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2.二組




彩羽の母と羽継の母は、仲が良い。


古くからある術具作りの名家生まれである彩羽の母親と安居院家の嫡男である父親と同じクラスに転入してきた羽継の母親は「一般人ではあるが怪異を引き寄せやすい」体質で、厄介なこの土地で早々に危機に瀕したそうだ。

その際に彩羽の母親は魔術師が守るべき規則を300と幾つか爽快に破り捨て、豪快かつ隠す気0の派手さで彼女を助け、やがて親友になった。……ちなみにそんな二人の影で、「連帯責任」という無慈悲な規則で穏便に事を運ぼうとした父までお偉いさんに叱られ、修理と隠蔽役まで押し付けられたことを今でも彩羽の父は根に持っている。流石に申し訳なかったとは思っているのか、そう仕事のストレスもあってこの件を愚痴り始めると彩羽の母親は父の好物をそっと出すものだった。


―――まあそれはともかく、この事件により羽継の母親は安居院家が「魔術師」の家だということもすんなり理解しており、羽継の父も学生時代に巻き込まれる形で知っている。


恐ろしいこともあったが輝かしい青春を共にした両家は仲が良く、生まれてきた子供たちの名前に一字同じもの入れるほどである。

いろ」、「はねつぐ――と、…小さい頃はいいかもしれないけど、歳とると気まずくなるお揃いの名前だが。

父親たちはこのお花畑フィーバーな母親たちを止めたが、無駄だった。救いは特に二人とも気にしないどころか、(羽継は公言しないが)お互いおそろいの名前を気に入っていることか。


まあその名前によるほのぼのした話は置いておいて―――たぶんありふれた円満な一般家庭である嘉神かがみ家に、名前の縁か分からないが、羽継は、彩羽と「同じ」子供だった。


「同じ」―――ただびとが持ち得ない、特異な能力を持っていたのだ。


彼の異能は「異常を正常に正す」という、怪異の蔓延る世界では最強といえる力であり、日常生活では役に立たないもの。

基本的には目立たないその力だけれども―――彼を含め「異能力者」は「怪異」を引き寄せやすいため、幼い頃から「変な目」に遭うのだ。

彩羽のような術師の子は「家に守られている」ために怪異の脅威は少ない。何かあってもベテランの大人が対処してくれるから問題ないが、彼のように一般家庭から生まれた異能の子は悲惨だ。

制御できないうちに能力を暴走させてしまったり、降りかかる「怪異」から無意識に身を守ろうとして「変なこと」が起きる。その結果、両親にまで気味悪がられてしまう人間も多い。


ただ彼の場合は幸運なことに「魔術師」の知り合いがいたし両親も理解があったから、最悪の事態にはならなかったのだけれど。


…―――けれど羽継は、違った意味で問題を抱えていた。

「異能力者」は「勘の良い一般人」とか「歪んでる人間」に嫌われたり絡まれやすいが、羽継は黙ってスルーすればいいものを全力で噛み付くのだ。何度仲裁したことか彩羽は覚えていない。

しかも能力上、羽継がパニックに陥ったり手加減できない状況になると彩羽にまで被害が来る。

それによる数々のとばっちりに遭わせた負い目があるせいか、羽継はなんだかんだ言いつつ彩羽を見捨てない―――たとえ(転んだ拍子とはいえ)パンツをずり落とされても、だ。




「……うっわ、何だこの部屋……」



日曜日だと言うのに遊びにも出かけず彩羽の家で家事をしていた彼は、皿洗いが済むとエプロンで手を拭きながら――物音がする、僅かに開いていたある部屋を覗き込んだ。

ちなみに彩羽は掃除機をかけ終えて元の場所に片付けていたところである。


「あー、そこね、『怪異の元』を一時預かりしてるとこなの。昨日の朝にお父さんが大慌てで何か引っ掴んでいってさ……」


喋りながら彩羽も部屋を覗き込むと、その中は酷い有様だった。

たくさんの札が貼られた分厚い本、厳重に封をされた木箱、魔術の陣に縛られた黒い何か。

それが埃まみれな上に傾いていたり僅かに封が緩んだところから「お隣さん」の怪異を齧っていたりする。


これらは全部「再利用可」の怪異で、たまに怪異を解決させるためにブチ込むための怪異だったりする。

しかし扱いは難しいのが多いため、彩羽の両親が調整してから【霊安室】に持って行くのだ。


【霊安室】―――というのは魔術師や異能力者などを登録した機関で、全国あちこちで起きる奇怪な事件を解決するのがお仕事の、国お抱えのゴーストバスターズ集団である。

ちなみに【霊安室】に似た組織は世界中にあって、無登録、もしくはその力でもって犯罪を犯した異能力者や規律違反の魔術師が国外逃亡して騒ぎを起こした際にも出動するらしい。


「西の守」たる安居院家当主こと彩羽の父は日本の「西の室長」さんで、当然かなりの実力者で名家出にしては親しみやすい性格もあって部下から信頼されている。……が、規則破り上等の妻によってかなり大変な思いもしてらっしゃるのだった。



「―――なんか、ほんっっとに酷いな……掃除しようか?」

「うーん、でも、まだ私は入っちゃダメって言われてるし…」



お互い、扉から顔を覗き込んでいるだけ。魔術師の家で変なことをしたら死ぬと幼い頃から口酸っぱく教え込まれたため、彩羽と羽継も下手なことはしない。


不審な音の原因が知れた羽継はそっと部屋を閉じると、「ん、」と眉を寄せた。


「…やっぱこの扉、悪くなってる。直しておけよ」

「はーい」


羽継は触れる物の「異常」を正すから、彼が親切心で扉の面倒を見ようとして変なものに触れたら大変なことになる。…例えば結界の核とか。数か所に分けられて編まれたそれを解かれたらえらいことになってしまう。

いや、えらいこと、だなんて一言では済まないかもしれない―――実は問題しかない「この土地」で怪異が一気に溢れたら、それはもう詰みゲーをするような事態になるのだ。



「ま、今夜にでも言っておくよ」



とんとん、と彩羽が扉を叩いて言えば、羽継は「そうしとけ」とキッチンに向かった。彩羽も一度扉を見た後、掃除機を片付けに去っていく。



―――その背後で「キィ」と扉が小さく鳴って、僅かに開いた。





『…ア、ゲ…アげル…アゲルあゲるアゲル、アゲル、かラ、ヨごセ…ヨコセ……』




黒ずんだ「何か」が、そろりそろりと扉から出てくる。


「何か所にも分けられて編まれた結界」――とやらはどうやら緩んでいたらしく、昨日それを直そうとして急用で慌てて出て行った彩羽の父が、簡易の結界を「扉に」かけていったとも知らず。

羽継が無意識に「正した」ゆえに緩んだ結界から、一体だけ「縛り」の解けた―――ある【怪異】が抜け出したことに、気付けなかった。



その【怪異】はふわりと浮かぶと溶けて消え―――やがて、騒動のきっかけにして真夜中の幻想の糧になる。




















「彼女」が赤ん坊の頃、双子の兄は高熱を出して死んだ。


彼女が小学校低学年の頃、母親と喧嘩してしまった夜。両親は不審火で焼死した。



―――それ以来ずっと自分を責め続け、心も閉じ表情も暗かった彼女だが、優しい「彼」と出会ってからは少しずつ笑顔を取り戻し、子供らしい感情を見せるようになった。


彼女を引き取った祖父母はそれを見て大喜び。そのまますくすく育ってくれるよう、彼女が気に留めたものは何でも買ってやり、両親がいない分、たくさんの教養を身に着けさせて立派な女性にしようとその成長を見守ってきた―――。



その結果、彼女は色んな大人から褒められるほど礼儀正しく賢い子どもになり、立ち居振る舞いも周囲の子供と違って上品なもの。

加えて母親譲りの儚げな容姿もあって、中学校に上がって一月もしないうちにたくさんの上級生から交際を求められた。


……しかしどんな先輩から告白されても、彼女は誰とも付き合わない。

優しい「彼」にくっついて、彼の面倒ばかり見て、彼と遊んでばかり。




―――そんなある日、入学一年目の夏が過ぎた頃。

今まで溜まっていた妬みや鬱憤の類が、ぷつんと切れたようで。

一部の女生徒たちは、穏やかな日々を享受していた彼女に攻撃をし始めた。



『ねえ聞いたよ?アンタって呪われてるんでしょ?だから両親も焼け死んだって!』

『なにあれ。成金じゃん。親の遺産たんまりあると遊ぶ金もたくさんあるんだね』

『あのテストさ、うちらが満点とれないように難しくしたんだって。なのに一人だけ満点とるとかおかしくない?絶対カンニングしたでしょあいつ』

『あいつばっか贔屓されて…どうせセンセーに股開いて取り入ってるんでしょ。じゃなきゃ何で私の作品は評価されないの』



始めは彼女しか知らなかったその悪口は、やがてクラスの皆が知るようになって、上級生の耳にも届く。


誹謗中傷以外にも、自分の趣味を貶されたり女生徒に囲まれたりして、だんだんと彼女の表情は暗くなり、感情を見せなくなり―――。


「彼」はずっとそんな彼女を慰め、庇い、時には彼女を貶める相手と喧嘩までした。

彼女は何度も何度も「彼に迷惑をかけてしまった」と自分を責めながらも、ただ一人自分を信じ守ろうとしてくれる彼に「このひとだけが」と縋ってしまう。




―――そうこうしているうちに冬が近づき、


あの、帰り道。


暗がりに



彼女は









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