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4.隣の席のあの子




結局二人が教室に戻ったのは一時間目が終わった頃。席替えはすでに終わっていた。

束の間の休憩に生徒がわらわらと好き勝手にしているのをただ眺めていると、戻ってきた彩羽の姿にすぐ気づいた友人が駆け寄ってくる。


「遅かったね。彩羽いろはがいない間に席替え終わちゃったよ」

「みたいだねえ…はぁー、席替え結果はどうなった?」

「先生がくじ置いて『先着順』って黒板に書いてたもんだから、さっさと登校した順に皆引いちゃってね。監視してるひとがいないわけだから裏取引が横行して……日当たりのキツイ場所か前の席しか空いてないの」


「ちなみにこれ、あんたの道具はそこに置いておいたから」と指差す友人―――穂乃花ほのかが事情を教える。

彼女の指す席は三つで、彩羽・ふみ・体調不良で欠席してる男子で席の取り合いをしなければならないらしい。


「もー、どの席も最悪じゃ……ん?」


決められずに教室を見渡すと、彩羽と同じく道具を後ろに積まれているとは知らない文が、自分の机の中の道具を回収するために元の席に近づいている姿が見えた。

すると慌てて文の名字を呼ぶ女生徒が彼女に近づいてきて、振り返った文に抱えた道具を見せる。一瞬、申し訳なさそうな表情に警戒がよぎる。


(朝からあんな修羅場になってたら、そりゃあそうなっちゃうか)


―――彼女の反応に、去年の野良猫みたいだった自分を思い出した彩羽は、振り切るように視線をそらす。


「あっ、」


女生徒の声は案外大きかった。

もう一度二人を見ると、女生徒の腕の中の教材たちが宙を舞い、硬直した文の顔に向かって―――あれでは目に当たってしまう―――、






「「え?」」



―――男子の片腕が、彼女の顔を隠すように横から突っ込んできた。

つまり彼女の盾になってくれたわけだが……誰だろうか。


「や、流鏑馬やぶさめくん……」


文に近づこうとして転んだ女生徒が、震える声で男子生徒の名前を呼ぶ。

その名前にはどこか聞き覚えがあった―――彩羽は五秒くらい悩んで、「あっ」と声を漏らす。朝の修羅場で出された男子生徒の名前である。


(こいつが女のドロドロの争いを起こしたイケメンさん……イケメン…さん……?)



「…羽継はねつぐの方が男前かな」


ぽそっと呟くと、穂乃花は「あーはいはい」と冷たい反応だ。



「―――大丈夫かよ、」


この騒動でクラス中の視線を浴びる中、流鏑馬はまったく気にせず身を屈める。

まるで王子様のように登場した彼は、そのまま床に手を伸ばし、


「教科書運んでおくから」


てっきり倒れて床に座り込んだ女生徒に手を差し伸べるのかと思ったら、彼が掴んだのは文の教科書だ。

さっさと全部拾い上げた彼は最後に放心している女生徒に手を差し出すと、そのまま立ち上がらせてやり、絆創膏を一枚渡した。


「ごめん、今一枚しか無いんだ」


女生徒はううん、と言ったのか、どうなのか。

クラスの関心も薄れガヤガヤと騒がしくなった教室のせいで見えないが、流鏑馬が文をどこかに連れ去ってしまったのは見えた。


――――とりあえず見送った彩羽の、初めて彼を見た感想としてはだ、



「なんていうか…中学男子とは思えない紳士さだね……」


大人びているというか、落ち着いているというか。

この二学年の男子生徒で、女子を助け起こし絆創膏を差し出せる奴は少ないだろうに。際立って綺麗な顔をしているわけじゃないのに、乙女ゲームの王子キャラのように爽やかな振る舞いだ。


「ねえ、やぶなんとか君ってモテるの?」

「彩羽ァ…やぶなんとか君って…流鏑馬くんだから」

「ああそれそれ。で、どうなのよ?」

「結構モテる方じゃないかな。やっぱ根が良い子だし、優しいから好かれてるというか。それに可愛いイケメンだし」

「かわいい……?」

「あの猫っ気で猫みたいに大きい目とかァん!普段は色んな意味でやんちゃなくせにああいう時は紳士ってギャップがいいのよ!」


乙女ゲームやら少女漫画好きな穂乃花がだんだんと熱く語り始める。

彩羽は途中で聞くのも疲れてスルーしようと――さっさと席を選ぼうと教材を回収すると、穂乃花はその後ろでまだ語っていた。

からかうような、柔らかくて明るい声で。



「―――だからさ、流鏑馬くんってワンコ系だと思うんだよね……飼い主は御巫さんでさ」

「それってお二人は付き合ってるってことで?」













「隣の席、いい?」

「ん?―――ああ、どうぞどうぞ」



穂乃花が熱く語った流鏑馬という(彩羽的にはいまいちな)イケメンに拉致されてどこかに行っていた文は、俯きながら教室に戻る。

緊張した表情にわずかに震える声は、見知らぬ隣人への不安と怯えが出ていたが彩羽は気づかないふりをして笑う。


「まさかこうなるとは…運命を感じるよね、みきゃ…みは…御巫さん!」

「……あの、呼び辛かったら、」

「いやいや待ちたまえ、これはだね、今飴をにゃめ……あっ、くそ、噛んじゃったー!」

「………」


仮にも魔術師を目指すもの、「噛みっ噛みやな!」とか言われたくない。

彩羽は噛んだ原因のそれをガリガリ言わせながら噛み砕き、お近づきの印にと飴玉(先週、羽継から貰ったものだ)を贈呈すると、文は恐る恐る受け取った。


「…、ありがとう…」

「いえいえ」


きゅ、と飴玉を握ってぺこりと頭を下げた文は、しばらく迷った後に飴玉を胸ポケットに入れて教科書をしまう。

あらかた片付けると、ぼそぼそした声で言った。


「……その、本当に私が隣でもいいの?」

「むしろそれこっちの台詞かなー。私ってわりと寝てるから先生に目ェつけられてるんだよね。授業中とか御巫さんもよく当てられちゃうかも。

もしくは私の目覚まし係押し付けられたりとか…起こすときは新妻が旦那さんを起こすときみたいな優しいやつでおねが―――ってあれ?御巫さんすっごくイイ匂いがするんだけどもうちょっと顔近づけてもいい?嗅ぎたい」


怪異とは昏い時間に暴れるもの。それの討伐や普段の鍛錬疲れというのもあって、彩羽はちょくちょく授業中でも寝てしまう。

それでも先生の印象が悪くないのは、毎度のテストの高得点にあるが彩羽の人懐っこい性格にもある。

しかし人懐っこく甘えん坊なので、厳しい対応を嫌う彩羽が「優しく起こす」ふりをしようとした瞬間、薄ら香る花の匂いに変態臭いことをし始めた。

香水というには柔らかい、強いて言うなら母親に抱きついた時の匂いというか、優しい匂いである。睡魔を呼ぶような香りだ。


彩羽は後ろの席のメガネ男子がドン引きして見ているのを感じながら、彼女の体臭を嗅ごうと身を乗り出すと、



「………………そっか…」


―――あの、くるんくるんと巻かれた綺麗な髪の先を指で弄りながら呟いた文は、彩羽の変態発言をどう受け取ったのかは分からないが、なんだかちょっと嬉しそうだ。


そのあまりに可憐な喜びように、彩羽は衝撃を受けた―――自他ともにかなりの美人と評されているが、女子力の高さは文がぶっちぎりで優勝している気がする…。

思わず、負けず嫌いの彩羽は「んだよー!でも胸の大きさは勝ってるんだからね!」と心の中で叫んだ。



「……あの…よろしくね、安居院さん」

「彩羽でいいよ」

「うん……よろしく、彩羽さん」

「こっちこそよろしく、御巫…ふ…いや、あや…みな……さん!」

「文です」



アホの子を見るような目で見られた。







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