40.僕は心配です
「お父さん、この子飼ってもいい?」
「ダメ、お父さん動物アレルギー……あれ、なにそれ」
「学校で拾ったんですってー」
―――今日のご飯は、珍しく家族三人揃ってだ。
いつもより早めに帰ってきたお母さんと、余所のお父さんたちが帰ってくる頃に帰って来れた私のお父さんを出迎えて、私は腕の中で眠そうにうとうとしている「ぷにとぅるん」を見せた。
「ぷにぷにして可愛いよ」
「ふむ……もうちょっと固めな方が僕は好きかな」
眠たげな「ぷにとぅるん」はお父さんの手に気づくも、どうやら警戒心よりも眠気が勝ったようで身動ぎもしない。
お父さんはそんな「ぷにとぅるん」の頭を撫で―――急に「ぷにとぅるん」の頭を鷲掴むとッ!
「散滅しろこの軟体生物めッッ!!」
「あ゛―――!?」
「ちょっ、やめてー!!」
フェイントをかけたお父さんは私から「ぷにとぅるん」を奪い、ビリビリビリと雷撃を食らわせた。
私はすぐにお父さんに抱きつき止めようとするも、お父さんは少しも攻撃を緩めず。「ぷにとぅるん」はビクンッ…ビクンッ…と痙攣している。
ちなみにお母さんはこっちのことなどまったく気にせず台所に戻り、冷蔵庫から飲み物を取り出していた。
「やめてよっ、この子は今日、私のことを何度も助けてくれたんだよ!」
「だからどうしたって言うんだね彩羽。例え何をしようが危険な生き物は即刻排除しなければいけないんだよ」
「その子危険じゃないって!」
「危険だ。―――こいつは魔道書の中身だぞ?」
「……えっ」
中身?
「魔道書は普段は本の形を取るが、その正体は化け物だと教えただろう?――まあ、こんな女の子受け良さそうな姿をしてたら油断もするだろうが…どんな姿だろうと、【怪異】を侮らないことって、何度も注意したのに…君はまったく…」
「うっ…でも!その子と一緒に居たけど嫌な感じしなかったし!」
「ふむ…こいつはどうやら魔導書の"善"を司る方みたいだから、分からなかったのだろう」
―――お父さん曰く、「魔導書」には色々と種類があるが――中でも強い「魔導書」には悪と善の面が備わっているのだそうだ。
日本の神々に荒魂と和魂があるような感じで、この二つがあってこそ強力な力を持つ「魔導書」は世界に存在する事ができ、なにより私たち人間が扱うことができるのである。
基本的にこの「魔導書」は一般人や危険人物の手元に在ることが多いせいか「危険物」の認識が強いが、私のお父さんのように正しい意思を持つ術者が使えば、場合によっては「魔導書」は神の奇跡のような事だって実現できる素晴らしい道具なのである。
つまり使用者が奇跡を成就するためにあるのが「善」。ブレーキかつアクセルでもある。
ちなみに「悪」は強大な力の塊。下手に干渉するとトラックに轢かれる並みの威力でぶっ飛ばされる。
そんな二つは絶対に揃っているべきなのに、"これ"はどういうわけかすっぱりんと分裂しているのだそう。
「…あれ?それなら、善であるその子を殺さない方が――」
「そうだけど…片割れとはいえ強力な魔導書相手だから、殺す気でやらないと"停止"できないからね」
「停止?」
「このままだと、こいつの片割れ――悪を司る方が元の1つに戻るために"突撃!我が家で晩ご飯"をしちゃうからね」
「ええっ…じゃあ殺っていいよお父さん」
「あ゛―!?」
我が家の安寧のため、コロッと態度を変えた私に向かって「ぷにとぅるん」は半泣きで叫ぶ。
お父さんは気にせず再度攻撃しようとすると――今までまったく話に入ってこなかったお母さんが口を挟んできた。
「何もわざわざ停止させなくても、彩羽の使い魔として存在させてもいいじゃないの」
「あ゛―っ、あ゛―っ!」
「私の実家のやり方に任せてくれれば、面倒くさいことしなくても簡単に捕獲できるわよ」
「……それはそうだが…僕は君の家のやり方は嫌なんだよ…トラウマになるんだよ…」
「失礼ね」
忘れたい過去を思い出したのか、お父さんはイケメンなお顔を青褪める。
心なしか、私と同じく変に跳ねていた髪がしょんぼり項垂れているような気がする…。
「…お母さん、どんな魔術をかけるの?」
「そんな大層なものじゃないわ、ただの隷属させる契約だから。上手くいけば片方にもかかるかも」
「ああ、感染魔術?なんだ、そんなにグロくなさそうじゃん」
「………」
「だけどねえ。相手は魔導書だし、彩羽が二匹とも従えるほどの魔力と意思の強さを持っていないと、二匹の力に負けて――まあ、グシャッとなるんだけど」
「は!?」
「でも大丈夫よ。あんたは私とお父さんの子だから、意思はともかく魔力だけは無駄にあるからきっと大丈夫。たぶん」
「たぶんって言ってるじゃないですかー!」
「この世に確実なことなんてないのよ。…とにかく、これならあんたも強力な使い魔を得ることができるし。今後のお仕事も楽になるわよー?私も魔導書の解剖…じゃなかった実験ができるし」
「それが目的か!」
「ていうか魔導書の解剖は勝手にしちゃダメだから!もっというと改造もダメだからな!?」
「我が家の所有物にイチャモン付けられる覚えはないわ!」
「あ゛――――!!」
そうして「ぷにとぅるん」は拉致された。
*
「―――ていうことがあってね、この子は私の使い魔になりました」
「……まあ、ご両親の許可を得てるなら、もう何も言うことはないけどさ……なんかそいつ、変じゃないか?」
「うん…お母さんに拉致されて二時間後にやっと帰ってきたんだけどね、この子呆然とした顔で…あと頭にペンが刺さっててね、これは何だって聞いたら『"頭の中身に直接術を書き込んだのよ』って」
「おい中身って脳みそか?脳みそなのか!?」
「あとね、何度も『ピー、ガガッ』っていう音がこの子から聞こえてきてすっごく怖かった。
この音がするとね、この子ぶるんぶるんって体を震わせたり転がしたり跳ねたり白目を剥いたりするの…」
「それエラー起こしてんじゃないの!?大丈夫なのかそんな危険な物体連れ出して!?」
「いや、でも……ああそうそう、会話できるようになったんだ」
「えっ」
「ほら、お喋りして?」
「良イ子゛ニ…ガガッ…、良イ子゛ニ スルヨー、ダカラ優――ピー…――クシテヨー…」
―――羽継は、無言でそっと「ぷにとぅるん」を抱きしめた。
昨夜の私のように腕に抱き、優しく撫で始める羽継―――その間も「ぷにとぅるん」は変な音を出しつつも「良イ子゛…良イ子゛ォ…」と鳴いている。
「……悪いことしちゃったとは思うんだけどね…でも、こうでもしないとこの子、もっと痛い目に遭って…暗くて寒い地下に永遠に封印されるって言うから…」
「そっか…」
羽継は項垂れる私の頭を撫でると、「…遅刻するぞ」と言って先を歩き出す。
「ぷにとぅるん」は羽継の腕の中から頭へと移動すると、私を振り返って「良イ子゛ォ!」と鳴く。
うんうん良い子だね、と頬を撫でると嬉しそうに耳をパタパタと動かした。可愛い。
「……そういや、こいつ他の奴らには――」
「あ、見えないよ。能力者以外には見えないように設定したから。お母さんたちは外では私以外には見えないようにした方が良いって行ったんだけど、間違って気を抜いた羽継と接触したらまずいでしょ?」
「そっか…」
ならいいや、と「ぷにとぅるん」の好きなようにさせた羽継。
昨日はあんなに厳しかったというのに……やはり哀れを誘ったか、アレは。
「―――ねえ」
「ん?」
「その子の名前、決めようと思うの」
「おお、候補はあるのか?」
「うん!」
「言ってみろ」
「お水」
羽継の動きが止まった。
「…おみず?」
「うん。この子水饅頭みたいだから、略して"お水"。…へん?」
「………。…お前…アホな上に世間知らずだよな…」
「え?」
「…いや、お前を世間知らずにさせたのは俺のせいでもあるか……とにかく、その名前はダメだ。酷すぎる」
「むぅ…じゃあもう一つあるんだけど」
「ん?」
「『手鞠』っていうのはどう?その子、よく跳ねるし転がるし…」
「ああ、それならいいんじゃないか?女の子らしく………ん?」
「ん?」
「……こいつの性別って…なに…?」
「手鞠ダヨ゛ォ――」
「ぷにとぅるん」改め「手鞠」は名前が気に入ったのか、耳をピンピンさせながらしきりに「手鞠ダヨ゛ォ――」と鳴いている。
その鳴き声に気づいた先頭の女子集団が「今、気持ち悪い鳴き声が聞こえたような…」と話し合うのに気がついて、私は急いで手鞠の声を封じた。
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補足:
・どうして「手鞠」は急に話せるようになったのか
⇒「契約」によって彩羽と通じた結果、ヒトの言葉が話せるようになった。
・手鞠の性能
⇒元は「私は/貴方を/肯定します」という魔導書だったため、通常時では使用者の精神力の上昇とついでに運が上がる。
戦闘時には彩羽の魔術の威力を上げまくったり、失敗しかねないほど高度な魔術を成功させる(その分魔力を食うけど)。
つまり彩羽さんがチートキャラになるためのお助けキャラです。そうじゃないとラスボス戦で詰む。
・彩羽さんのアホ毛
⇒お父さん譲りでした。




