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3.出会い





「行ってきまァーす」



六月も半ばの月曜日。今日は席替えだ。


現在の彩羽いろはの席は後ろの風がよく通る場所で、またあの席であって欲しいなあと欠伸をかみ殺しながら思う。

まあそれが駄目でも、せめて友達の近くとか。男子の隣は嫌だな。特に運動部。朝練のある運動部は最悪だ―――とりあえず居心地の良い席でよろしく、と寝惚けた頭で神様に祈った。



「―――おはよう」

「おはよう」


家から歩きだしてカップラーメンが出来るくらいの時間。それぐらいしか離れていない距離に、羽継はねつぐの家はある。

寝惚けた相方とは違ってきっちりと制服を着た羽継は門に寄りかかって待っている―――これを小学校から続けているのだから、まったく律儀な男だった。


「ね、今日は羽継のところ、席替えする?」

「しない。確か明後日」

「へー」

「……また後ろだろうな」


はあ、と溜息を吐く羽継は容姿を裏切らず真面目な生徒だからか、いつも前方の席を望んでいる。

けれどクラスどころか学年でも一番背が高いもんだから、彼が前にいると苦情が殺到するわけで。渋々後ろに座るも、図体のでかい羽継は出入りが不便だとよく愚痴っている。


「私は羨ましいけどなー。前の席って…なんか嫌じゃん」

「全然」

「だって怖くない?もしかしたら後ろの席の奴に消しゴムのカス投げつけられたり枝毛作られたりとかさ、最悪急にグサッて殺られるかもしれないのに」

「被害妄想がひどいなお前は」


最初はともかく最後はねーよ、と冷たく返される。それに彩羽はぷいっと顔を背けると、「想像力豊かなんですぅー!」といじけた。

その後も羽継は相変わらず冷めた言葉で返してくるものの――会話はずっと続いていて。やがて生徒の姿が溢れる門前まで来ると、彩羽は怠そうな顔で彼の背を叩いた。



「結界緩んでるらしいから、ちょっくら直してくる」

「…分かった」


怪奇現象おしごと】絡みのことには全力で顔を突っ込んでくる羽継だが、学校の結界関係については身を引く。…まあ、羽継がその場に居てしかも間違って能力を発動したら全て泡と消えることを覚え場当然のことだ。そんな事態になった日は目も当てられない。


「じゃあねー」

「ああ」


―――ぶんぶんと手を振り、彩羽はどうにもやる気がないまま校舎裏に回る。

目的地はサッカー部やら陸上部が朝練しているグラウンド――からちょっと離れた場所。昔は英会話などの同好会が使用していた、今は空き教室の部屋ばかりの窓が並ぶ人通りの少ない場所だ。

じめっとして薄暗くて、換気のため僅かに開いたカーテンの隙間から見える教室の中は埃っぽい。


(ほんっとにあの先生は勘が良いなあ。ゆるっゆるだわ…)


「はぁー、ここって光が差さないからか、すーぐ緩むんだよねえ……――――」


膝を着き、壁に手を翳す。じわり、と掌が熱くなった。





「あんたって、ほんっっっとに邪魔!!」

「ふあ!?」


―――割と近くで聞こえた怒鳴り声と痛そうな音に、思わず結界を直そうとしていた力が切れる。


間抜けな声を出した彩羽はすぐに口を塞ぐと、もう一度耳を澄ませた。


「あんたのせいで流鏑馬やぶさめ君、遊びに行けなかったんだから!いいかげん彼に粘着するのやめて独り立ちしなさいよ!」

「そうそう、いくら御巫みかなぎさんが友達いないからってさあ、」

「流鏑馬君はあんたと違うんだよ?友達たくさんいるの。いくら彼が優しいからって……。あんた、彼にどんだけ迷惑かけたのか思い出してみなさいよ」

「ほんっっっと、御巫さんって流鏑馬君の人生台無しにするのが大好きだよね」

「性格悪っ」




―――うわあ。

なにこれいじめ現場?それともリンチ?朝から最悪なシーンを見てしまった…ドン引きした彩羽は思わず空を見上げた。清々しい晴天だ。

……だというのに、頬を叩いたのだろう乾いた音が聞いてるこちらまで痛くするものだから、この清しい朝も無残なものだ。

そのやぶ…藪川くん?誰だか知らないしどんなイケメンかも知らないが、朝っぱらから女のドロドロした争いを引き起こした男の顔が見てやりたくなる。……まあそれは後にして、今はどうするか、だった。


流石に一方的な暴力に見て見ぬふりはできないししたくない。それをやったら羽継の隣に立つ資格を失ってしまう―――しかし、諸事情で女子と諍いを起こすと古傷…と言うには早いトラウマが心臓を苛むのだ。

ああ本当にどうしよう。もう闇討ちでもした方が早い気がしてきた。


「ちょっとは表情変えたらどうなのよ!何よ澄ました顔して!」

「しょうがないよ相川さん。だって御巫さんご両親いないし。色々()()()んだって」

「そんなんだから友達いないんだよ」

「…あ、そうだ! もう流鏑馬君に付き纏わなくてもいいように、()紹介してあげるよ!御巫さんみたいな根暗な子でも遊びたいって男子がいるんだよ。そしたら少しはマシになるんじゃないの。―――ねえ、この疫病神」






「―――せんせぇー!本当にここにアレ落ちてるんですかー!?何もないですよー!もっと奥行きますぅぅぅぅ!?」



叫んだ。


ちょっと声を高めにして、物陰に隠れて。

「やっば!」と焦る声の後、急いで立ち去る足音がどんどん遠退いていく。


(やだわ、最近の子ってこわあい)


あー、やだやだと嫌悪感を振り払うように首を振り、立ち上がろうと足に力を入れる。とりあえず闇討ち以外の手段が浮かんで良かった。下手したら闇討ちどころか力を抑えきれなくて暗殺沙汰起こすところだった―――思わず溜息を着く。



「あ、の……」


―――と同時に、静かな声に呼び止められる。

一瞬躊躇ったがゆっくり物影から顔を出すと、そこには腰に届くほどに長い薄茶の巻き毛を揺らした美少女がいた。

儚いほど白い肌に浮かぶ赤い痕が遠目からでもよく分かる。何となく彼女の下に視線を落とすと、スカートが汚れてたり手から血が――血!?


「いやああああいつら朝からなに傷害事件起こしてんじゃー!」

「わっ…あ、ありがとう」

「いえいえどう……じゃなくて君!感謝はいいから保健室行きんさい!」

「うん。でも……ありがとう」


ぺこりと頭を下げると、彼女はトコトコと彩羽の目の前を通り過ぎようとする。

その間にも血は流れて、スカートに新しい汚れを作った。


(うわあああ…この学校の制服、白地なのに…あれ落ちるのかなあ…ていうかあんなゆっくり優雅に歩いてたら貧血起こすって…!)


儚さと箱入り娘のような浮世離れした雰囲気のせいか、基本的に世話を焼かれる側である彩羽は珍しく世話を焼こうと彼女の無事な方の手を掴む。

こんなに酷いことになっているなら、あの時もっと早く助ければよかったと後悔した。













いじめられていた女の子はどうやら同級生で、「御巫みかなぎ ふみ」というらしい。


(こんな危なっかしい子のこと、何で今まで気づかなかったんだろ……)


純粋にそう疑問に思って、すぐに気付いた。―――ああ、自分はあの日からずっと「地雷トラウマ」から目を背けていたんだと。


「痛いけど、我慢してね」


先生の優しい声に、文はこくりと頷く。

綺麗で庇護欲が掻き立てられる容姿だけれど、意外にも文はしっかりとした足取りで共に保健室に行き、ひどい出血を拭われ切れた傷を消毒しても表情一つ変えない。

消毒する時も注射を打つ時も悪足掻きして悲鳴を上げる彩羽からしたら、尊敬に値する動じなさだった。



「はい、もう大丈夫よ――だけどスカート、どうしようかしら」

「………」


文は少し俯いている。

―――まあ、朝からあんな目に遭えば元気凛々とはいかないだろう。


「休んでいく?それなら先生、スカート…」

「いえ、いいんです。戻ります」


静かに立ち上がる。

保健室の先生に頭を下げて振り返ると、ソファで寝転がっていた彩羽と目が合う。もういないものだと思っていたのか、それともフリーダムにクッションを抱えてリラックスしている姿に引いたのか、ぴた、と固まった。


そしてだいぶ悩んだ後、「あの、」と口を開く。


「あの、安居院あぐいさん、一緒に…戻る?」

「……あれ、私のこと、知ってたの?」

「同じクラスだもの……それに、理科と数学の試験では、一位だったから」


静かな声はどことなくお堅い。彩羽の軽すぎて空を舞えそうな声とは大違いだった。

その硬さに心の距離の遠さを思いながら、彩羽はニコッと「覚えてくれて光栄の極み。せっかくだし親睦も兼ねて一緒に休も?」と言えば、文はすげなく答えた。


「…いい加減戻らないと。意味のない欠席は良くないと思う」

「さ、サボりじゃないですし!頭痛が痛いだけですし!!」


今日は無駄に暑い。そして保健室は涼しい。あと今日は小テストがある。

だから出たくないと言うのは流石に避けた彩羽の言い分に、文はちょっとかわいそうな子を見る目で見た。


「……そう、じゃあ、お先に―――」


戻るね、と背を向ける姿に元気はない。

―――追いかけるか悩んで、ふと気づく。そういえば今日は席替えだ。ただでさえ一人で戻るのは気まずいのに、そこに席替えが重なればさらに気まずい。

今朝がアレだっただけに、一人で行かせるのは可哀想だと足取り重い文を見上げた彩羽は、「あ、」と声を漏らす。



「御巫さん」

「!―――はい?」

「あの…」

「…?」

「く、くび、つった…………」



助けて、と手を伸ばす彩羽を、文はかなり困った顔で見つめていた。







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