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46.ここまで言えばわか……えっ




「妹子゛ォ――!妹子゛ォ――!」

「うっさい!とっとと吐き出しなッ!」

「妹子゛ォォォ―――!!」



泣き叫ぶ手鞠の口から無理やり取り上げたのは――この部屋に充満していた黒い瘴気の残りカスだった。


この子の反応的にもしかしたら魔導書の半身かもしれない……私は試験管に詰め込むと、きゅっと栓をした。

その間も手鞠は大声で泣き喚くので、蹴飛ばしておいた。辞書の山に突っ込んでいった。


「……さて…消えないうちに再確認しないとね」


片手を差し出すように伸ばすと、手のひらから黄金の薔薇を模した魔力が溢れ出して花弁が散り、やがて鱗粉のようになって部屋中に満ちる。


そうして伝わって来るのは、身震いするほど気持ち悪い「悪意」、「敵意」、「嘲笑」――そして「憎悪」。しかしこの「憎悪」には二つの力が働いている。……片方は確かにこの部屋に満ちている瘴気に近く、もう片方は……そうだ、あの日プールに渦巻いていた力に似ている。


その力が最も強く残っている場所に目を向けると――壊れた扉だった。


近づいてよく見ると、施錠する部分が斬られている……もしかして、さっくんという助けを招くために、強引に開けた?


(…確か、吉野さんの予知では…文ちゃんの体から、化物が……)


思い返せば、プールの一件での被害者は文ちゃん、今回の被害者も文ちゃん……攻撃手段も似てる……やはり文ちゃんは「能力者」?

でも、化物が出てくるってなんだろう…式神とか?それともあれか、スタンドか?


「……なあ彩羽、ここの部屋にある携帯…全部切断されてる」

「ほんとだ…」


どうやら羽継の手の中にあったので彩羽ちゃんセンサーに引っかからなかったらしい。

私は羽継の持つあのクソどもの携帯の半分を手に取った―――おお、なんとも見事な切れ味。


「たぶん、この後も御巫に無理強いするためのネタに撮っていたんだろう。それで破壊したのか……おい、大丈夫か?」

「うん…」

「……一旦、部屋出るか?」

「だいじょうぶ」


思わず去年のことを思い出してちょっとクラっとしたけど、そこまで体調は酷くない。

私は再度この部屋を見渡す――と、雪崩に巻き込まれていたはずの手鞠が「褒めて!」と言わんばかりの表情で何かを口に咥えてやって来た。


「手鞠ダヨ――!」


咥えているそれを引き抜くと、手鞠は全力で私の足にじゃれついてくる。

一度撫でても「もっともっと」とねだる手鞠に溜息を吐きながら、私は折り畳まれた上質な紙の切れ端を開いた。


「――――これ……」



真っ黒だ。


端っこを除いて、全部真っ黒。でもこれ…鉛筆?塗り潰したというより…何度も上書きして真っ黒になったような……最後、なんとか「死ね」と書いてあるのは分かるんだけど。


……もしかしてこれ、「死ね」ってずっと、何度も何度も上書きして書いてあるのか?


「うっわ……鳥肌が」


覗き込んだ羽継も、私と同じ感想らしい。

とりあえずこれもハンカチに包んでポケットにしまうと、私は自分の携帯を取り出してお父さんに連絡を入れた。


恐らく先生方は【怪異】が絡んでいるとは思うまい。今頃説教中か奴らの親御さんに連絡を入れての大騒動になっているだろう。



「あ、もしもしお父さん――――」








「―――はァ!?なんでよッッ!?」


私はお父さんの机をバンと叩いて怒鳴った。


書斎にはたくさんの魔術書が並べられ資料がまとめられているが――私が望んだ物はなかった。


「御巫家の資料は渡せないってどういうこと!?」


お父さんは私と目を合わせず、両手を組み俯いていた。

その姿からは疲労が滲み出ているので、これが普段ならば労わってやりたいのだけど――今回は無理だ。


「彩羽…君はまだ若い。感情を制御出来ていない」

「出来てるもん!」

「……じゃあ今日の、学校の壁の罅は?」

「……あ、あれはちょっと波紋が疾走しちゃったの!」

「そんなわけなかろうが。お父さん君を波紋戦士にするために育てたことなんてないぞ!」


痛いところを疲れて黙ると、お父さんは「まったくもう…」と額を押さえる。

少しして顔を上げたお父さんは、落ち着いた声を取り戻していた。


「……彩羽、実を言うと御巫家にはあまり干渉したくないんだ。あの家に関わるには面倒な手間がかかるし、若い君には任せられない」

「……御巫家って、やっぱり…能力者の家なの?でも、安居院以上の能力者なんてここらにはいないのに、なんでそんな……―――あっ、」

「理解したかい?―――そう、御巫家は安居院にならぶ名家の、分家なんだよ…」



ここら一帯は安居院家の「領地」。

だからもしこの領地で暮らす能力者や術者がいるならば、安居院家に話を通さなければならない。

そしてこの領内に住んでいる間の安全は可能な限り安居院家が守るが、その代わり必要となれば、安居院家は問答無用でその家の情報を引き抜くことができる権利を持つ。


私は安居院家の領内で暮らしている術者たちの家について、そう多くは知らされていない。

本当は去年にでも教えられていたんだろうけど、あんなことがあってスケジュール狂わせちゃったし、今年になっても様子見ということでその辺はノータッチだ。



「……まあ、御巫のお嬢さんについては少しでも話を聞けるように掛け合ってみるが…こればっかりは他の家も絡んできかねないからね、時間がかかる」

「……はい」

「それと、君はもうこの一件に関わらないように。今回の問題は子供が深入りしちゃいけない。下手をすると悪化するかもしれないし…」

「……――――」

「ん?」

「引け、ません」



この一件に関わらないだなんて、そんなことは出来ない。

私はその場その場で思考を投げ出して、文ちゃんのこととか今回の件だって早々に勘付くことができただろうに、何もしなかった。

文ちゃんに「頼ってね」って言ってたくせに、肝心の時に何の助けにもならなかったし、のんびり学校生活を送るばかりで「怪異」のことにも真剣ではなかった。


でも、今回のことだけは投げ出さない。文ちゃんをそこらに放り投げて、去ったりしない。



「私、文ちゃんを守りたいんです」



今度こそは。












――――書斎から出ると、玄関前で別れたはずの羽継が何故か待っていた。


「どうだった?」

「情報提供はしてくれなかった」


そう言うと、羽継はやっぱりな、と息を吐いた。


「まあ、いざとなったら俺が御巫のところの神社にお参りしてくるさ」

「……」


いつもと違って明るい声で慰めてくれる羽継になんとも言えないでいると、あの子は「…心配か?」と問いかける。

私はうん、と頷くと、羽継はそっと私の髪を撫でながら口を開いた。


「今日はもう、そっとしておいてやれ。明日はきっと来れないだろうから、ノートまとめておいてやれよ」

「……うん」

「そんな顔するな。本当の本当に最悪なことにはならずに済んだんだから――悔いているのなら()がないように守ってやればいい。俺も手伝うから」


―――私は思わず、羽継をまじまじと見つめた。

なんだか今日は、特に優しい気がする。……気を使ってくれているのかな。


幾つになっても羽継のこういうところは変わらないなあ。お礼でも言おうかしら――そう思ったら、羽継は私に顔を近づけてきた。 ん?




「―――それから。俺、もう()()()()で終わるつもり、ないから」




…………ん?






.





その後の彩羽↓


A.「へー(とりあえず頷いておこう)」

B.「(どういう意味だそれ)…ふうん?」

C.「(………?)…じゃあ、悪いひとになるの?」


このどれかの反応をしてると思われ。



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