プロローグ
「今日泊めてくれる人いませんか? マジで困ってます、か……こりゃ多分業者だな……メアドは……ん、やっぱり」
画面に羅列された文字列を読み上げながら、俺は一つ溜め息をつく。
よくもまぁこんなにもたくさんのサクラが書き込まれるもんだ。そんな文面作ってる暇があれば、もっと他の業務ができるだろうに。よっぽど暇なのか。
俺がこの副業を始めてからもう二年が経つが、今まで一度も警察沙汰にならなかったのは本当に奇跡に近い。
なんせ、やってることがかなりアウトだから、いつポリポリお迎えが来てもおかしくはないのだ。その点は本当に彼女たちに感謝しなくてはならない。
「お、これは本物だな……」
ふと書き込みの一つが目に留まる。
『初めまして、ひなと申します。現在渋谷におります。命からがら家を飛び出してきました。何もお返しできるものがなく恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします』
なんか妙に丁寧な文面だな。こんな掃き溜めみたいな場所ではやけに新鮮に見える。
そんなことを考えつつ、俺はメールを送る。
『ひなさん初めまして、五反田付近に在住の藤村と申します。私でよろしければお引き受けいたします』
彼女につられて思わず丁寧な文面で返してしまう。するとものの3分で返信が来る。
『藤村様、初めまして、ひなです。メールありがとうございます。早速五反田へ向かいます。よろしくお願いいたします』
あまりの返信の早さに、しまった業者かと身構えたが、どうやら違ったようだ。
しかし、こんな場所に綺麗な文体で書くなんて、いったいどんな娘なんだろうか。よっぽどエリートなOL様か、社長令嬢か、はたまたどっかの国のお姫様か。
……なんてバカか俺は。そんな人がこんなもんを利用するわけなかろうに。
まぁ、いつもの調子でギャルっぽい娘だろう。どんな娘だろうと、俺を頼ってくれるだけありがたいし、俺は何も文句は言わない。
******
時刻は夜8時半。待ち合わせのバスロータリーに来た。
俺は目深に被った黒のハットを何度も直す。この瞬間は何回経験しても緊張する。スマホをいじる指もそわそわと落ち着かない。
ちゃんと来るだろうか、途中で迷っていないだろうか、そんないらぬ心配をしてしまう。
そう、本来なら関わるはずがない人間なのだから、本当に余計な心配なのだ。そこに関わろうとするのは、いろんな危険を伴う。
それでも。
俺は自分の欲のために関わってしまう。普通の人間なら誰もが当たり前に手に入れるであろうそれを、歪んだ形で――
「あの……藤村さん、でしょうか?」
ビクッと体が反応する。
背後から聞こえる声は、心地よいソプラノだ。俺はゆっくり振り返る。
「えぇ、俺が藤村で……」
最後まで言葉が繋がらない。何故なら彼女のその格好は、予想の範疇を大きく逸れたからだ。
濃紺のブレザー、白いシャツ、赤が基調のチェックのプリーツスカート、スカートと同じ柄の胸元のリボン、黒いソックスに黒いローファー。
これはどう見ても高校生だ。
ヤバいな……しかし、ここはいつも通り、平静を装って改める。
「初めまして、俺が藤村です。ひなさん、ですね?」
さて、ここまで来れば俺の副業が何なのか、察しがつくだろう。そう、俺の副業は――
――神だ。