20.別に、メンコの如く叩きつけてもかまわんのだろう?
―――緊急事態です。
【魔導書】No.427―No.431が侵入者の手によって略奪されました。
賊は一時間後に「寿家」が処分。【魔導書】はNo.428,429,431まで発見。封印終了しました。
残りの【魔導書】はS級危険指定地区23に移動したとの報告が上がったため、S級危険指定地区23番担当、【西の守】「安居院」家に【魔導書】の回収をお願いします。
◆◇◆◇◆
「ぐっもー文ちゃん!」
「ぐ、もー…?」
昨日は救急車沙汰(お父さんが)になってしまったから、隣の羽継に心配されないよう――目の前を歩いていた文ちゃん…と藪川に手を振って明るくご挨拶。
すると藪川のジャリが、「ああ…おはよぅ、あにゅい…」と眼を擦りながら羽継に挨拶しやがって、「あにゅい」こと「安居院」ではないのに間違えられた羽継は、何とも言えない顔で「ああ…」と呟いた。
……いや、訂正しろ。拳骨でそいつの目を覚ましてやれよ。
―――けれど誰も藪川に清々しい目覚めを与えずに、主に私と文ちゃんでお喋りをしながら校門を過ぎる。
だんだんと暑くなってくる朝が辛いが、それもあと少し…あと少し…?……うん――私はのろのろと外履きと内履きを履き替えた。
「じゃ、俺、けんどーじょー、いってくる……」
「え、こんな時間から朝練?」
「ううん。国光くん、昨日竹刀の手入れをしてて…置いてくるだけ」
あ、そういえば確かにこいつ、竹刀持ってる。
文ちゃんと羽継しか見てなかったせいか、それとも正直藪川とかどうでもいいと思っていたせいか、彼の私物が増えてるのに気付かなかった。
「……というか、お前、試合間近だけど…朝練は?」
「サボった」
「えっ」
寝惚けた藪川の制服の乱れを、新妻のようにせっせと直してあげる文ちゃんに「ありがと」と頭を下げた藪川君よ――それってサボっていいものなんですか? と帰宅部の私は疑問に思います。
「…朝練出ると、文とゆっくり登校出来ないから…いつも朝は腹の調子が悪いから行けないって嘘吐いたんだよ」
「え、そんなんで顧問OK出すの?」
「強面の親父が顧問にそう通してくれた」
「そんなんでよく剣道部期待の星とか言われてんな、お前…」
「俺、座学の成績は平凡ちょい上だけど、剣道に関しては天才なんだよ」
そう言って剣道場に向かおうとした藪川。……ゴッと靴箱に頭を打った。
「…………」
「…………」
「…大丈夫?国光くん…」
冷めた目で見る私と羽継に対し、文ちゃんは心配そうな顔で藪川に駆け寄った。
ああ、「…あかんで…これはあかんで……。」と、私も心配しましたがね。
*
―――何とも言えない朝の登校の数時間後。
音楽教室からの移動中に、何だか嫌な感じがした。
……なんというか、まるで霧の中を進んだような――でも、蜘蛛の巣に手を入れてしまったような、感触。
それに、気のせいかじめじめした空気に変わった、ような……。
「……なんだか、黴臭いね…北側の方が特に…」
「え?そう?――うーん、んー?」
私を挟んで歩いていた、文ちゃんと私の友人・沙世ちゃん――この二人の反応の差にも、嫌な予感がした。
沙世ちゃんは一般人の中の一般人、つまりは「鈍感ちゃん」なので【怪異】も【異能力者】への危機感も嫌悪も湧かない子だから、文ちゃんの発言に鼻をスンスンしても「分からん」な顔をしてても不思議じゃない。
後ろを振り返ると何人か――一応気にかけている、…まあ私の友人たちが多いが――はそれなりに反応していたが、すぐに各々談笑したり欠伸を噛み殺していたり。いつもの通り、「群れ」としてはバラバラに移動している。
(……文ちゃんだけ、か…)
「北側の方が特に」と言った文ちゃん。
この子の性格からして、確証や自信のないことは口にしないだろう。つまり――文ちゃんは確かに北側から「何か」を感じ取ったわけで。
私ですら「あん?」と周囲を窺って、「後で正式に」確認しなければ発生場所すら大雑把にも分からないのに。
この子はほとんど無意識の状態で、私よりも研ぎ澄まされた感度で、感知した――?
(…い、いや……まあ、待て。稀にそういう子はいるものだ)
そう―――例えば、清い生活をしている子などは特に「負」のモノへの察知が鋭い。
文ちゃんの家には神徒壇が確かあったから、今時珍しく仏教ではなく神道のみを信仰している家なのだろうか?―――いや、もしかしたら本家が神社で神様に仕えてる、っていう線もある。
ともかく、文ちゃんがその手の子ならば、特に問題はないが―――。
(文ちゃんは、【怪異】に近い存在なのかもしれない…いや、【異能力者】かもしれないという疑いの方が、強い……)
「……洗うべきかもね」
―――この子からは敵意だとか、そういうのは「異常なほど」感じない。
しかし、「何かがおかしい」現象がたびたび起きてることも考えると、文ちゃんの為にも探るべきかもしれない。
家に帰ったら、お父さんからここら一帯の「監視対象」リストを借りるべきか―――。
「…い、いろ、彩羽!彩羽っ、たいへんよ!」
「穂乃花?」
女を鞭打つ七日間の地獄――いえ、簡単に言いますと生理だけども――の苦しみに耐えきれず、保健室で魘されていたはずの穂乃花が階段から駆け上がってくる。
私も階段を下りてその負担を少しは減らすと、穂乃花はゼーゼーと息を荒くして、教えてくれた。
「か、嘉神くんが、刃物振り回した男子と喧嘩して、刺されて保健室に――――!」
「――――あんた、本当にバッカじゃないのッ」
「い゛だっ!」
パァン。――と、イイ音と共に湿布を貼ってやる。
ここ最近穏やかに過ごしてるかと思いましたらね、嘉神くんったら久しぶりに喧嘩をなさったそうですのよ。ほほほ、
「この、バカっ!」
「―――ッ、も、もうちょっと優しく貼れないのか!?」
この馬鹿、本当にバカっ!…は、余所様の喧嘩に顔突っ込んだのだ。
仲裁しようとしたら物の見事にお話し失敗しましてね、逆上した相手が持ってた得物を避けようとして色んなものにぶつかったとか。―――アホか!
「お、怒るなよ、しょうがないだろ…佐藤はヒョロイし、イチャモン付けられてたんだ。それに、ずっと前に課題手伝ってもらった恩もあるし、人助けをしようと思っただけ――だっ!」
なんか言い訳してる羽継の頭にチョップ。
―――このアホは、かつて友人が急に0になるという悲惨な目に遭わされたために、自分に優しくしてくれた人間とか虐められてる人間を見ると黙っていられないお熱い馬鹿なのだ。
……もちろん、その真っ直ぐさは素晴らしいと思うけど、時と場所を考えて頂きたい。
この考えなしが喧嘩を買った場所は「技術教室」。木材を切ってトンテンカンテンやってるお時間である。当然、辺りには腐るほど凶器がある。
しかも我が学年は特に「問題児盛りだくさんすぎて教師が首吊りそう」学年と言われているだけに――長身でイケメンで正論を言って来た羽継に、平凡フェイスのお相手の方が刃物を向けてキレる予想なんて簡単につくだろうに。
思わずみんなの動きが固まった教室で、虐められてた生徒を庇うように一緒に倒れ込んだ羽継が、現在切り傷もなくいられるのは「藪川」のおかげだ。
『―――凶器を振るったからには、分かっているんだろうな?』
朝の寝惚けっぷりは失せて、低い声で脅すように問う藪川の手には、自在箒があったそうだ。
まず初手で相手の武器を叩き落し、次いで敵の喉仏すれすれに先端を突きつけた。
羽継は藪川の背中しか見えないため、相手の顔は分からなかったが――相手が、戦意喪失したことは分かったらしい。
―――相手はすぐに御用となって、現在生徒指導室行きだ。
「…まったく、後で藪川に感謝の言葉のひとつでもくれてやんなよ。バーカ!」
「おま……最近のお前はほんっとに粘着質だな……」
呆れた声の羽継は、よいしょ、と立ち上がって振り向く。
そしてソファに浅く座っていた私の頭にポン、と手を置いて、「生徒指導室行ってくるから」と言って去って行った。
(……なにさ)
……基本的に、私に触らないくせに。羽継はこういう時はちょっとだけ優しく触る。
ずるい。……バーカ。
「………あの…安居院さん……授業始まっちゃうわよ?」
「…―――胸が爆発しそうなんで休ませてもらいます。羽継が帰ってきたら"林檎ジュース買って来い"って言っておいてください」
「えっ」
気の弱い養護教諭の返事も待たず、私はベッドの一つを奪ってカーテンを閉めた。
勿論、羽継が置いていった体操着の上着をパクって。……これを返して欲しければ、冷えてて美味しい林檎ジュース買って来たまえ。
…あっ、自販機の下段左から三番目だからねっ!間違っても上段右端は買ってこないでよね!
―――ああもう、次の時間たしか小テストあったけど、もう知らないっ。
文ちゃん、あとであなたの素敵なノート見せてくださいね!
.
*補足*
→ちなみに、もしかしたら保健室で寝てるかもしれない体調不良者のことも気にせず、彩羽さんは「スパァン!」と保健室の扉を開けて登場し、思わず固まった養護教諭から湿布を強奪して羽継の背中に叩きつけたという……。
実は怪我して出血したのは羽継が庇った男子生徒Aで、庇って一緒に倒れ込んだ羽継にも血が付いていたため穂乃花ちゃん誤解⇒急いで教えなきゃと穂乃花ちゃんが今回の事件を伝えに走っていた間は当然男子生徒Aの治療を優先していたため、彩羽さんは何とか間に合いました。
・もっと蛇足ですが、この時、彩羽さんは【加速】して行ったため、残された文ちゃんたちは「今度のリレーは彩羽押しだねえ…」と会話してたり。
あとお知らせですが、どこかでお話しした「横恋慕ルート」がデレ始めた羽コンビのせいで達成出来そうにないので、これからはもうしゃーないのでニヤニヤしてもらえる方向でいきます。




