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48.小悪魔な幼馴染と鬼のような幼馴染




―――黙り込む私に、タカ君は「…考えておいてね」と微笑んで去っていった……私の目の前、というだけでなく、この学校から。

つまりサボったわけで――もう彼の全てに疲れを感じる私は、お昼休みを待ち遠しく思いながら授業を受けた。


文ちゃんの分も書きまとめた私の手は重く、やっとお昼休みを迎える頃には汚れていた。普段なら達成感でもわくのだろうけど、今日はどうにも気が重い。

心配してくれた穂乃花たちと別れ、手を洗うついでに気合も入れ直すと、私は羽継とお昼ご飯を食べることにした。


ちなみに場所は例の怪談の一つである中庭で、羽継は私を影のある方へ座らせると心配そうな声で「…何かあったのか?」と尋ねてくる。

私はぼそぼそとタカ君のことを話すと―――羽継の整った顔はどんどん険しくなり、さっきとはがらりと変わって冷たい声で「無視しとけ」と言うのだ。


「無視?」

「そう。そいつとは俺が話す。お前にああいう人の反応を見てほくそ笑むようなタイプは上手くあしらえないだろ」

「別にタカ君、ほくそ笑んではいないと思うよ」

「いいや、絶対そうだ。危険だからお前は俺がいない場所ではそいつと接触するなよ。奴が一歩近づいたら一メートル離れるくらいでいい」

「えー?」


ひどい羽継から離れた先では、手鞠がもっさもっさと中庭の雑草を頬張っている。

この子がいれば草刈りの必要がなくていいかもしれない……なんて思いながら紅茶に手を伸ばそうとすると、羽継が急に私のその手を握って止めた――手が、あつい。


「……お前は、そいつといたいのか?」

「えっ……いや、だって…話しかけてくれたのに無視って…ちょっと……」

「―――それだけ?」

「うん…そういう嫌な子になりたくないもん――羽継はそういう子、嫌いでしょ」


昔、羽継が周りの子から無視されて…それでも話しかけて、また無視されてはすごく傷ついていた姿は今でも忘れられない。

そしてそんな姿を見て楽しそうに笑う、彼らの顔も。


「………おまえさ、それって―――…いや、やっぱりなんでもない」

「え、気になるからちゃんと話してよ」

「やだ」

「えーっ」


そっぽ向いた羽継にずいっと顔を近づけて「教えてよっ」と迫ると、羽継はチラッと私を見て、また視線を泳がせた。けれど、羽継の翡翠のように美しい瞳はそこらを泳いでもすぐに私の元に戻ってくる。その煌めきにちょっとドキッとしてしまった。


そうして急に真面目な顔になった羽継につられるように私も背筋を正すと、あの子は「なあ、」とひと呼吸置いてから私に体を近づける。……睫毛長いなあ。


「…お前はさ、俺と小鳥遊、どっちをそばに置きたい?」


……。

それは、未知の能力者であるタカ君と、ずっと守ってくれていた羽継の、今後どちらとコンビを組みたいかってことなのだろうか?

そんなこと、考えるまでもない質問なのに。ああでも、



「―――そばに置きたいとかじゃなく、私は羽継の隣にいたいと思っているのだけど」



改めて言葉にすると恥ずかしくて、誤魔化すように笑った。

でも私の返答か何かがダメだったのか、羽継は顔を手のひらで覆うと、そのまま俯いてた。何かブツブツ呟いててちょっと怖……あ、手鞠がびくんびくん痙攣して……もしかしてそこに生えてるキノコ食べた?













あの後、私が手鞠を足で小突いて生存確認している間に落ち着いた羽継は、久々に機嫌が良かった。

…いや、表情とかは普段通りなんだけども、声が普段よりも優しかったのだ。それにいつもはツンツンしながら私と喋ったりあれこれ叱ったりするのに、今日はツンが失せてた。「そうか」と相槌を打ったり珍しく話題を出したりしてお喋りに積極的だった。


別に普段の羽継でも好きだけど、こうして楽しそうにしてくれる羽継も好きだなあ――とニコニコしていたらお昼休みも終わってしまい、私は相変わらずビクンビクンしている手鞠を持って午後の授業を受けた――のだが。


どうも、手鞠のダメージが遅れて私にもやって来たらしい……つまりだ、吐きそう。


真っ青な顔の私は先生に連れられて保健室に入ると、真ん中のベッドを貸してもらった。

手鞠を湯たんぽみたいに抱えて寝ていて――ふと目覚めると6限目が始まっていたらしい。


手鞠は私の胸に顔を押し付けて幸せそうに眠っており、少しは体も楽になった私は手鞠につられるようにウトウトしていた。

あとちょっとで寝そう、という所で隣のベッドからくしゃみが聞こえて、悪態をつく声に思わず目が覚めた。


「紗季ちゃん?」

「……名前で呼ばないでちょうだい、アホ毛がっ」


アホ毛とは失礼な。文句を言ってやろうと静かに二枚のカーテンを開くと、吉野さんこと紗季ちゃんは腕を摩りながら私を睨んでいた。


「どうしたの、サボり?」

「違うわよ。貧血で休みにきたの……なのにこの部屋、寒すぎるし…最悪」

「足出してるからだよ」

「あんたに言われたくない」


ツンとそっぽ向く紗季ちゃんに何か違和感を感じてじっと見つめると――ああ、と私は気づいたことを口にしてしまった。


「紗希ちゃん、今日は化粧薄いんだね」

「……まあね。…もういいかなって」

「なにが?」


首を傾げると、紗希ちゃんは「常に番犬のいるアンタとは違って、こっちは大変なのよ」と言って唇を尖らせた。


「私、小さい頃からよく変質者に狙われるのよ。その…私、そういう気持ち悪い男を引っ掛けやすい顔してるみたいで。だからあえて髪を巻いたり化粧をしたりして派手でキツイ女みたいにしてるの」

「ああ…確かに、君ってば綺麗な顔してるもんねえ。口開かなければお淑やかな子って思われそうな。あの化粧の君も、まあ綺麗だったけど…もうしないの?どうして?」

「………弓季が……守っ…――…やっぱなんでもない」

「えー?」

「…そ、それより、あんたはそういう目に遭ったことないの?流石に昔っから四六時中番犬が睨みをきかせてたわけじゃあないでしょ?」

「……番犬って誰?」

「嘉神」


あの子が聞いたら怒りそう、と思いつつ、私は特に否定せず答えた。


「そうだなあ…私も小さい頃は変な人に声かけられてたよ。一人でふらふら歩いてるとね、知らないお兄さんからお菓子貰ってどこかへ連れてかれそうになったもん」

「ああ……あんた、チョロそうだもんね。容易に想像できるわ」

「失礼な。…まあ、その度に私の近くで不貞腐れてた羽継が急いで回収してくれたり、お母さんが追い払ってくれてた。――で、私はエサがあれば誰にでもニコニコ付いてくアホだからって、お母さんたちはよく羽継に私の監視をしてくれって頼んでた。ひどいよねえ」

「あんたの頭が?」

「なんでさ」


今度はこっちが不貞腐れると、紗希ちゃんはふっと笑った。

どうやら私の過去に少しは親近感を抱いたのか、さっきよりは刺々しい雰囲気を丸めて私を見る。

その様子に、私はずっと聞きたかったことを尋ねてみることにした。


「―――ねえ、あの時……校舎裏で、朝っぱらから文ちゃんのことを叩いたよね?」

「………ええ」

「そこまで嫌いなのに、どうして文ちゃんを助けたの?あの未来を知っていたなら――自分だけなんとか逃げ切る方法だって、あったのに」


彼女の視た、最悪の未来――その果てが「校舎内に残っていた者は全員皆殺し」だったのならば、避ける方法は幾らでもあるのだ。文ちゃんが嫌いならその日登校しなければいいだけだし……あの日、汗だくで校舎を駆けずり回った理由を想像すると、私は今までの紗希ちゃんのイメージがガラッと変わってしまった。


だからか少し期待して紗希ちゃんを見つめると、彼女は居心地悪そうにしながらも、私と目を合わせて答えた。


「……私は、今まで男に怖い目に遭わされてばかりだったわ。散歩してたら値踏みされるような目でじろじろ見られて、どこかに連れて行かれそうになったり。誰かに後をつけられたり。しつこく言い寄られたこともあった。―――その恐怖を知っている私が、それ以上に怖い思いをしようとしている子を無視することなんてできない」


ぎゅう、と。紗希ちゃんはスカートを握った。


「……私ね、お父さんの誕生日祝いを買いに行った帰りに、襲われそうになったことがあるの。その時にね、国光くんが助けてくれた……自分でもチョロイって分かってるけど、助かった瞬間に安心感と同時に一目惚れもしたの……だって、傘一本で、高校生四人を相手に戦ってくれて、私を守ってくれて……警察が来た後もね、国光くん、目の辺りとか他にもたくさん怪我をしてるのに私のことを一番心配してくれた。これでも食べて元気出してって、チョコをくれた……あの優しさが、泣きたいくらい嬉しかったの。この人が好きだって強く思ったの…でも、」


そこで、紗季ちゃんの声は低くなった。


「―――彼と少しずつ仲良くなって、私……私の誕生日パーティーに来て欲しいって、そう言ったらね、国光くんは笑顔で嬉しいなあって言ったのよ。

他にも国光くんと仲のいい子とか部活の子とかもいるからって。そういったせいか、あっさりOKしてくれたの。それで、私は今までの会話で聞き出した彼の好きな物を、全部――前日から仕込んで張り切って作ったの。服だってその日のために買ったし、ケーキだって高いものを買ったわ」


どんどん低くなる紗希ちゃんの声に、私はこの話のオチに不安を覚えながら静かに聞いていた。



「髪も前日に美容室行くくらい、ええ、本気だったわ。本気で勝負を仕掛けるつもりだったわ。結花に落ち着けと言われるくらいね。―――そうして迎えた当日……あの男は来なかったわ」

「……こ、来なかった?」

「ええっ!予定の一時間前からずっと玄関先で待っていた私はね、約束の時間から一時間過ぎてかかってきた電話に頭が真っ白になったわよ―――『文が熱を出したんだ』って。だから悪いけど行けないって!!看病の相手が家族ならまだしも……幼馴染ってッッ!!いくら老いた身とはいえ、向こうの家だって孫の面倒見ることくらいできるでしょうよ!!

……そう思ったけれど、何も言えなかった……電話越しにレジの音を聞いてね!!

お見舞いに幾ら注ぎ込んでるのよあいつ!!しかも『後で顔出す』とか言っておきながら結局来なかったし!!そのことを侘びもしなかったし!!最低じゃないのあいつ!!私、ずっと待ってたのよ!!日が過ぎるまでね!!」


私の目の前で、般若は叫んだ。


「馬鹿にするんじゃねえわよ!!ひとの、私の!たった一度しかこない14歳の誕生日に……こんな…惨めな…最低最悪の日にしやがってぇぇぇぇ…!男なんてほんっっと、大っ嫌いよ!!あの日、弓季が薔薇の花束を持って来てくれなかったら私――弓季が、そばにいなかったら……うっ、うぅ……!!」


思い出したせいか泣き出す紗季ちゃんに、私はなんて声をかけていいか分からなかった。

だけどもし、羽継が私の誕生日をそんな風に滅茶苦茶にしたら、ケーキを切り分ける包丁を手に怒鳴り込み入れそうだなとは思う……。


「怒りと悲しみで一睡もできなかったせいか、私――御巫さんを呼び出して平手打ちしたのよ。しかも一対一でなかったし…きっと怒っていたとはいえ、無意識では御巫さんを恐れていたのでしょうね…ほら、御巫さんは祟るっていう噂があるでしょ。…え、知らない?あんた……まあいいわ。

とにかくその…、今では申し訳なかったと思うわ。…でも、その言葉を言いたくないのよ。意地というか、なんというか……。分かってはいても、あの日御巫さんが彼に連絡を入れなければって、思うから……だから昨日の件で御巫さんを庇っているのは、その分の謝罪もあるわ」


先程の激しい怒りも消え失せて、しょんぼりと紗季ちゃんは呟いた。

私はそんな彼女の手をとると、ぽんぽんとあやすように叩いて、笑った。


「じゃあ、紗季ちゃんの代わりに文ちゃんに教えるよ。じゃないと文ちゃん、せっかく友達が増える機会を失くしてしまうからね」






.





※紗季ちゃんのバースデーパーティーの各人の行動ですが、


・国光:寝坊⇒文ちゃんからヘルプ⇒飲み物とか食べ物とか冷えピタとか必要そうなの片っ端から買っていってレジへ⇒会計中に紗希ちゃんの約束を思い出す⇒電話後、ずっと文ちゃんの看病⇒文ちゃんの体調ばかり気にしてたら紗希ちゃんのこと忘れた。


・文ちゃん⇒お祖母ちゃんの風邪が感染る⇒無事なのは足を悪くしたお祖父さんだけ⇒国光の用事を知らない文ちゃん、ついいつもの癖で国光にヘルプ⇒後日、訳分からないのに責められてビンタされる。


・弓季:ちょうどいいタイミングで薔薇の花束とプレゼントを持って紗季ちゃんの家へ⇒葬式状態の紗季ちゃんを彼女の友達と一緒に慰める⇒その合間合間に国光のために作った食事をもそもそ完食していく⇒紗希ちゃん惚れる。


そんな、弓季しか得していないバースデー(悲惨)でした。





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