29.褒め称えよ(チラッ
※ラストに作者絵がありますのでご注意ください。
「―――あら、彩羽ったら髪型変えちゃうの?」
「うん」
久しぶりに三人揃って朝食を口にできる――ちょっと上機嫌で席に着くと、お父さんに野菜ジュースを手渡しているお母さんに髪型を指摘された。
昨日はお母さんもお父さんも魔導書の方に注目していたからか、それともその場限りのものと思っていたのか、この髪型を特に何も言わなかったものだから、私も文ちゃんから貰ったカチューシャを自慢するのを忘れていた。
「昨日、髪留めが壊れちゃってね、困ってたら文ちゃんがくれたの。……どやっ!」
「彩羽、ちょっとアホの子に見えるからその決めポーズやめなさい」
「アホの子じゃないもん!」
「……彩羽、髪が伸びたね」
「お父さん、普通はそっちじゃなくてカチューシャ似合うよーとかそういうコメントをしてよ」
「やだ彩羽ったら、アホ毛出てるわよアホ毛」
「出てないもんー!」
お母さんから渡されたオレンジジュースをぐいっと飲むと、私は髪を直そうとして結局クロワッサンを齧ることにした。
「…まあでも、女の子らしくてなかなか良いわね。ずっとその髪型にするの?」
「んー、たぶん」
「ふーん……――なるほど。羽継くんもこういう子、好きそうだものねえ」
「えっ!?」
思わず目の前のお父さんにクロワッサンの欠片を飛ばしそうになる。
無作法を謝ろうと思ったけど、お父さんはニュースの合間に流れる「今日の占い」の方を見ながら野菜ジュースを飲んでたから、いいや。
「なんでそーなんの!」
「だって彩羽がよくしてるポニーテールだって昔、羽継くんに褒められたからでしょ?それが急にヘアチェンジだなんて…あ、もしかして違う男の子が好きになったの?」
「どっちも違うし!ポニーテールは動きやすかったからだし、コレは文ちゃんときゃっきゃうふふするためなの!」
「えーっ、正直に言いなさいよぅ。羽継くんはか弱そうな女の子らしいタイプが好みそうだなってあたりをつけたからヘアチェンジしたんでしょー」
ちげーつってんだろうがー!
…と叫ぼうと思ったら、急にお父さんがガタっと立ち上がった。
「彩羽、私に猫をモチーフにした――そうだ、あの"ぬいぐるみ"を貸してくれ。大きいのがいいな。今日はそれを持ち歩かないと運が上がらない…」
「これで我慢して」
急に「本日のラッキーアイテム」を所望したお父さんに、お母さんは音を立てて猫の箸置きをテーブルに置いた。
お父さんはいそいそと大人しく胸ポケットにそれをしまう。……よかった、私の猫のぬいぐるみ(※くじ引きで当てたにゃんこ先生)を片手にバリバリ仕事するお父さんとか嫌すぎる……。
「―――そういえば。お父さんって、占い好きなのに占いはしないんだね」
「…そういうのは母さんの方が得意だからね。あと、お父さんは占いが好きなんじゃなくて、職業柄どうしても縁起を担いでしまうだけだよ」
「へー」
「ふふ、お母さんは占いで小遣い稼ぎしてたくらいだからね!」
「それで大問題になって反省文書くのを手伝うはめになってね…」
「こらそこ!それは言わない約束でしょ!」
ちょっと母さん何やっ……ん?
「お母さんも同級生のこと占ってあげたりしてお金とってたの?」
「ええ、そ……いや、私のは善意でね、お金は向こうの"気持ち"ってやつで…」
「私の同級生も、お母さんと同じことしてるんだってー」
「ああ…いつの時代もそんな子がいるんだね…」
「ちなみに誰よ?」
「吉野さん、ってひと」
教えると、二人は顔を見合わせた。
あ、知ってるひとなのかなーと思ってたらお母さんがパンっと手を叩いて、
「ああ、吉野さん!ホテルの社長さんと元モデルの奥さんと黒髪の綺麗な娘さんのお家でしょ!」
「正解!」
「知ってる知ってる、あそこの家とお母さんの遠い親戚のお嫁さんは親戚なのよ」
「へー…じゃあ、"こっち側"の家なの?」
「―――いや…どうだろう。あの奥さんの実家は確か占術に長けた家ではあるけれど、奥さん自身はその一部を習得しているだけで、こちら側のことは深くは知らないんじゃないかな」
「でも腕は良いみたいよ。あのホテルの社長さんも、あの奥さんに相談してから一気に有名ホテルの仲間入りになったって聞くし。その娘さんなら簡単な占いくらい朝飯前じゃないかしら」
「………」
ふむ、穂乃花が教えてくれたのは真実だったようだ。後でお礼にジュース奢ろう。
だけどそれよりも―――、
「…ね、占いって道具使うものだよね?」
「え?…ああ、そうね。それが?」
「…その子ね、昨日――ほら、プール事故の起きるちょっと前にね、事故を予言したの」
「予言?あ――それは"才能"がありすぎたせいか、まだ子どもだからかもしれないね……一応気をつけなさい」
……やっぱり。吉野さんは【異能力者】かも。
まあ特に問題のない異能だけどね。きっと彼女の異能は「予知」――それも精度の良いものなのだろう。
まだ若い私たちは成長途中の身なもので、この先その異能が伸びるか否かが分からない。ケースによってはある日突然に異能を失くすこともあるらしいし。
特に監視する必要もないだろう――が、昨日の件もあるし、彼女の言動には気を付けよう…距離も取ろう。
ああ、でも――そんなに当たるんなら、一回くらい占ってもらいたかったなぁ…。
*
「おっまたせー! おはよう羽継っ」
「……ん?」
玄関先で待機していた羽継に元気よく挨拶すると、何故かあいつは首を傾げた。
「ん?」
「ん…いや、……―――昨日、あれだけ酔っ払ってたのにスッキリした顔してんな」
「えっ、私酔ってなかったよー?ずっと寝てたし」
「…酔ってるところ、動画に撮ってあるぞ」
「うそ!?」
証拠として羽継は私に携帯を見せる。
画面には頬が赤い美少女がにゃんこ先生ぬいぐるみを掴んでビッタンビッタンしながら『継ちゃーん、なにしてるの継ちゃーん?つまんないのー、ねえ継ちゃーん』とかまってコールをしている姿が―――お、おおおおお!?
「消して!すぐに消してよ!」
「お前がこの先、飲酒も洋酒入りチョコも食べないって約束できるならな」
「するする!するから!」
そう誓うと、羽継は案外あっさりと消した。……これはもしや…バックアップとってあるかんじですかね?
くっそー、後で羽継の部屋に入ってガサ入れしてやる!
「……俺の部屋を荒らしても無駄だぞ」
「なに!?」
バレてた…だと…!?
なんて恐ろしい子になってしまったのだ。昔はもうちょっと可愛げがあったよ可愛げが。
「羽継の鬼畜っ」
「なっ」
「やーい羽継の鬼畜眼鏡―!鬼っ畜眼鏡―!」
「朝っぱらからなんて単語を連呼してんだお前は!待てオラぁ!」
からかってみると、羽継は予想通り怒って私に説教をかまそうと手を伸ばして来た。
私はおちょくるように距離をとり、ステップを踏んでくるりと優雅にターン。
妖精の如く軽やかにあの子の腕を避けると、羽継はキッと私を見て、
「そのスカートの長さで回るな、見苦しい!」
…………………。
…………羽継……あんたってほんと…ないわ……。
*
『練乳みたい。』―――彼は隣を歩く少女の指先に触れて、そう微笑んだ。
普段と違って眠さに負けた瞳ではなく、柔らかで甘酸っぱい瞳を向けられてそんなことを言われると………途端に恥ずかしくなって、俯いてしまう。
どんなに寝ぼけていてもいつも車道側を歩いてくれる彼は、彼女のその反応を見て「よし!」と拳を握っていた。
「文ちゃ――ん!おはやんよ!」
「痛い!?」
―――私が文ちゃんの背後から抱きついた際に、マイ鞄が「彼」こと流鏑馬の体にぶつかったけどどうでもいい。…だってリア充の邪魔をするのが目的だったからな!
背後で様子を伺ってたらイチャイチャし始めやがってゲロカスが!
「お、はよう…彩羽さん――昨日は一体どうしたの…?」
「ん?ああ……急にハイになっちゃって」
「穂乃花さんが心配してたよ」
それきっと私の「頭の」心配だよね……と思いながら文ちゃんに抱きつくのをやめると、向き直った文ちゃんは私の髪型を見て柔らかい表情になった。
「とても似合うよ」
「…でしょー!」
…お世辞かもしれないけど、やっぱり誰かからそう言ってもらえるのは嬉しいことだ。
胸を張ってから髪をかきあげれば、鞄をぶつけられた所を摩っていた流鏑馬が、
「ああ、髪下ろしたのか…彩羽も綺麗な髪をしてるもんなあ」
でももうちょっとお淑やかになろーぜ、と流鏑馬は苦笑した。
機嫌も治った私は「ごめんあそばせ!」と微笑んだ。
―――ああでも、嬉しいけど、なんか物足りないな。
―――
――――――
――――――――――
「―――はい、約束の品ですぜ」
教室に着いて、私は可愛い紙袋を文ちゃんに差し出す。
文ちゃんはそっと受け取ってから恐る恐る袋の中――クッキーの袋の隣にある、アリス柄の袋にしまっておいたカチューシャを取り出すと、感嘆の吐息を漏らした。
「すごい…新品みたい…!」
文ちゃんの言う通り、【修復】されたカチューシャにはシミも解れたり破れかけの箇所もない。
小さい花飾りはふっくらと咲いているし、リボンは鮮やかな色を取り戻し――ちょっと"おまけ"も付けておいた。
どうやら文ちゃんは早々にこの"おまけ"に気付いたようで、スン、とカチューシャを嗅ぎ、
「……爽やかで…良い匂い。ハーブかな?」
「うん、ヒソップの香りだよ」
―――ヒソップとは聖なる植物とされ、旧約聖書にも登場するハーブである。
寺院を浄化する際に使われたり、中世でも厄除けなどに使用された歴史のあるヒソップ。これと私なりの「おまじない」をかけて、そこそこ良い魔除けの効果がカチューシャに付与されているのだ。
これは文ちゃんの厄除けのお守りを借りたお礼のつもり――なのだけど、こんなことを言うと流石に私の正体を知らない文ちゃんはドン引きすると思うので、黙っておく。
「それとこれ、返すね」
「あ…」
胸ポケットからお守りを出すと、文ちゃんは数秒それを見たあとに首を振った。
「……いいの。彩羽さんにあげる」
「えっ」
「家に戻ればまた貰えるし…それに、…――彩羽さんって見てて危なっかしいから。良くないものに真正面から突っ込んでいって自爆してしまいそうな感じで…」
「じ、自爆はそんなにしてないですし!」
「…ああ……、もう"した"んだね、自爆…」
あっ、ちょ、そこには突っ込まないでくださいよー!
「…………ちっ」
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