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5.残念だったねえ!




「席替えどうだった」

「めっちゃ可愛い子の隣だった」



朝の登校時間。

しゃっきりと目が覚めている羽継はねつぐと違って、彩羽いろはは眠くて眠くて仕方がなかった。何回目かも分からぬ欠伸に、横目で見ていた羽継が呆れた顔をする。


「………」

「―――なに?」

「いや…、そういえば、お前が他人をそう表現するのって珍しいな」

「だって………私より遥かに女子力が上だったんだもん……」

「お前ほどその"女子力"ってのがない女もそうそういないけどな」


勿体ない奴、と呟く羽継。これはデレって奴なのだろうかとそわそわする彩羽のアホ毛は機嫌良くぴょこぴょこ跳ねていた。

そして整った彼の顔を見上げ、彩羽も「たまにはデレてみようか」と口を開く。



「あ!おーい嘉神かがみィ――!」


口を開けたままの間抜けな彩羽をスルーして、羽継は玄関のところで手を振る男子生徒を見る。

そして「悪いな、先行くわ」と片手を上げて去ってしまった。


「………なんだよぉ……バーカ」


私より男を選ぶなんて、このホモ野郎が―――そんな捨て台詞を吐き捨て、不貞腐れた顔のまま一人で教室に向かうと、くるくると綺麗に巻かれた長い髪の少女を廊下の角で見つけた。


せっかくだし、声でもかけようかと近寄ると、挨拶をしようとする彩羽を遮るように男子生徒の声が響いた。


「……教えてくれ、誰がこんなことをしたんだ」

「…………国光くにみつくん…」

「こんな、残るかもしれない傷をつけるなんて―――」



…………。

思わず物影に引っ込み、「なんか……朝からとても……重そうです…」と引きつつ聞き耳を立てる彩羽。一応出直すのも考えたが、生徒がわらわらと登校してきてる中を一人で逆走する勇気は未だ取り戻せていなかった。仕方なしに二人の話が終わるのを待つ。

人通りの少ない廊下の凹みに隠れるように話し中の二人は、隠れて聞いている彩羽に気付かず、さらに話を進めていく。


「……国光くん、私は……君に助けられるのが、とても苦しいの―――だから、手を出さないで」

ふみ…!」

「もう、何もできない私じゃないよ」

「…じゃあ何で抵抗しなかったんだよ!」


男子生徒こと流鏑馬やぶさめ 国光くにみつはどんどん苛立ちに声が大きくなっていくが、御巫…《みかなぎ》 ふみの声は変わらず小さく、そしてわずかに揺れている。


「………文」


衣擦れの音にもう一度彩羽が修羅場に顔を覗き込むと、国光は文の白く細い手首を握り、真剣な眼差しで目の前の彼女を見つめる。その貫くような瞳には覚えがあった―――あの日の、泣きじゃくる彩羽を抱きしめた彼の―――、


「…………俺、文のためなら、何だってしたいんだ」

「―――」

「…だけど、それが負担だっていうなら……俺は、」

「国光くん…」

「…俺は、お前がそう言うなら…今は見守るよ。でも…せめて、隠さないでくれ。不安になるんだよ…」


そう言うと、国光はしょんぼりした大型犬のような顔で文を見つめる。

あの瞳に思わずあの日の自分たちを思い出して息が止まっていた彩羽は、その情けない表情にやっと息が吸えた。―――今はもう、あの恐ろしい日ではないのだ。


「…………」

「…………」

「………………う、ん。ちゃんと話す……でもあの、」

「ん?」

「………私、は……国光くんとは…こうして、一緒にいられるだけで救われてるんだってこと、忘れないで。矢面に立たなくてもいい、私の側に立って庇わなくていい。こうしてお話ししてくれるだけで、十分なの……」

「………。――文…」


そっと、文の手を握る国光。

まるで苦いものを口にしたような顔をした後、困ったような、けれど優しい表情に変えて、「覚えておくよ」と言う。

明らかにホッとした声で「うん」と文が頷くと、彼は穏やかな声で誘った。


「そうだ。お昼、今日も一緒に食べるだろ?――なあ、今日の弁当はどんなの?」

「ないしょ」

「えー」

「…でも、最近の国光くんは食べ盛りだから、昨日より多めに作っておいたよ。それでも足りなくなったら私のも食べていいからね」

「いらない。むしろ俺の分までしっかり食って欲しいくらいだ」

「太っちゃう…」

「いいんだよ、それで」


甘すぎる会話だが、どこか初々しかった。

例えるなら新婚の熱い夫婦か。というかこの歳で弁当を好きな子に作ってもらうとかどういうことなの、と彩羽は思った。基本的に購買で昼を済ます彩羽だって、愛情を感じる手作り弁当が食べたい。―――おねだりしたら、羽継は作ってくれるだろうか?








………などと思いながらも、彩羽は営業スマイルで隣の席の文に微笑んだ。


「おはようリア……文ちゃん!」

「おはよう安居……彩羽いろはさん」


お互い言い間違いをしつつもちゃんと挨拶をする。

朝の会話のおかげか、ちょっと機嫌良さそうな彼女は、彩羽のようにドカっと座らず、スカートの裾を手で掬っての着席。……こういう所から、育ちの違いを感じた。


―――なお現在HR三分前。さっきのお熱いとこを彩羽が発見して十二分は経っている。

「いやあ、お楽しみでしたねー(棒)」といじるには、二人のひっそりとした逢瀬はあまりにも初々しく清すぎたし、出るに出られず物影に潜み続けた彩羽は朝から疲れてしょうがなかった。


「……?」


彩羽の濁った笑顔に首を傾げながら、文は机の中に手を入れた。


その瞬間「びくぅ!」と震えたのを見て、思わず彩羽も目を見開く。しかしすぐに無表情に戻るところを見ると、慣れか肝が据わってるかのどちらかかもしれない。

文は何かを取り出すと、ゆっくりと手を開いた。


「………汚い」


この、




ラッピング。


なんというか、一人で頑張ろうとして失敗しました感がありありと出ている。…もしかしなくてもこれはアレだろうか?あの国光が一人で頑張ってみたのだろうか?


「…………」


文はそれを見て、白い頬を薄ら朱に染めた。

それが可愛らしいやら羨ましいやらで彩羽が拗ねながらも見守っていると、文の手によってぐっしゃぐしゃのリボンが解かれ、中身が見えた瞬間―――



「え」

「は」



ぼろん、と。虫の頭が、数個。

そのうちの一つが彼女の手から転がって、床に落ちて、彩羽の靴の爪先に、こつんと。

こつん、と。



「あ―――朝からなんてもん見せてくれてんだ藪川ァァァァァ!!」



パァン、と(交流のない男子生徒の名前を覚える気が無くて)国光の名字を誤って叫び、が文の掌の上の「物」を弾き飛ばす。

朝から雪のように少しずつ降り積もった感情がここにきてパァーンときた感じだ。確実に国光が設置したものではないだろうが、もうどうでもいい。

頭の片隅で「ここは『キャーッ』って叫べばよかったか」とも思ったけどもう遅い。


「や――ぶ、…やぶかわ?」


固まっていた文は、彩羽の発言に首を傾げる。

あえてそっちの方に意識を逸らしたようでもあった。


「そ、君の彼氏……あれ、藪川じゃないの?」

「…国光くんのこと?彼の名字は『流鏑馬やぶさめ』だよ…あと、付き合ってないの」

「あ?そーなん?」


正直どうでもいい。

どうでもいいからその遺骸、さっさと始末したい。



「箒……いや、もう面倒臭いしプリントで拾うか?――ね、文ちゃ…」

「今日ね」


虫嫌いな彩羽の言葉を遮って、文は空の手のひらを見つめた。



「―――今日ね、『初めて彼と遊んだ日』なんだ」



掃除しようと立ち上がりかけていた彩羽に視線を合わせず、文は空の手をぎゅっと握る。

そして俯いて、表情を悟らせないようにした。



「……中身は、どこに行っちゃったのかな………」



―――震えた声は、生徒の雑談に飲まれて、消えてしまった。







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