第一話
「チビ太のおでんってあるじゃない?」
「ああ、漫画に出てくる上が△でその下が○、そして□のおでんのことですね」
「あれって、結局、何な訳?」
「確か、こんにゃく、がんもどき、鳴門巻きだとか、でも、コンビニで売られているおでんは四角はごぼう巻だったりするようで、いくつも説があるようですよ」
「へぇー、詳しいね、大将」
「いえ、ウィキペディアに書かれていただけですよ・・・」
そんな会話が私の耳に入ってきた。居酒屋での酔客と店の主人との他愛もないやり取りである。客がおでんを頼んだとき、たまたま思いついたように話が出て、それに主人は真面目に答えた。
ただ、それだけのことである。隣の客の世間話が耳に入っただけではあるが、私の脳裏にはそれと違う映像が浮かんでいた。
「△と○のおでんか・・・・」
私はふとつぶやいていた。脳裏に浮かんだ映像がさらにそれを見たときの光景へと広がっていく。串に刺さった△と○のおでん。そして、それを握りしめて死んでいた男・・・・。
長年、忘れようとしていた。しかし、忘れられなかった。妻の葵にもよく注意された。「考えすぎじゃないの?」と彼女は苦笑いしていた。「それよりも今日は記念日だから早く帰ってきて」と渋い顔をされた。それでも、私は真っ直ぐに帰ることが出来なかった。毎年、この日になると私はおでんを見ながら思い返すのだ。進展はないと知りながらも・・・・。
「お客さん、どうかしましたか?顔色が悪いですよ」
私はその声に現実に引き戻された。顔を上げると主人が私の前に立ち、怪訝そうな顔で私を見つめていた。
「いや、別に大したことでないんだ。少し思い出したことがあっただけだ」
「△と○のおでんですか?」
私は主人の言葉に息を呑んだ。自分のつぶやきをこの主人に聞かれていたようだ。主人は怪訝そうな顔を少し崩した。柔和とは言えないが、少しとっつきやすい表情になった気がした。
「何か事件にでも関わることですか?」
主人が言った。私は目を見開いた。酔いが一気に抜けそうなくらい驚かされた。
「いえね、うちの贔屓にしてくれるお客さんで刑事をしている方がいて、その方と雰囲気が似ていると思いまして」
図星だった。確かに私は刑事だ。もう10年くらいこの町で刑事をしている。
「居酒屋で話せる内容じゃないかもしれませんが、話してみると案外、負担が軽くなるかもしれませんよ」
主人はそう言って渋めの顔に無理やり作ったような笑みを浮かべた。




