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41.おっと、そこまでだぜ




学校に入ると、すでに文ちゃんが教室内に居た。


穂乃花たちとトランプで遊んでいたようで、文ちゃんは私を見つけるとパッと表情を明るくして――そして慌てていつものように、控えめに微笑んだ。


「彩羽さん、おはよう」

「おー、彩羽」

「おはよー」

「おはよ。これから七並べするけどあんたもやる?」


文ちゃんに続くように挨拶してきたみんなに「おはよう」と笑ってからカバンを机に置くと、私は穂乃花と文ちゃんの間に入り込んでカードを手にとった。


「……あ」


すると、隣で沙世ちゃんと1限目の授業について喋っていた文ちゃんが不意に私の足元を凝視する。


手鞠てまりダヨ゛――手鞠ダヨ゛――』


その視線の先、私の足元では、「ぷにとぅるん」こと私の初めての使い魔になった「手鞠」が頬をすりすりと私の足にこすりつけて、「かまってー」と言うかのように鳴いている。


鳴いている、が……これは「普通の人間」には見えず聞こえず、力のある人間でなければ分からないものなのに――もしかしなくても気づいてる?


「………」


文ちゃん、絶対気づいてる。

だって、手がわきわきしてるもん。撫でたいのを堪えてるような顔してるもん。


やっぱり、あのお守りの件といい、文ちゃんは―――、




「おはよう安居院さん、御巫さん」



思考を遮るように、男の子が挨拶をしてきた。

振り向くと、少し照れくさそうに微笑むタカ君だった。


「あ…うん、おはよう」

「おはよう小鳥遊くん。…と佐嶋くん」

「おはようございますッッ」


いつの間にか近づいてきたタカ君、その隣では音痴さっくんが九十度の深い礼をした。


「佐島くんは礼儀正しい人だね」

「いやっ、普通っす!」

「…。あっ、流鏑―――」

「ひぃぃぃぃ!?」


即座に頭を両腕で庇い、背後を振り返ったさっくんだが、ちょうど教室の扉を引いたのは流鏑馬ではなく不機嫌そうな男子生徒だった。

彼はチラッとこちらを見た後、すぐに視線をそらして自分の席に向かう。


「……ハァ、よかった…」

「…………。」


心底ホッとするさっくんに対し、文ちゃんは一瞬表情が消えていた。

そのことが気になって、私はどうしたのかと聞こうと口を開き――しかし最初の一文字を口にする前に、「ああそういえば」とタカ君は爽やかな笑顔で言うのだった。


「昨日の走ってる安居院さん、楽しそうだったね」



音楽室に、何か用があったの?


―――そう問われて、私は一瞬固まった。


硬直が解けてなんとか動き出す頃には先生がやって来て、結局何も言えなかった。






「御巫さん、ノート返すね」


―――3限目の古典の授業前、前回回収されたノートの山を運んできた男子が、にこやかに手渡してきた。

普段ならノートなんて「勝手にもってけ」と教卓の上に乗せられるのに、体育会系らしい男子生徒はわざわざ生徒の誰よりも素早く抜き取って渡しに来てくれたらしい。


「あっ、ありが――」

「はいこれ、安居院さんにも」


てっきり文ちゃん狙いかと思ったら、彼女のお礼を聞かずに私に近寄って丁寧にノートを渡してきた。

「ありがとう」とお礼を言うと彼は笑って、颯爽と去っていく。


「…お礼、ちゃんと言えなかったな…」

「きっと照れくさかったんだよ」

「でも…」


ふう、と溜息を吐いた文ちゃんは、とても小さな声で「無事に帰ってきたの、久しぶりだな…」と呟いた。

その言葉を何とか聞けた私は、しょんぼりする文ちゃんを慰めながら「あいつ、羽継に通じるイケメンさだな…」と思った。


でもさり気なくとはいえ私で周囲への誤魔化しに走るとかあいつ……そのせいでどっかから消しゴム投げられたんだけど―――って沙世ちゃんお前かーっ!



キッと振り返って沙世ちゃんを睨んだら、私の後ろの席にいる善良な男子生徒が「ヒッ!?」とびくついた。……あ、ごめんなさい。












お昼の時間である。


今日は誰と食べようかしらと思いながら机の上を片付けていると、忍びのごとく足音もなく近づいてきたタカ君に誘われた。


彼は背後でもじもじしているさっくんをチラッと見てから「…御巫さんもどう?」と話を振り――文ちゃんは少し困った顔で私を見た。……嫌、なのかな?


私は近くの穂乃花たちに目を向けようとしたら、叶乃ちゃんの傍にいた沙世ちゃんがペッと唾を吐き捨てたいような顔で私を見ていた。おいなんだその表情。その口に消しゴム突っ込んでやろうか。


「…ダメかな?」


私の意識が沙世ちゃんに向いたのを引き戻すように、タカ君は寂しげに尋ねる。

その姿に少し胸が痛んだ私は、「まあ今日くらいは」と承諾しようと決めた。……昨日のことも、どこまで見てたのか聞かなきゃいけないしね。


「…うん、」


いいよ、と。

そう続けようとしたら、静かに教室の扉が開けられた。



「―――彩羽、遅れて悪かったな」


今日はまだ誘いのメールを送っていないのに、羽継はいつもより早めに私を迎えに来た。

その背後には流鏑馬がいて、私とタカ君たちを見て「おっ」と目を見開いた。


「羽つ…」

「今日は天気がいいから外で食べるぞ」


私の言葉を遮り、羽継は私のお弁当一式を勝手に手に取る。

朝から今までずっと私の足元や椅子の真下にいた手鞠は、嬉しそうに羽継の周りをごろごろと転がっていた。


(……どうしよう)


せっかく迎えに来てくれたのに一緒に食べないなんて失礼だし、かと言ってタカ君が昨日の件をどこまで見ていたのか気になるし……うーむ。


悩んでいると、タカ君が一歩こちらに足を踏み出した。


「……たまには室内もどう?―――奢るよ、紅茶。アップルティーだよね」


誘うタカ君の顔に、「昨日も飲んでいたもんね?」と書いてある気がする。

―――私はその見覚えのある表情と、現在の"あの時と同じ状況"に思わず目眩がして、彼が握ろうとした手から逃げるように半歩身を引いた。


すると視界が変わって――目の前に大きな羽継の背があって。

私の前に立ち塞がって無言で彼を見下ろしているらしい羽継の、その袖を縋るように握ると、私は震える声で「……ごめんなさい」と何度も断った。



「………いや、こちらこそ。ごめんね」


深呼吸してから、少しだけ羽継の体から顔を出す。

彼は苦笑いを浮かべていて、私たちから数歩下がって再度「…ごめんね」と謝った。


そして、親友を伴って去っていった―――けれど、羽継は私の前から退こうとしない。

どうやら去ってもなお睨んでる様子。……別に睨まなくてもいいのに。こうして盾になってくれただけで十分有難い。……あ、お礼を言わないと。


私は羽継の袖を引くと、「ありがとう」と言おうとした――が、私の背後から聞こえた間延びした声が邪魔をしたのである。



「なあ、お腹すいたー…」


まるで台所で調理中の母親をせっつく息子のようなそれに、私と羽継は何とも言えない顔で流鏑馬を見た。


流鏑馬の隣にいた文ちゃんも何とも言えない顔で、「国光くん…空気読んで…」と呟いた。



なお、手鞠はお腹が空きすぎたあまりチョークを貪っていた。……どうしよう、この雑食ぶり。






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