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76.ゴーストバスター(物理)




「どうしよう、彩羽が消えちゃった…」


―――目の前で、それこそ神隠しにでもあったように姿が消えた友人に固まっていた穂乃花は、震える手で携帯に触れる。掛ける先は「セコム」と勝手な宛名をされている男だ。


相手との通話ができた瞬間、向こうの声を遮っての一言に、電話の向こうでガターン!という音と先生や生徒の声がちらほら聞こえる。やがてぶちっと切った男―――羽継は、扉をパァンと派手に叩きつけるように開き、少しの無駄も惜しいと上級生だろうが教師だろうがかまわずぶつかりながら全力疾走で購買に向かう。

もはや般若の形相で購買に来た羽継に、自然と人混みが割れて行った。


「―――彩羽は最後、どこにいたんだ」

「そ、そこに…私と喋ってたら、急に彩羽がぐらっと後ろに倒れて―――消えちゃった」

「……」


言い終えて、やっと事態を理解した穂乃花の顔色は悪くなる。最後に見た彩羽の、きょとんとした表情にさらに絶望した。


「あの子、どうなっちゃったの」


急に怪異に巻き込まれることは、これまで何度とあった。

それは彩羽と共に襲われたり、後に彩羽が駆けつけたりと様々だったけど―――どちらにせよ、あの呑気な彩羽とて、すぐに凛々しい表情に変わるか好戦的な表情で頼もしく助けてくれた。けれど、さっきは。

本当に、何も理解できていないような、そんな無防備な表情で。


「大丈夫だよね?ねえ…」


思わず羽継の服を掴むが、さっきから無言のこの男ときたら無言で縋る手を除けた。そしてくるっと背を向ける。


「ちょっと!ねえ―――」

「……心配するな。しっかり飯でも食って待ってろ」


チラッと穂乃花を見る羽継の瞳は相変わらず綺麗だった。三階からここまで全力で走ってきたために汗だくだったけれど、泣きそうな女子を前に愛想も何もないけれど。

見ていると彩羽の、(それはもう息するように自然に!)彼の宝石色の瞳を讃える姿を思い出して、余計泣きそうになったけれど。


彩羽アイツは、俺が守る」


今度こそ羽継は、振り返ることなく駆け出した。












「ぃ、ろは、さ…ん…」


破壊された衝撃で吹き荒れる塵に咽ながら、自分を庇ってくれた親友の名を呼ぶ。

すると彼女は「ぴっくし!」なんて変なくしゃみを一つしてから文から体を離し、ふるふると頭を振った―――どうやら怪我は無いようだった。


「み、みみミかナギぃ……フミ……どコぉ…?」


彷徨う化け物は完全には修復できていない、醜さに拍車をかけた姿だった。

彩羽の火力に任せた攻撃であちこち穴が開き焼け焦げたその体躯はふらふらとしており、流れる血は硫酸のように床を溶かす。

二つに裂けた頭は傷口からぷくぷくと肉が盛り上がり、双頭となろうとしている。大きく膨れ上がった複眼が、とても気持ち悪かった。


「…文ちゃん」


小声で文を呼んだ彩羽は、ぎゅっと握り拳を作ったかと思うとすぐにその手をゆっくりと開き、黄金の蝶々を文の元に飛ばした。


「何があっても叫んじゃダメだよ。声を発しなければ、アレは文ちゃんに気付かない。瓦礫程度なら弾くこともできるから…いいね?」

「―――ぇ」

「お口チャック!…だいじょーぶ、私は絶対負けないよ!!」


そう高らかに告げると、彩羽はぐしゃりと文の頭を撫でて立ち上がる。

この惨状の中でなお眩い髪色にすぐ反応した化け物は、「おマえ……」と恨みの滲む声を出す。


(彩羽さん…!)


彩羽の意思を理解した手毬が、一生懸命文の細い足を押しながら逃がそうとする。

それでも動けない文の目の前で、凛々しく化け物と対峙する彼女の背には少女特有の儚さがある。その後ろ姿が余計に不安で、文はこのまま親友を置いて逃げる自分が嫌だった。

心底、それこそかつてないほどに自身を嫌悪したけれど―――文には、彼女の助けになる力がない。何もしてやれないどころか、足を引っ張ることしかできない。


(……もし私に、異能ちからというものがあるのなら……!)


今ここで。初めての、たったひとりの親友のために、振るいたいのに。



「―――やっほー、三好みよし 花奈かなさん?君とはボールぶつけられて以来だね?」

「………」

「あれ?覚えてない?―――そんなわけないよね、君の()いを邪魔し続けたのは、この私なんだから!」


彩羽の白い指がくいっと動くと、化け物の周囲の瓦礫が浮く。

そのまま横に薙ぐように腕を振ると、化け物の顔目掛けて弾丸のように襲いかかった。


「ぎゅぇっ」

「そらっ!」


ぶちゅ、と複眼が潰れた瞬間、びっと化け物を指差すその先に黄金の魔方陣が展開され光弾が幾百も撃たれる。

最初はそれに悲鳴を上げていた化け物だが、やがて痛みに慣れたのか光弾に撃たれながらも彩羽の元に駆けると、そのまま捻じれて槍のようになった二本の腕を振り上げる―――


「キィえあァあアアアアアアアアアア!!!」

「っ」


それを優美な黄金の線を描く盾で防いだ彩羽は、床を蹴って距離をとる。

しかし盾をぶち破った化け物の槍は二本から四本、六本八本……どんどんと穴だらけの体から湧き出して、ぎゅるぎゅると長さのおかしい腕を捩じっては槍として彩羽を狙う。


「ウィ―――!危ナイ!彩……ガッ」

「手毬!」

「う…ウゥ……ウィ―――!!」


一度二度と交わす彩羽だが、流石に人の身では交わし続けることが出来ず、ついに片腕を吹き飛ばされそうになったところを手毬が割って入る。

簡単に人の体を裂けそうな切っ先を、手毬は持ち前の柔らかい体でいなし、目も当てられない不細工な顔で吹っ飛ばされるがすぐに飛び上がって彩羽の前に立つ。そして精一杯の威嚇をした。


「手毬……、…速さ勝負なら―――負けない!」


気合を入れて仕切り直した彩羽の言葉に応えるように、トン、と彩羽の足下で黄金の花弁が散る。

すると残像が見えるほど彩羽の動作は早くなり、警戒した化け物の猛攻を軽やかにステップを踏んで避ける。


「…ちっ」


苛烈な突きの嵐を紙一重で避け続けた彩羽だが、手毬の助けを借りて合間合間に仕掛けていた攻撃をついに諦める。

もはや捨て身で一つの欲望にのみ突き動かされている三好―――こと化け物は、彩羽の攻撃で風穴が開くと、そこから(触れれば汚染するだろう)黒の光線を発射する口を持つ顔だとか、凶器である異常に長い腕をじゅぶじゅぶ音を立てて突き出すのでキリがないどころか戦況が悪化する。


(一気に仕留めないと)


―――とはいえ、あの極太の光線でも消し飛ばせなかった相手だ。あれ以上の攻撃魔術は、現段階の彩羽では仕掛けようとする数分間、無防備になってしまう。

そのロスタイムを消す手段も無いワケではないが―――高確率で成功しない。賭けることは出来なかった。


(……羽継がいたらな…)


もし、今この場に羽継がいたら、あの化け物とて狼のように喰らい尽くす羽継の異能に逃げ帰ったかもしれない。

―――なんて、弱気なことを考えつつも、彩羽の心は挫けていない。


長期戦覚悟ならば勝てる。―――その確信が、彩羽にはあった。



「ビリッといくぜ!」


言うや否や、彩羽は放射状の雷光を走らせ、化け物が膝を着く程度の痺れを与える。

彩羽としては堪えきれずに倒れるほどの威力で攻撃したのだが―――どうやら、少しずつ耐性(・・)が出来ているようだ。


「ちぇっ……でも、それで十分!!」


ニヤッと挑発的に笑う。

彩羽は火力に自信がある。化け物自身に耐性が出来つつあるというのなら、他の場所を攻めるのみだ―――そう、この、彩羽と文を閉じ込める、執着に満ちた結界を―――!


「来たれ、科戸(しなと)の風!」


購買と食堂を兼ねた一室とはいえ、嵐が起きるにはその部屋は狭すぎた。

以前、榎耶から教わった浄化の風を力任せに掻き集め、化け物はあまりの濃度に血を吐きだす。そして瞬く間に飲み込まれる瓦礫と机やテーブルに痺れた体を襲われながら、化け物は淀んだ色の盾を作り出した。


それは先ほど彩羽が作りだしたものと似ていて、優美さに欠けているが硬さは彩羽のものと同じ―――模倣(コピー)しているのかと目を細めた彩羽は、拳をぎゅっと握ると嵐の規模を広げる。

耐え切れずに、先に崩れ始めたのは天井と壁だった。


「吹き荒べ!」


崩れた箇所を狙うように嵐は抉る。

鞭のように、牙のように荒れ狂う風に、澱んだ光線を吐こうとした化け物の動きが一瞬止まる。それを確認した彩羽は、徹底的に床を、壁を、天井を―――ぶち壊し、貫き、炎で舐める。彩羽と文の周囲を覗いて、破壊の悪魔が降臨したような惨状だ。


「―――外へ!」


瓦礫の隙間に覗く、床や天井の裂け目から見えるのは教室でも空でもなくぞっとするほど黒い水溜まりだ。

何度か教室や外の景色を取り戻そうとしてはその光景は揺れ、化け物の振り下ろす腕も何もかもが遅くなってやがて動きを止める。

一瞬の沈黙を不審に思った文に、彩羽は背中越しに叫んだ。


「み……ミ…カ……ミ……」


ぎぎぎ、と動く手を、彩羽の飛び蹴りが沈める。

その蹴りつけた力を利用して宙でくるんと回って文のそばに着地すると、彩羽はすぐさま文の手を握って駆け出す。二人の背後で、瓦礫の崩れる音がした。




「おいていかないで」



轟音の隙間で、か細い少女の声が聞こえたような気がした。







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