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8.それって反則



「…うぉう、立派なお家ですこと……」


―――彩羽いろはが見上げているのは、古いけれど綺麗な日本家屋である。

幼馴染の羽継はねつぐからすれば彼女の家も洋館造りの立派なものだと思うのだが、ここまで趣のある和風建築は滅多にお目にかかれないせいか負けたような気がするのだった。



「お婆さーん!俺です!国光くにみつです!」


対してこの家によく顔を出している国光は堂々と玄関の前に立ってそう呼ぶと、少しの間の後「はいはい、」と優しそうなお婆さんの声が聞こえた。

やがて扉がガラリと開いて、


「こんにちは国光ちゃん。……あら、後ろの子たちは…?」

ふみに用があるっていうので、連れて来たんです。―――こっちが文と同じクラスの安居院あぐい、で、こっちは俺と同じクラスの嘉神かがみです」

「初めまして」

「ど、…どうもー!」

「まあ、まあまあ……!」


家から出て来たお婆さんは、とても上品なひとだった。

さりげない仕草、その表情の柔らかさに良い歳のとり方をしたことが分かる。若い頃はさぞ美人だったことだろう。

そんなお婆さんは初めて見た子供たちに何やら感動したらしく、とても嬉しそうな顔で「さあさ入って!」と招き入れる。


「よく来てくれましたね。どうぞ寛いでいってくださいな―――文ちゃん、お友達がいらっしゃいましたよ」


促されるまま、靴を脱ぎ始める彩羽たっちの傍らでお婆さんが文を呼ぶと、意外と早く返事が返ってきた。


「―――はい、お祖母さま」


心なしか弱弱しい声で返事をした文。

……休んでいるのだし、だるっだるの格好をしているのだろうと彩羽は思っていたのだが、予想に反して彼女は外に出ても問題ない―――暗い青色のワンピースを着ていた。

そのデザインは彩羽も一目で気に入るほどで、さっきまで緊張していた彩羽がどこで買ったのか聞きたくてそわそわし始めるほどだ。

何となく羽継は彩羽の鞄を掴んでおいた。


「…い…彩羽いろは…さん…?」

「―――や、やあ!」


恐る恐る名前を呼ぶ文に、彩羽もぎこちなさを隠しきれないものの、元気に返事をした。


「……、…ぁ、あの、そっちのひとは…?」

嘉神かがみ 羽継はねつぐ。私の幼馴染―――あ、」


―――よく考えたら、羽継を連れて来ない方がよかったかも。

今になって気づいた。(国光がいるとはいえ)見知らぬ家に行くことが怖くて、文の事を考えずに羽継を連れてきてしまったが―――文が休んでいる理由を思えば、連れてくるべきではなかった。

どうしよう、と彩羽が羽継から文へと視線を移すと、


「…そっか。ありがとう……どうぞ上がって」


…予想に反して、歓迎してくれるらしい。

なんとなくもう一度羽継を見上げると、同じく彩羽を見ていたらしい彼の視線と交差して―――まるで彩羽の背を押すように、彼は「おじゃまします」と言った。

続いて彩羽も「おじゃましまーす…」と文に付いて行く。


ちなみに、すでに国光は文の隣をゲットしていた。

まるでワンコのように文の傍で元気にお喋りし始める国光の声をBGMに、綺麗な廊下を歩いていく。



―――と。



「……ん?」



少しだけ戸が開いている―――そういえば、この部屋から文が出てきたような…と彩羽は無意識に覗き込んだ。

かすかに開いた襖の向こう。その奥に、仏壇が見えた。…いや、あれ仏壇ではないか。

実際現物を見るのは初めてだが、確か神徒壇というものだ。つまり仏壇の神道バージョン。

文はそこに居た?―――と首を傾げて、すぐに納得した。


穂乃花ほのかから聞いた話によると、文の両親は文が小さい頃に亡くなられたそうだ。……となれば此処で、両親のことを想っていたのかもしれない。

なんだか喪服にも見えてきたワンピースを揺らして歩く文に視線を戻すと、その華奢な背中が痛々しく思えた。




「―――ここが私の部屋だよ」



彩羽が勝手に憐れんでいる間にさっさと部屋に着いてしまうと、文は静かに自分の部屋の戸を開けた。


「おお……!?」


てっきり和室かと思ったら、洋室だった。それも古めかしい洋室。思わず、羽継と一緒に感嘆の声をあげる。

この洋室を何て説明すればいいのだろう。美しい古さ、と言えばいいのか―――例えば、ここにフランス人形のような少女がいても違和感が無い空間というか。

家具もお高い感じがするが、果たしてこれは中学生に与える部屋なのだろうか。


「すてきな部屋だねぇー……ちょっと写メっていい?」

「分かるぞ安居院!文の部屋はとってもすっげーよな!」


国光は文を肯定してくれる人なら誰でも大歓迎なのか、最初のときと違ってかなり好意的である。

好意的だが―――その、語彙の貧しさはどうなんだと彩羽と羽継は内心思った。



「……この部屋、元は何だった?」

「どうしたの羽継?」


部屋に入った途端、初めて見る部屋に入れられた猫みたいな反応をし始める羽継にそう問うと、「自分でも分からないけどとにかく気になる」と書いてあるような表情で彩羽を見た。が、彩羽としてはそんな顔をされても困る。魔術の才に恵まれてはいるが、彩羽は探知などの繊細な魔術が苦手なのである。


「……ここはね、元々客室だったんだよ」


文はそう言うと、窓を隠していたカーテンに触れる。

外の明るさと洋室にぴったりの洒落た明かりで、部屋が明るくなった。


「でも、私がここに住むことになって、このお部屋を頂いたの」

「ほー」


しかし色々新しく替えたのだろう。家具はこの部屋に比べて新しいものばかりだ。

女の彩羽としては一瞬で一目惚れする部屋だが、羽継はやっぱりまだ落ち着かないらしい。そわそわしたかと思えば、ぴた、と彩羽にくっついてくる。


「ちょっと羽継、暑い―――」

「くぁっ!?」

「!?」


その体を押し退けようとした瞬間、急にびくぅっと羽継の体が跳ねる。もちろん彩羽の心臓も跳ねた。

まるで背中に悪戯された人のような反応だと思って(いつの間にか姿を消してた)国光の仕業を疑って彼を探した――が、国光は何故か部屋の扉から出てきて、お盆をちょっとだけ掲げた。


「一足先にお婆さんから預かってきたんだ。早く食おうぜ」

「美味そうじゃないかよくやった藪川くんよ」

「…流鏑馬だ」


訂正したのは羽継である。文は「ごめんね、」と国光に謝って盆を受け取ると、彩羽たちに座ってくれと促す。


ちゃっかり文の横に座った国光―――の隣は避けて、彩羽は文の側に座った。女子二人に男子二人(しかも片方はガタイがいい)のメンバーで集まったせいか、少し狭く感じる。


「―――あ、こいつ!こいつだ!」

「は?」


飲み物を配る文も、その手伝いをしようと手を伸ばした国光も、羽継の奇行っぷりに手を止めた。

さっきからどうしても何かが気になっていたらしい羽継は、ベッドの上を指差して「そいつだ、」と彩羽を見る。……が、申し訳ないことに彩羽の探知レーダーには何も引っかからない。思わず眉を下げた。



「……―――普通・・だと、思うけど?」

「!」


紅茶のカップを持ちながらそう返事をすると、羽継はもっと混乱した顔になる。

紅茶を飲むふりをしてこっそり探知の魔術を行使したが、結果はやはり同じだった。


どんなに探しても―――【怪異】がこの部屋にあることはないと。



「…あの、もしかしてこの子のこと?」

「そ、…そうだけど…」

「ははっ、やっぱりブサイクちゃんって思うよな嘉神!」

「……ぶさいくじゃないもの。この子は可愛い子なんだから。――彩羽さんもそう思うよね?」

「まあ、男と女じゃ好みが違うって言うし」

「ほらっ」

「……いや、文、安居院のやつ答えてねーぞ」


文はぬいぐるみを抱きしめて「ブサイク」呼ばわりした国光をジトっと睨む。

国光は上手く無難な返答をした彩羽のことを指摘するも、気にせず無視をする。

そしてにこっと笑うと、彩羽は彼女に両手を差し出した。


「抱っこしてもいい?」

「どうぞ」


そっと手渡されたそのぬいぐるみは、着物を再利用して作られたものだった。

試しに質の良い布地を撫でても変化はない。ただの猫のぬいぐるみ――なんの「違和感」も無い。


彩羽はそれを目配せで羽継に伝えると、彼は納得しなさそうな顔を浮かべたが、お見舞いとして来た手前――すぐに表情を変えた。


「…今の文ちゃんとお揃いの服だね。手作り?」

「!――そうだよ。いつもお婆さんが作ってくれるんだけど……今日のは、私の手作り」

「ほほう。……くっそ、女子力高いな……」

「え?」

「いや、何でも。…しっかし文ちゃん本当に何でも出来るね。私のお嫁さんに来て欲しいくらいだよ――そしたら姑のような奴に納豆の如くねちっこい嫌味を貰わずに楽に生きていけるのに………はァ。」

「ちょっと殴っていいか」

「やだ羽継こわーい」

「―――文を安居院になんか嫁がせないぞ!絶対だッ!」

「ああはいはい分かったからクッキー零さないでよ藪川くん」

「彩羽さん、彼は流鏑馬くんだから」


今にも噛み付きそうな顔で彩羽を睨む国光の隣でそうツッコんだ文。

けれどまったく気にせず「ああそれそれ」と紅茶を飲む彩羽、クッキー食べてたら舌を噛んだ羽継、に吃驚して文にくっつく国光を順々に見て―――両手でカップを持っていた彼女は、一瞬だけ感情の処理が出来なかったような顔をして。



やがて、とても優しい表情で、笑った。







―――その微笑に、誰もが沈黙した空気を破ったのは、なぜかそそっかしく紅茶を彩羽にぶっかけた羽継と哀れな彩羽の悲鳴であった。

「あっづああああああ!!!」と叫ぶ彩羽と珍しく「あばばばばば」となっている羽継は、開いた窓から――黒い【何か】が潜りこむのに、気付かなかった。









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