今みたいに。
「…ふぅー。そうだな。何故黒髪ロングが最強なのか、言ってみてくれるか?こういう場合はお互いの意見から言い合おうとしよう。」
「……いいのか……?」
「…?言わないのか?…なるほど。俺を言い負かせる自身が無いんだーー」
「ド下ネタだぞ…?」
「ーーな…。………分かった、それは言わなくていい。それ以外で頼む。」
「…しょうがねぇなぁ…。まあまずは、清楚さがアップするところだよな。」
「はい出ました清楚系。お前さ…結城くんさ…黒髪ロングが全員清楚系だと思ってんのか?違うだろ?」
「あぁ、そんなことは思っていない。清楚さがアップする、そう言ったんだ。」
「だとしても理由としてはまだまだだなぁ?」
「まだあるぞ!日本人女性特有の大和撫子、という印象も持たせられる!!なんだか尽くしてくれそうな感じもあるな!そして!あの艶っぽい色気ェ!!素晴らしいと言う他ない!!さらに!ロングヘアーというだけあって、お手入れには手間も時間もかかるだろうが!しっかりとお手入れするというしっかり者感!!最高じゃなければ他に何だと言うんだぁ!?おぉん!?」
とてつもない早口で放った言葉の弾丸。流石の横峯もたじろぐ。
「くっ…。確かに、そういう点では黒髪ロングは素晴らしいな。だがなぁ!ショートボブにはショートボブだけの魅力があるんだよぉ!!」
「ヒートアップしすぎじゃねえかなこれ」
「それではまず第一の魅力について、お話ししましょう。」
「クールダウンしすぎじゃねえかなこれ」
「第一に、ショートボブは様々な形へアレンジしやすいという点についてです。そしてアレンジした結果、女性の顔を小さく、かつはっきりと見せることができ、幼い感じや大人っぽい感じを強く、さらにボーイッシュな印象も持たせることができます。」
「パワーポイントかなんか使ってんの?」
「真面目に聞け。そして第二の魅力、それは万人受けして挑戦しやすい、という点でしょう。どんな長さでも大抵似合ってしまう。それがショートボブという髪型なのです。」
「ふんふん…まあ分かりますよ?ただ?尖った魅力ってのが?ないやん?」
「いいえ、第三の魅力に、それは存在します。二次元のキャラにおいて、ロングキャラはクーデレ、ツインテールはツンデレ、など髪型におけるキャラ付けが数多く存在します。しかし、ショートボブにはそれがない…。と、いうことはショートボブには無限のキャラがあるということ…!」
「……一理ありますね。しかし!それは二次元においての話!!三次元ではどうなんだ!!!」
「もちろんあります。ショートボブはその名の通り、髪が短い。よって手間があまりかからないんですよ。なので他のことに時間を費やせる…!ロングと違って、自分以外に手間をかけられる!」
「……そうか…なるほど…。……認めよう。ショートボブは素晴らしい髪型だ。」
「ほお…?やっとわかったか?ショートボブこそ最強であるとーー」
「だがぁ!?この俺にはぁ!?黒髪ロング以外の女の子を!?好きにはなれないぃぃぃ!!!」
心からの叫び。
興奮で顔を赤くする俺と、教室のドアの方を見て顔を青くする横峯。
どうしたんだ、と俺もそちらを見る。
そこには、唖然という表情でこちらを見ていた、黒髪ロングの女の子が立っていた。
名前は確か、黒川文乃。
今回の議論は、童貞男子二人による髪型議論。
会話が多くてすいません…。
結城の叫びを目の当たりにした黒川さん。
何故そこにいたのか?どう反応するのか?
それは明日わかりそうです。