24.散々すぎる
※後書きに作者絵がありますのでご注意ください。
まったく散々な朝だった。
頭を靴べらで殴られるし、部屋に連行されてズボンをとりあえず履いている間、扉の外にいる羽継に恥じらいとは何とかとか女性としての慎みがうんたらかんたらとか語られ、着替え終わっても扉の向こうで叱ってくるものだから、頭が痛くなってこっそりイヤホンを付けて音楽を聴きながら読書してたら返事が適当なのに気づいた羽継が部屋に入ってきてお互い正座でのお説教が始まるし。
やらなければいいのにお父さんったら羽継にまで朝食を出すし。
苦情をお父さんに訴えてもなんか羽継の肩持たれるし。可愛い娘が靴べらで殴られたってのになんだよー!
怒りを発散するようにフレンチトーストを食べる私は、お父さんの目を盗んで羽継の脚を蹴った。そしたらフレンチトーストの最後の一枚を羽継に奪われた。負けた…。
「―――…彩羽」
「…なによ」
一言も言葉を交わさず、しかし一緒に登校している最中だった。
「お前、今日はアホ毛みたいなのがたくさん飛び出てんぞ」
「えっ、嘘!?嘘だと言ってよ羽継―――!!」
イヤーッ!触ってみたら髪が。髪がァ―――!!
もう校門前なのに!なんでもっと早く言わなかったんだよバカぁー!
*
「彩羽さん、今日……髪が…」
「そうなの、あの馬鹿が早く言わないから…うう、急いで直さないと――あ゛!?」
机の上に小さな鏡を起き、何とか結い上げようとゴムを通した瞬間、バチンと弾ける音と痛みが――いやあああ壊れたー!!
ちょっ、この髪飾りはお気に入りなのにぃ………むぅ、何か不吉なものを感じますぞっ。
「……はぁ…、朝から最悪なことばっかり……今日、何もないといいな…」
「そうだね――…あ、そうだ。彩羽さん、私の御守りを貸してあげる」
「御守り?」
「うん、…"私の所の"で悪いけど…」
そっと渡された御守りには「厄除御守」と書いてある。
いつも持っているのか、所々擦れているものの大事にされてきたのだろうそれには、文ちゃんの手の温もりが移っている。
「―――文ちゃんの家、神道の方かとは思ってたけど……親戚の人が神職に就いてるの?」
「んっと、お祖母さまたちがね。隣街の神社の神主さん」
「へー、じゃあ文ちゃんも巫女さんのバイトとかしちゃうんだ?」
「うん。…将来は、私か従妹のどちらかが継ぐんだって」
「ははあ、―――で、旦那は流鏑馬か」
「えっ、…ち、ちがうよ…!」
へへへ、愛い奴め。誤魔化したってね、きっと君たちは将来夫婦になってるよ。
きっと参拝客が妬けちゃうくらいイチャイチャしてるんだろうなー。だってこんな可愛い顔した巫女さん…――ん?
そういえば、このクラスってば可憐な巫女さんだけじゃなく美しい魔法少女まで揃っていることになるのか……くっくっく…。
ああ、このクラスはなんと類い稀な奇跡に恵まれているのだろうか!奇跡すぎる美貌が我ながら恐ろしいですわー!
…………。
………………虚しくなってきた。
もうちょっと真面目に考えよう。そう――ええっと、隣街の神社は文ちゃんの家がお仕えしているんだよね。……うーん、確か結構大きかったなあ。
なんでかお父さんから「行くな」と言われてたもんで、ちょっと記憶が頼りないけど…噂だと参拝客も多くて立派だとか……ふむ、人気のある(?)神社って儲かるんだなあ。
………ん?
「……ねえねえ文ちゃん。文ちゃんとこの神社は、猫――とか、なんか、ええっと、祀ってたりする?」
「え?猫?…猫は…神社の周囲の子とかがよく遊びに来てるけど…祀ってはいないよ?」
「あ、そうなんか……文ちゃん、」
「なあに?」
「―――御守り、ありがとね!」
薄幸の美少女な文ちゃん。私より文ちゃんが持っていた方がいいような気がしたけれど、私の為にと貸してくれた気持ちが嬉しくて、ちょっと返し辛い。
思えば、どちらかというとこの手の物を渡す側だったものだから、逆の立場になるのは相手が大人と羽継を除いて初めてかも。
だから――御守りを大事に両手で受け取ったまま、この気持ちが真っ直ぐ伝わりますようにと願って、笑顔でお礼を言いました。
「……い、彩羽さん」
「ん?何?」
「あの……その、髪…結べないようだったら…このカチューシャ、どうぞっ」
「へっ?」
「あっ、これ新品だから、汚くないよっ」
ぷるぷる震えてる文ちゃん可愛えええええ!!何だ、一体何が君の心を震わせたんだ!
でもなんだかその表情、親戚が子猫を愛でてた時のそれに似ているような……いや、気のせいだよね。たぶん親切心から渡したけど恥ずかしくなっちゃっただけなんだよきっと!
「ど、どうも……おおっ、可愛いねえ!」
「気に入ってくれた…?」
「うんうん!――でも、これ文ちゃんが使う予定だったんじゃ…?」
「ん…それは"予備"にまた一つ置いておこうとしたのだから……たまに、…その、壊れてるから…」
「―――そっか」
「壊れてる」ではなくて「壊されてる」なんだろうけど、私は追及するのをやめた。
代わりに、文ちゃんの頭を飾る――擦り切れたり解れているそれを指差して、
「ね、そのカチューシャ直してあげようか?」
「えっ…」
「それ、お気に入りなんでしょ?いっつも付けてるよね」
「うん…でもこれ、もう直せないよ…」
「大丈夫大丈夫、ちょっと見せてみなよ」
御守りを胸ポケットに大事にしまうと、私は文ちゃんに両手を出した。
恐る恐る渡されたそのカチューシャは、遠くから見る分には問題ないが近くから見ると色々酷い――なんか、色の付いた液状のものをかけられたような痕が薄ら残ってるし、花の部分はひしゃげてるし、リボンは裂かれた箇所がある。
文ちゃんは体育や実習の時には大切そうにこのカチューシャを包んで別の髪飾りを使っていたから、……狙われたんだろう。
制服に手を出して大事になったから、今度は小物を狙ってきたってわけだ。
「……よしよし、これならまー、全ッ然大丈夫だね」
「え…?」
「明日返すからさ、これも借りていい?新品同然にして返してあげる」
「新品…?無理だよ、そんなの――」
「無理じゃないの!大丈夫、変に弄ったり削ったりしないから。そっくりこのままお返しするよ」
「……絶対、だよ?」
「モチのロンさ!」
「古いよ彩羽さん…」
ふふん、安心したまえよ文ちゃん!
なんせ私は今までアホみたいに【修復】の魔術を行使してきたからね!この手の物なら三秒で簡単に直せるくらい熟練した【修復】魔術の使い手なのだっ。
きっと新品同然のカチューシャを見たら文ちゃん、すっごく吃驚するんだろうなあ。げへへ、
「―――いっ!?……ちょっと安居院さん!何すんのよ喧嘩売ってんの!?」
「ああ゛ん?」
ニヤニヤしてたら何故か言いがかりを付けられたため、文ちゃんに向けていた体を女生徒の方へ向ける。
先生から荷物を預かってきたらしい女生徒は、黒髪をくるくる巻いて、メイクバッチリのくせに顔が整ってるから――憎たらしいことに、それでも涼やかな美人であった。
(えっと、こいつは確か……文ちゃんにあの日ビンタして怪我させてた修羅場女――)
「よ、吉田さん」
「吉野よ!」
そうそう、吉野さん。
化粧も濃くて性格もキツイが、文ちゃんと同じくらいたくさんの男子に告白されてる女(情報提供:穂乃花)なのだとか……。
「………」
「…何よ」
―――くっ、泣き黒子がセクシーな…!
で、でもっ、私の方が胸デカいんだからね!告白されたことなんて両手で数える程度だけど!その半分は幼稚園や小学校の頃の可愛らしいもんだったけど!
「…まったく、何なのあんた?私の両手が塞がってるのを良いことに教科書を足に落とすなんて!」
「はァん!?いつ私がやったべや!」
「さっきよさっき!つい十秒前のこと!…ほら、証拠!」
「ふんっ、そんな小細工――えっ!?」
「目ん玉かっ開いてよくご覧なさい!さあっ、この教科書の持ち主は!?」
「――――っ」
くぅぅ、どっからどう見ても流麗な私の文字にして美しい私の名前じゃねーか!
で、でも教科書は…そりゃ、確かに私の机の端には置いてたけど、私の両手はカチューシャに触れていた訳で。体は文ちゃんに向いてたわけだし……何もしてないですよ!
……な、何もしてないよね……?――ちょ、ちょっとそんな目でずっと睨まれ続けると、こ…いや不安になるんですが。目力強すぎません?
し、しかも周囲の目が……な、なんかみんなこっちに注目してるような……ええいっ、
「チッ、私の教科書がどーもさーせんっした!」
「あんたね、人様に迷惑かけたらそう謝れって教えられてるわけ!?見なさいよこれ、思いっきり角がぶつかったから内出血しちゃってるじゃないのっ」
「え?―――うわあ」
おおぅ、打撲の痕ってこんな酷い色になるもんなんだなあ……本当に痛そうだ。教科書数冊落ちると、こうなっちゃうのか……。
「これは…なんというか、――ごめん」
「次からは気をつけなさい!」
ショボンと謝ると、吉野さんは特に嫌味も言わず、ツンとした顔で私から離れる。
なんとなくその背を追って――見えた光景は、私の友達と吉野さんの取り巻きたちが睨んでいる姿であった。
(……も、もしかして、なんかマズイことしたかな)
ね、と文ちゃんに聞こうとして振り返ると、文ちゃんは俯いて目立たないようにと小さくなっている。
ぎゅう、とスカートの裾を握る白い手を見て、私はやっと気づいた。
(―――吉野さんの、声)
あの日、初めて文ちゃんを認識し、言葉を交わしたきっかけ。
彼女の声は、文ちゃんを校舎裏に呼んでいた子の声と、似ていた―――。
.
そろそろ文ちゃんいじめの関係者が出てきます。
だんだん先行き不安な「真夜中×深海×アリス」。更新停止していて申し訳ありませんでした。
今日はクリスマス!…ということで、イベント絵を公開しますが、作者のイラストですので読者様のご想像と異なる可能性大なので、ご注意ください。
※
赤いドレスが彩羽ちゃん、お隣が羽継です。地味にお揃い。
きっと彩羽ちゃんはバイキングに行ったら好きなものを大盛りに食べる派、羽継はちまちまと全種制覇する派。
背後で佇む文ちゃんは少食、国光君は彩羽ちゃんと同じく好きなものを好きなだけ食べた挙句に「文の作ったものの方が美味い」とか言っちゃうタイプ。
ちなみに、ブログの方で文字なしverをあげています。
後で差分などをどこかで載せるかもしれません。




