72.歪んだ図書室
※後書きに作者絵があります! 苦手な方は回避してください。
薄暗く湿気った室内に飛び込んだ文は、そのまま強く体を打った。
「――――っ…!」
散らばるのは大小様々な小説だ。古臭い本の角が腕に当たって、文はなんとか呻き声を殺して体を丸める。しばらくしてから、そろっと目を開いた。
(……暗……あれ、足元光ってる?)
痛む体に顔を歪ませつつ、体を起こして足元の「明かり」を探せば―――そこにあるのは、一冊の本で。
「……君を、絞め殺す…私の、赤い糸…?」
物騒なタイトルだが、何度確認しても読み間違いではなく、表裏と上下左右回して確認したがライトが付いていない。
この古い文庫本サイズの本は―――文は知らないが、この小さな魔導書は―――自ら、発光しているのだ。
「……もしかして…さっき、玄関で体に当たったのは―――」
思い出すのは、目であった箇所が口になり、その口内には螺旋状に鋭い歯が光っていたこと。
どこぞの拷問道具のように食い殺されるのかと影が差す視界の中で逃げることもできずにいた文に、榎耶の声とともに風を切る音と物が当たる感触があって―――そう、それで、繭のように何かが文を包み、恐ろしい牙から守ってくれたのだ。
「君が、助けてくれたの…?」
両手に持った魔導書に問いかけるも、当然返事はない。
文は少しでも情報を集めようと表紙を開こうと手を動かした瞬間、頭の天辺から氷水をかけられたような怖気が走った。
(こ、れ、は―――…)
中身を、覗いたら。
何の覚悟もなしに覗いたら、きっと。沼に引きずり込まれるように見てはいけないものに飲み込まれて潰される。これは、触れては、いけないものだ―――。
「…っ、……はぁ……」
震える手から、今にも魔導書は落ちそうだ。
文は浅く息を吐くと、一度目を閉じてからパッと瞼を上げ、そのまま魔導書を抱いて歩き出す。
探れば危険な目に遭うと考えれば、余計な詮索はしない方がいい。本当は素人が持っているのはよくないものなのかもしれないけれど、明かりがない以上はしょうがない。
念のため自分の状態を確認してみると―――家の中から飛び出した文の服装はワンピースのみ、足元は素足で、もちろん所持品はない。強いて言うならこの魔導書だ。
小さいけれどそこそこ厚いし、しっかりとした作りだからいざというときの武器にもなろう。
(そう、これは、武器だ)
自分の身を守るものがあるのだと思い込めば、少しは気持ちも落ち着く。気を取り直した文は本を懐中電灯のようにあちこちへと照らした―――雰囲気が如何にも「何かいます」と言わんばかりになっているが、やはり学校の図書室と同じものに思える。
長テーブルが横に三つ置かれたのが二列分あり、その向こうには本棚が幾つも並んでいる。目を凝らしたが、本棚の奥は異常に暗くて光が届かず、文はまず近場を探ることにした。
テーブルと床に散らばり落ちている本は古今東西の恋愛小説で、つい最近本棚で並んでいたようなもののそばに古めかしい本が中身をさらしていたりして滅茶苦茶だった。
「…………」
試しに読んでみようと開いた本は若い少女向けの、表紙がキラキラしたものだ。
湿気ったページに書かれた文字は滲んでおり、少々読み辛い。そしてあんまりにも修羅場なシーンに目を通してしまって、文は早々に本を閉じた。
次に触れたのは文が一度借りたことのある本だ。
裏表紙に学校の判子が押されているのを確認。下敷きにされた本にも確認するが、やはり学校の物だという印がある。これにも。それにも………
――――ぴちゃん。
「ひっ!………?」
遠くから―――とはいえ、物音が文の息遣いとページを捲る音しかしない室内で、その水音はよく響いた。
文は慌てて調べていた本と魔導書を手に音のした方を睨むが、もう水音も聞こえないし自分以外の気配も感じない。
(……なんだったんだろう…)
静かに本を置き、文は向こうのテーブルに近づく。
本を確認するが、やはり判子が押されている。ということはやはり、ここは学校の図書室ということになるが……それにしては、空気も何もかもおかしい。
(これが、怪異というものなんだ……)
文は巫女であるが、「人ならざるもの」というのは毛玉こと彼女の神様しか知らない。
もちろんその手の能力が無いということではなく、ただ「目が穢れてしまう」と神様の手であえて隠されていただけである。
護身や調伏の術も詳しくない。だって彼女の神様が、愛している彼女を大事に大事に守っているから必要ない―――いや、必要なかった、のだ。
彩羽は当然「必要あり」と考えていたようだが、榎耶の登場によりその件に関しては引いてしまっている。西洋魔術師が教える護身の術よりも、身近な存在が教えるものの方が良いだろうと判断してしまったのが間違いだった。
(……対抗手段は本だけ。本で殴るか逃げるくらいしか出来ない……またあの化け物が襲ってきたとき、私は動けるの?あの時だって固まってしまっていたのに)
―――手足が震える。思考を止めたらもう二度と動けなくなりそうだ。
明かりの元である魔導書をぎゅっと抱き、文は深呼吸を三回繰り返す。そして顔を上げ、ひとまず弱音を飲み込んだ。
「……恋愛小説しか今のところ見つからないけれど、図書室であるのは確か。……とにかく出てみよう。そう、出るんだ。
―――私は彩羽さんほどじゃないけれど、足は早い。視力も良い。すぐ気付ける…すぐ避けられる……」
自分に言い聞かせるように、元気づけるように声を出す。
……この時、文は無意識のうちに言葉に力を―――言霊、というもので身体能力を補助したおかげで、危うい足取りから幾らか回復することができた。
目も闇に慣れ、明かりの届かない奥の状況も少しだけ明瞭になる。
(時計、止まってるな…)
文は足元に注意しつつ、きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いた。
図書委員用の机には壊れた椅子やら備品などが乗っかっており、新しく購入した本の紹介コーナーは半壊状態。黒板には白いチョークで書かれた注意事項の上に黒い墨汁か何かがかけられていて酷いありさまだ。
「着いた…」
出入り口前。
思わず唾を飲んで、そっと引き戸に手をかける―――が、開かない。
(鍵がかかってるのか…)
困ってすぐそばの掲示板を見てみると、ぎりぎり汚れを回避していた紙に「図書委員は、使用した鍵を準備室へ戻すこと」という一文がある。
しかしまずどうやって準備室の鍵を見つければいいのか―――と悩んでいた文だったが、ふと思い出して掲示板のアルミ枠に触れた。
少し屈んで下から覗き込めば小さな鍵がテープで貼り付けてあって、文はほっと一息吐く。
(よかった…穂乃花さんが言ってた通りだ…)
図書委員であった穂乃花とお喋りをしていたある日、「正直、もうちょっとマシな隠し場所あるだろって思うんだよね」と彼女が呆れていたことがある。
その後すぐに別の話題に移ってしまい今まで忘れかけていた会話だったが、ちゃんと覚えていてよかったと文は胸を撫で下ろす。
「…よし、」
出だしの良さに緊張が少し解れる。
このまま早く事を終わらせようと扉から離れ、少々遠回りであるが幅広い道を選んだ。
転ぶこともなくテーブルの横を通り過ぎ、文の白い足は本棚を前にして立ち止まった―――まるで壁のように霧状の闇が立ち塞がり、魔導書の明かりの邪魔をする。
一瞬躊躇した文だが覚悟を決めて一歩二歩と闇の中を進むと、先程までは聞こえなかった水音がはっきりと聞こえた。
かまわずに歩いた十歩目で足の指先に濡れた感触があり、生暖かいそれに驚いて尻餅を着く。派手に水音がした。
「み、水溜り…?」
生温いそれに魔道書を掲げる。
しかし霧のせいで暗い色としか分からず、文は流石に進むことを躊躇った。
とりあえず濡れた足に異常はなく、刺激臭もない。強いて言うなら横を囲む本棚からくるカビ臭さが目立った。
(……進もう)
せいぜい足の裏が汚れるくらいだ。出口のない部屋で怯え続けるよりは、多少危険でもここをすぐに出た方がいいし、脱出先で足を洗えばいい。
文は足に力を入れて立ち上がると、不快感を表情に浮かべながら歩き出す。
そうして、本棚の角を曲がろうとしたときだった。
「―――きゃあッ!?」
先程までの床と違って低く―――まるで床が傷んで弛んだように高低差が出来ていて、隙を突かれた文は後ろに転びそうになった。
けれど転ぶ前になんとか本棚に手を伸ばしたことで耐え切り、無茶な姿勢で体を少々痛めたこと以外に被害はない。……僅かに息を震わせた文は安堵のあまりしゃがみこみそうになった。
(……気を付けよう)
水に足首まで浸かる。
時々指先や足首に髪の毛のようなものが絡んだり肌を撫でてくる感触が気持ち悪く、鳥肌を立てながらも角を曲がる頃には床はどんどん低くなり、膝の下ほどにまで水位を上げていた。
それでも生温い水を蹴るように歩けば、先ほどの比ではない量の髪や滑りが文の肌を撫でていく――――ああ、気持ち悪いと文が俯くと。
視界がセピア色に染まり、図書室ではない別の―――薄暗い帰り道に変わる。
「え…」
不快だった水は消え、コンクリートの感触が伝わる。
思わず自分自身の状態を見れば、冬の制服を着ていた。
(この手は、私の手じゃない)
文は同年代の少女よりも手が小さい。
わずかに日に焼け、苦労の残る手のひらは一瞬で「他人の手」と理解させるほどに文のそれとは違っていた。
『国光くん』
ハッと顔を上げれば、「御巫文」が一メートル先を歩いている。
その隣には竹刀を背負った国光がいて、文の冷えた手を温めるように手をつないでいた。
『今日の晩御飯、何食べたい?』
『んー…、肉じゃが!』
『国光くんは肉じゃが好きだねえ』
『文の作る肉じゃが、味もそうだけど野菜が美味しいんだよ。だから肉じゃがに入ってる人参は食ってるだろ?』
『国光くん……もう中学生なんだから、野菜の好き嫌いしちゃダメだよ』
『えー……俺、人参はともかく大人になってもピーマンと茄子は食えない気がするんだけど…』
拗ねた表情をするも、国光は楽しそうだ。
文もまた困った表情をしつつも内心は幸せいっぱいで、優しく握られた手を前後に揺らしながら彼と歩く帰り道が、少しでも長く続いて欲しいと願っている。
『でも、俺は文が作ってくれたものなら何だって美味しいと思えるんだろうなあ』
―――…視界が戻る。
薄暗い闇の中、不快な水の感触。カビ臭さと異臭。
……今のは何だったのだろう。あの過去の光景で、文たちを背後で見つめていた「少女」は一体誰なのだろう……。
頭が重く、疲れが乗っかってくる感覚に襲われながらも、文は歩いた。
一歩、二歩………
『……やぶ、さめ、くん……』
『ん?』
セピア色。
しかし先ほどより明るい視界で、可愛らしいエプロンを身につけた文―――いや、「少女」がタッパーの中に詰められた出来たての料理を差し出す。
……そう、国光とは違うクラスである「少女」は、必死に美味しくなるようにと願いを込め、おまじないも混ぜて作ったそれを胸に抱いて廊下を走ってきたのだ。
人ごみから離れ、こっそりといつもの場所で昼食をとろうとする国光を運良く見つけられた「少女」は、その手に弁当以外のものがないことを―――…一番乗りであることに気づくと、思わず笑みを浮かべた。
『あのね、……に、肉じゃが……作ったんだけど……た、食べてくれないかな…』
『え?―――ああ…』
国光は、一瞬気だるげな表情を浮かべた。
しかし、「少女」を見て何か思い出したらしい国光は、(彼の笑顔を見慣れている文が察するに、少々困った)笑みで「少女」に手を伸ばした。
『君、もう怪我はしてないんだね』
『は…はいッ!』
『よかったよかった…』
「少女」のことを覚えていたらしい国光に感動した様子の「少女」を気にせず、国光はタッパーを受け取った。
『……ええっと、ごめん、今日は早く食べなくちゃいけなくてさ……夕飯にしてもいい?』
『ぜ、全然!全然大丈夫です!はい!』
『ごめんな…タッパーはどうしたら?』
『あ、ええっと……家庭科の先生に渡しておいてください…』
……本当は国光自身に返してもらいたかったけれど、そんなことをしてもらっている場面を他の女子に見られたら、せっかく沈静化しつつあるいじめが悪化しかねない。
「少女」は元気よく立ち去る国光に、ずっと手を振って見送っていた。
―――場面が変わる。
最初の時と違って暗い。はっきりと世界は夜に変わっていて、文こと「少女」はどこかの家の窓に近寄っている。
髪は風によって乱れてボサボサで、窓に貼り付けた手には絆創膏が十枚も張り付いていた。
「少女」は寒さを堪えてカーテンの隙間から中を覗くと、国光と彼の父母がいる。
あっさりとした夕食の中に、肉じゃががあった。
『国光、この肉じゃがはどうした』
『女子から貰った』
『…御巫さんかい?』
『いや、……えーっと、同じ学年の女子』
『あの子じゃないの』
国光の返答に嫌そうな顔をしたのは彼の母親で、国光の世話を焼く文を良く思っていない女性である。
歳より若く見える美人な女性だが、気の強そうなその目が文は苦手だった。
何度か国光の自宅で掃除をしたり料理を(彼の父にも)振舞ったのだが、その勝手な振る舞いに遠まわしな嫌味を言われたし、料理も地味だなんだと褒めてくれない。
その度に国光が怒り、彼の父が仲裁したり文に謝罪するので、滅多なことでは彼の家に行くことはなくなった。
そんな文に対して辛口な女性が、肉じゃがを一口食べて「あの子の方が味に品があって美味しい」だとか「人参が硬い。あの子なら…」と文句を言う姿に、思わず喜んでしまう文である。
母親の様子に国光は呆れたような何とも言えない表情をし、父親は素直じゃない妻の姿に吹き出していた。―――その温かい夕食時の光景に、何故か文の、……いや、「少女」は目を見開いて震えていた。
『ごちそうさまでした』
「少女」が隠れて見ているとは知らず、一家は夕食を終える。
国光と彼の母親は結局一口二口しか肉じゃがに手をつけず、小分けにした鉢の中にある肉じゃがを食べきったのは父親だけである。彼は苦笑して息子に尋ねた。
『国光、お前の好物だろう?それも女の子から好意のこもったものだ。もうちょっとちゃんと食べないと』
『……俺は、文の肉じゃがが好きなんだ』
『……私のは?』
『おふくろのは……………………お、おにぎりが好きだよ…』
『そう』
また、場面が変わる。
「少女」の足取りは重い。昨夜はあまりの扱いに泣いてばかりで、結局少ししか眠れなかった。
仕方なく保健室で仮眠を取っていると、家庭科の女教師が入ってきた。
『あなた、体調大丈夫?』
頷くと、女教師は優しく笑った。その手には紙袋がある。
『はいこれ、預かっていたものよ』
思い出して泣きそうになる少女は、紙袋の中見であるタッパーが重いことに気がついた。
どういうことだろうと恐る恐る蓋を開けてみれば、そこには―――
『「かわいい…」』
言葉が重なる。
文の、「少女」の目の前には、淡い色合いのマフィンが幾つか入っていて、味気ないメモ用紙に「ありがとう、美味しかった」と書かれている。
女教師は「良かったわねえ」と「少女」の肩を叩くと、そのまま保健室を出て行く。ぽた、と涙が落ちたとき、マフィンの中から四つ、飴が落ちてきた。
彼の好物としてよく買い溜めしてはポケットに入れていたそれは、あの初めて出会った日に渡された飴で。
「少女」は一つ拾い上げると、そのままこっそりキスをして、うっとりと飴を見つめる。
―――しかしそんな動作をしつつ、文の心は冷めていた。
最初に可愛いと思ったこのマフィンは、確か彼の祖母がどこぞのお菓子屋さんで購入したお菓子だ。文も貰ったことがある。……手渡し、で。
そしてこの飴。恐らく数合わせの物である。彼はお返しに見合わないかもと悩むと、とりあえず持っていた飴を入れる癖がある。
きっと、「貰ったはいいがケチつけて残した」ことに良心が痛んで多めにお菓子を入れようとしたが女受けの良い菓子がこの数個のマフィンしか見つからず、これで足りるか不安になった国光が余っていた飴も入れただけのお粗末なお返しなのである。
―――文は、感激する「少女」に届くはずのない説明をしてその喜びに水を差したかったが、当然「少女」は気にせず飴を頬張る。
そして「今はこれだけ」と蓋を閉じた「少女」の、その赤い蓋には、「1-4 三好」と書かれたシールがある。
「三好……!」
三好。…三好 花奈。
同じクラスの、かつて自分が座っていた席を使い、彩羽に運悪くボールをぶつけ……それくらいしか記憶にない少女。
しかしこの「三好 花奈」の記憶の中にいるせいか、どんどんと情報が文の頭に雪崩込む。
『国光くん…』
『国光くんが笑ってる…』
『はしゃいでる国光くん、可愛いな…』
『国光くん、今日はたくさんお昼寝してたね』
『国光くん、よくボタン無くしちゃうんだね…ふふっ』
『国光くん、これで十連勝だね、おめでとう』
『国光くん、傘置いていくから使ってね』
『国光くん、そのマフラー、その女が作ったのじゃなくて私が作ったんだよ。同じ毛糸だけど、私の方が上手く編んだから気づいてくれたかな?』
『国光くんの持ってるキーホルダー、ボロボロになってきたから新しいのに変えようね。お気に入りみたいだから、私が同じの買ってきておいたよ』
『国光くんが飲んでるそのスポーツドリンク、私のおまじないが入ってるんだよ。頑張ってね』
『待って、ねえ国光くん、あなたに尽くしたのはそいつじゃないよ』
『そいつじゃないでしょ』
『そいつじゃないッッ!!』
…冬を超えて春、そして夏に向かう中、ずっと自分たちの後を追い、国光を追い―――その想いが叶うことがないと、現実を見ることもできず。
魔導書に全てを託して、憎い恋敵である文を飲み込んだ―――なら此処は、魔導書の領域なのか。
「うっ……!」
―――頭が、痛い。
現実に戻った文は、重い足を引き上げては一歩一歩と準備室へ近づく。
気持ち悪い水が文の足を拐おうとするたびに生々しい感情や、記憶が流れ込んできた。
『髪の長い女の子って、可愛いと思う!』
―――流鏑馬くんがそう言うなら、私も伸ばそう。
だからお願い、私を見て
『夜道は危ないからな。ちゃんと家まで送るよ』
―――なら、私は流鏑馬くんが危ない目に遭わないように、ちゃあんと家まで付いてくね。
なんだってするわ。私を見て
『文、』
――――流鏑馬くん
私の名前を呼んで
『俺、笑ったときの文の瞳が好きだ。綺麗な色をしてる』
――――流鏑馬くん…
私に微笑んで
『文、そんなとこで寝たら風邪引くぞ』
――――………
私を
『……大好きだよ、………』
――――……国光、くん。
愛してください。
親にも愛されない私を。
親友にも捨てられた私を。
味方なんていない私を。
あなたにしか手を差し伸べられなかった、私を。
愛して。救って。
「君だけいればいい」と、彼女に囁いたように。
私だけを強く抱きしめて。その腕の中で眠りたい。
―――ばしゃん、と背後で、水飛沫が上がった。
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