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…….



―――ジリリリリ、と電話が鳴る。


最初、咄嗟にそれを手に取ってしまった彼女は、受話器の向こうで暗く笑う声を聞いた。

ただ、電話の相手は少しの間笑い声を漏らした後、何も言わずに電話を切った。


「……?」


彼女はよく分からないままに、そっと受話器を置く。


沈黙の電話に嫌な予感がするが……プライバシーの問題がどうとかで、中学では各家の電話番号を乗せた連絡網は配られていない。教師を除き、この家の電話番号を知る同級生は国光だけ。最近親しくなれた彩羽と羽継とて、携帯電話のものしか知らない。

つまり、悪意ある生徒からのものではない――はず、だ。

きっと、運悪く変な人間からの電話を取ってしまっただけなのだ………。



――――ジリリリリリ。


……電話がなる。


気が進まないが、彼女は受話器を取った。沈黙に耐えられず「もしもし?」と問いかけても、反応はない。すぐにぶつりと切れた。


「……」


彼女は、怖くなって部屋から出ようとした。


足音を殺すように、静かに扉に近づき、そっと触れた瞬間、またもジリリリリと鳴った。

タイミングが良いというか悪いというか。跳ねた心臓につられるように体をびくりと揺らして、彼女は電話の方へと振り向く。

出るべきか否かで迷っているうちに切れてしまった電話にホッとしていると、すぐに電話が鳴った。ジリリリリ、ジリリリリ……。


「――――お、おじい、さま…おばあさま…!」


責め立てるような着信音が耐えられなくて、彼女は電話から逃げるように廊下に飛び出し、祖父母の居る部屋へと走る。

少々遠いその部屋に辿り着く頃には、背中にしがみつくように聞こえていた電話の音も聞こえなくなって、彼女は息を切らしながら引き戸に触れようとした。



「――――ですから、どうか今回のことは許してくださいよ」


白い指先を止めたのは、戸の向こうで祖父母と話している男―――彼女の母親の姉の夫、つまり叔父である。

年に数回会うだけの交流しかないためか、それとも彼女の身の上からか、お互い気を遣いすぎてしまうために親しい仲とはいえない。


それでも普段ニコニコとしていた、穏やかな人物であることは知っている。控えめで、彼女の祖父母には常に礼儀正しく接していたひとだとも。


そんな人が、今。 苛々とした口調で、なかなか決着のつかない話に喧嘩腰になっている。


「娘を持つ身として、今回の件は本当に可哀想だと思いますし、憤りもしますよ。でもね、こっちはずっと怒ってばかりもいられないんです。家族を養っていかなきゃいけない。職を失うわけにはいかないんです。日がな境内をのんびりお掃除してらっしゃるお義父さんには分からないでしょうが、"お外の世界"で働くのは大変なことなんですよ」

「毎月金を恵んでくれと泣きついてくるくせに、よくもまあそんな偉そうな口を叩けるもんだ!流石はあの親御さんの子だよ!」

「あいつらのことは言わんでください!あんな宗教狂い……もう縁は切ってるんです、それで頼れるひとはお義父さんたちしかいないんですよ。あなたはあの子のたった一人のお祖父ちゃんなんです。いつも文ちゃんにあんなに金かけてるんですから、うちのにだって分けてくれてもいいじゃないですか。他の親戚連中もそう言ってますよ。差別が激しいって」

「あの子はうちの子だ。うちの子のために、そこらの娘さん以上の教養をとあらゆる習い事をさせたことの何がおかしい」

「今時、両親がいないからっていびるような人間はいませんよ。それに文ちゃん、もう習い事をしなくても十分でしょう?でもうちの子は文ちゃんよりもっと幼い。これから…これからなんです。そろそろ優先順位を変えてくれてもいいじゃないですか」

「私はあの子も文と等しく可愛がっている。そこに金銭の話を絡めるな。私は十分、出来うる限りの愛情を示した。そこから先は、君の頑張りだ」

「だから―――」

「そして、文のことも同じ。わたしが頑張らねばならない。……だから口出しするでない」


祖父の言葉に、彼女の胸の奥がじんと熱くなる。

思わずぎゅうっと両の手を握ると、叔父の冷え切った声が聞こえた。


「……そもそも、今回の件、文ちゃんにも問題があったんじゃないですか」

「……なに?」

「聞きましたよ。加害者の中には文ちゃんが手酷くフッた子がいるって。他にもそう、あの子、昔っから周囲と問題ばかり起こして。お義父さんはいじめられてるって言いますけど、親戚の子とも話さず歩み寄ろうともしないんじゃあ、そりゃ嫌われますよ。いっつも無表情で何考えてるか分からないし。

ああ、あと、彼女、問題ばかり起こしてる男の子と付き合ってるらしいじゃないですか。もしかしてその子から悪影響受けてて、私たちが知らないところで何かやってたんじゃないですか?だから嫌わ――――」

「―――この、無礼者がッ!!」

「おじいさん、落ち着いてっ」



ひどい音が溢れる。―――彼女はあの日の悪夢を思い出して、耐え切れずに逃げ出した。

逃げて、逃げて……気づくと、あの部屋の前。


そっと覗くと、電話が静かに――――




ジリリリリリ。


ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリ、ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ。



ジリリリリリ、




「……も、しもし」



静寂。―――三秒だけ待った彼女は、電話を切ろうと受話器から耳を離した。




『………親殺しの祟り子。お前の人生、呪われてるよ』




ぷつん、と切れる―――これが、次の日も続いたのだった。






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