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43.ヒーローは出てこない。





◆◇Das Herz von Alice◆◇






昨日のことを説明しましょう。


彼女はその日、喉が渇いたからと無用心にも美術室を出て、一人で移動していました。

すると男子生徒が一人近寄ってきて、話があるから来て欲しいと言うのです。


彼女は当然断りました。「先生を待たせているから…」とやんわり断ろうとしました。

…けれど、男子生徒は無理やり腕を掴むと外に連れ出したのです。


「俺と付き合って」


予想した通りの台詞の後、男子生徒は自信満々に自分を売り込み、国光を口悪く言っては「自分の方がいい」と言うのです。

どんどん近づき腕を離してくれるどころかするすると撫でるように触り――何より大事な彼を悪く言う目の前の男子生徒に、彼女は嫌悪を感じました。


だから彼女は思いっきり彼を突き飛ばして距離を取ると、「あなたとは付き合えません」ときっぱり断りました。


儚げな容姿と普段の控えめな言動からは予想できないその毅然とした態度に驚いた男子生徒は、思わず食い入るように彼女を見つめます。


やがて彼女の美しい夕闇色の瞳が侮蔑の感情に染まっているのに気づいて、男子生徒はカッと体が熱くなって――彼女に近寄って、怖い目に遭わせて脅そうと考えました。


―――ですが、運悪く二人に気づいた生徒がいまして。

校舎の、窓から上半身を乗り出して声をかけてきた生徒は、夏の日差しがよく似合う綺麗な少女でした。


もし見かけたのが平凡な生徒であれば後で黙らせるという手段がとれたのに。あの蜂蜜色の髪の少女では脅すなんてことは出来ません。

以前、ある男子がその手の手段に出たとき、あの少女はビンタをしたのち、「悪質すぎる」と教師に話を持っていった事があり――それにキレた男子が荒っぽい"お喋り"をしようとした、その次の日に男子生徒はボロボロの状態で登校したという出来事は有名な事件です。


まあ、ズタボロにしたのは少女の背後から真っ直ぐ男子生徒を射抜くように睨みつける男のせいなのですが―――とにかく今は分が悪いと、男子生徒は舌打ちをして逃げるように去っていったのです。


その後も一人になる機会を狙ったけれど、彼女は厄介な二人と一緒にお茶を手に談笑し、部活が終わった国光と合流して四人仲良く帰ってしまいました。




さて、そんな次の日――つまり今日ですが、男子生徒は朝っぱらから絡まれ続けていました。

どういう訳か皆が告白の件を知っていて、フラれた男子生徒を笑ったり励ましたりと賑やかです。

男子生徒は元々プライドが高いのもあって、笑われるのも励まされるのも全てが癇に触ります。

きっとこんな目に遭わせたのは彼女だと、そう思って睨みつけましたが――憎い彼女は、綺麗な女の子たちの間で、きゃっきゃっと幸せそうにお喋りしていました。


その幸せそうに笑みを浮かべる横顔はとても可愛くて、目を奪われて……一瞬、全ての感情が止まるほどの衝撃を受けた彼は、深く息を吐くと、そのまま俯いて目を閉じました。


ゆっくりともう一度目を開けて顔を上げると――彼女は最近よくお喋りをしている佐嶋と、何事かを話しては微笑んでいました。


優しげで、楽しそうに輝く瞳を。あの綺麗な瞳を。自分以外の、いいえ自分以下の男に向けられていました。



「―――なんだ、それ……」



おかしい。

絶対、おかしい。


あの時、一年生の頃の、あの時――その瞳を自分にも向けてくれていたじゃないか。


それを、ポッと出の、あんな冴えない男に?



〈―――じゃア、奪っちゃえばァ?〉


〈あの子の全部、奪っちゃえばァ?〉


〈自分にだけ向けられる瞳が欲しいんでしょ?自分のことだけ想っていて欲しいんでしょ?自分のものになって欲しいんでしょ?

いいよ、やっちゃいなよ。やっていいんだよ。やってもかまわないんだよ〉


〈全部、自分色に染めちゃいなよ―――〉



そうだ。


染めてしまえばいいんだ。


それが一番簡単で、きっと彼女は逃げることはできない。



だから―――だから、と。


男子生徒は、かつて一度だけ名乗った名すら覚えられていないのだろう彼は、怯える彼女を押し倒して、白い太ももを隠すスカートの中に手を入れました。


「おいおい、最初は胸だろ胸ぇ―。おい、脱がせろよ」

「ほんとはブチッといきたいんだけなー」

「まずは写メかなー」


腕を押さえつけていた男子生徒の一人が彼女の胸に手を伸ばし、リボンを乱暴に解くとボタンを外し始めました。


助けを呼ばなきゃ――そう思えども恐怖で声の出ない彼女は、弱々しく身じろいで目の前の男子生徒から逃れようとします。

しかしぐいっと足を引っ張られた彼女はそのまま太ももを舐められて、思わず引き攣った声が出ました。


(だれか)


涙が溢れる目をそっと伏せると、彼女の脳裏に国光や彩羽、羽継たちと笑い合っていたあの幸せな時間が走馬灯のように浮かびます。


(……だれか)


さっきまで、友達に囲まれて心の底から幸せだったのに。


ここで、地獄に落とされるの?――そう、涙が溢れた時でした。



『文ちゃん、今度またやられたら蹴り飛ばしちゃいな!上品さをかなぐり捨てて殺るんだよ!』



思い出して、ハッと目を見開く。

―――そうだ、何で諦める必要があったんだろう?何で端から受け入れようとしていたんだろう?


今まで、黙ってされるがままだった、流されるままだった――大切な祖父母に、怒りを表に出すなと言われていたから。暴力はいけないことだと厳しく教えられていたから。


でも、「友達」は皆、「やっちゃえ」と言う。それでいいんだと言う。


『文ちゃんって喧嘩したことなさそうだから、彩羽さんが教えてあげよう!』





「―――よし、綺麗に撮れたー」

「次どう撮る?」

「やっぱさー、こういうのって強引にやっちゃうもんだよなー」

「どうせ流鏑馬と寝てるだろうし―――おっと、」




ぐらっと、彼女は「もう耐え切れない」とばかりに倒れこみました。

その時に不自然に片足が上がったけれど、周囲の男子生徒は下着が丸見えだと笑ってるだけで、気にも止めませんでした。


彼女の片足はぐっと折り曲げられると、――――思わず太ももに埋めていた顔を上げていた男子生徒の、その顔面に向かって思いっきり足をめり込ませました。


「い゛っ!?」


仰け反る男子生徒、それを見た背後の二人は思わず腕を掴んでいた手を放しかけて、ハッと気づいた頃には彼女は腕を振り切って、近くに落ちていた辞書二冊を両手に持つと立ち上がり、高く掲げてから振り下ろしました。


角から頭にぶつけられた二人は地面に這い蹲って呻き声を上げ、しばらく立ち上がれなさそう。そして周囲の男子は唖然とした顔で動くことすら出来ない――そのことに安心した彼女はそのまま部屋を飛び出そうと、扉目掛けて走ったのです。




が。



「きゃああっ!!」


ぐいっと足を引っ張られ、走っていた勢いそのままに床に体を叩きつけてしまった彼女。

何度か咳き込みながらも立ち上がろうとしても、足枷のように張り付く何かのせいで立ち上がれない―――睨みつけるように、足枷役の人間を見ると、


そこには。


黒い、澱んだ霧のような――悪意と敵意が溢れる、気持ちの悪い「なにか」が、最初に仕留めたはずの男子生徒から翼のように溢れ出していて、部屋中に満ちようとしていました。


(なに、あれ)


怖い。

恐怖で体が固まる。それなのに男子生徒は、霧状の「なにか」は、彼女の体にまとわりついて犯そうとする―――そんな時。


ぶち、と耳の近くで音がして、次いではらりと赤い――髪飾カチューシャりのリボンが、解けて床に触れる、その寸前で()()()のです。


それと同時に、すっきりとしたハーブの香りが薄ら漂う――ただそれだけなのに、まるで恐れるように、怯えるように霧状の「なにか」も彼女の足を抱えた男子生徒も体を引きます。


けれど今度は他の生徒が彼女の髪を乱暴に掴んで引っ張り上げ、体に蹴りを入れられたものだから彼女は悲鳴を上げました。

その、悲鳴に隠れるように、何かが斬れる音がして。





そして、仰向けにされ服を裂かれて下着が露わになった彼女の為に、扉に体当たりして乱入する男子生徒が現れたのです。




「―――お、お前らッ!御巫さんを放せ!!!」






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