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19.分かってもらえない男たち



◆◇Das Herz von Alice◆◇






『どうして、私の傍にいてくれるの?』



少女の問いは心底不思議そうで、とても悲しい言葉。


―――ああ、伝わってくれなかったのだな、と幼心に思った少年は、苦笑いで少女を見つめました。


『文の笑顔が、世界で一番大好きだからだよ』












―――と、それが彼なりの告白だったのだけれど、彼女にはやっぱり伝わりませんでした。

まあ、もっとはっきりと言わなかった自分が悪いので、彼は機会を待ちながら彼女の傍にずっといることにしました。―――そう、ずっと。



「お婆さ――ん!電球換えましたー!」


嫌な言い方をすれば「押しかけ」、良い見方をすれば「ボランティア」。――明るく人懐っこそうな笑顔で元気に完了を告げた彼は、サッと梯子を降ります。


彼はこの、老夫妻と若い娘しか住んでいない家で唯一の頼りになる男手で、目敏く「困ったこと」を見つけては笑顔でゴリ押し――いえ、「俺がやりますよ!」と爽やかに言って問題を片付けてくれるのでした。


「ごめんね国光ちゃん…学校帰りで疲れてるだろうに、こんなこと頼んじゃって」

「いいんですよー。むしろ元気が有り余ってるくらいですから、何でも言ってください!」


そう言うと、お婆さん――ことこの家主の妻にして彼の大好きな少女の祖母である品の良い老婆は、優しげに笑って、


「嬉しいけど、今日はもう無いわねえ」

「あ、そうなんですか…」

「本当にありがとうね――もうすぐ夕食が出来るから、それまでお菓子でも食べて休んでいてね」

「はーい!」


コロコロと表情を変える彼が梯子を片付け始めると、お婆さんは「気を付けてねえ」と言って中断していた料理を始めます。

この家の料理分担は、朝食は「二人分のお弁当を作るから」と言って弁当と一緒に作ってくれる孫娘が担当していますが、夕食や休日中は三食このお婆さんが作ってくれるのです。


………ということは、「彼女」は今、どこに居るのでしょう?



「文ぃー、どこだー?」


梯子を収納していた場所に戻し、廊下で彼女の名を呼びながら探すこと数分。「ここだよ」と顔を出した彼女は、浴室に居たようです。


「お風呂掃除してて……何かあった?」

「ああいや、ただ何処にいるのか気になっただけなんだ。お疲れさま」

「ううん。…国光くんこそ――…ごめんね、あそこの電球換えるの、私じゃ難しくて…」


―――「ありがとう」と彼女が言うと、彼はとても嬉しそう。

ニコニコしたまま彼女の頬にかかる僅かに濡れた肌を優しく拭ってやると、照れくさそうな顔を隠すように先を歩き始めて――言いました。



「俺は、文に頼られたいんだ。―――だから、」



"こっちこそ、頼ってくれてありがとう。"


―――柔らかな口調の彼。

その背を、彼女は眩しそうに見つめていました。

そして、俯いて自らの唇に人差し指を当てて、小さく何か呟き、黙り込んで。


何度か躊躇した後、「国光くん」と彼の背に声をかけました。


「ん?」

「あの…あのね、国光くん」

「なんだ?」

「その………夏休み、遊びに誘ってくれてありがとう」


スカートをぎゅ、と握って、彼から何度か視線を逸らしそうになりながらも、彼女はちゃんと言い切りました。

普段は青白いその頬がだんだんと赤く染まるのがとても可愛らしくて、思わず彼は一歩、後退ります。


「あ、ああ……よ、よろ、喜んでくれたなら…」


二人して顔を赤くして俯いてしまう―――初々しい、その光景。


それを角から見てしまった――この家の家主にして彼女の祖父は、驚かそうと思って買ってきた洋菓子の箱を背に隠したまま、ちょっとしょんぼりした顔で若い二人を見守っていました。


そしてこの夜、彼は彼女の祖父と囲碁を打っていたら、何故か急に泣かれて驚いたそうな。
















『おまえのせいで、きらわれたんだっ』



―――面と向かって言われた言葉は、結構キツかった。


でも、影でぐちぐち言われるよりは、堂々と言ってもらえた方が楽だったかもな、とも思った。さっきまで仲良くしてた奴に影で自分の悪口言われてるのを見たら、人間不信になりそう。


『おまえが、おまえのせいで』

『みんな、急にそっぽむいて、おれのこと、きもちわるいって』


―――あの子は、「家」に守られていない。

私だって同じ【異能力者】なのに、【安居院】という名家の守りによって「一般人」に嫌われるどころか「受け入れやすい」ように「設定」されている。

もちろん、私自身が「万人に受け入れやすい人柄」でなければこの「魔術」も上手くは働かないが――この秘術の一つがあるために、【安居院】はこの地区での【怪異】を解決することが出来るとも言える。


対して羽継はそうではなく、無防備な【異能力者】は存在するだけで【世界】にかかる負担が大きすぎ、【世界】を歪める要素として、【世界】――その中で生きる「一般人」に嫌われやすい。

特に「敏感」な幼い子供たちの世界では、「異物」である羽継は受け入れられない。


それなのに――私があの子を吃驚させようと思って秘術を披露したせいで、それを切っ掛けに羽継の中の【異能】は目覚めてしまった。


私のせいで、彼の「幸福な時間」を早めてしまった。



―――だから、嫌われるあの子の傍にずっと居たのは、この罪悪感を消すためだった。

―――どんなに罵られても泣かなかったのは、泣いたら最後、彼に残酷な言葉を吐いて、自分の罪を増やしてしまいそうだったから。

―――律儀に彼が「居る」ことで起こる全ての面倒事を大人に報告して解決してもらったのは、もう彼に怒鳴られたり泣かれたくなかったからだった。



つまりは、私はそういう人間。自分が一人の人間の幸福を奪った汚い人間であることに耐えられない奴だった。自分が悪者であることに耐えられない、綺麗事を愛する人間だったのだ。


だから私はあの日、あの子が■■をしようとしたのを止めた。

だってこのままあの子が■んだら、私は一生汚いままじゃないか。

ならいっそ、私が代わりに■んで、あの子が生き延びたら。この穢れは雪がれる。そしてあの子は一生、私の分の汚れを背負う。

あんたは今まで私に暴言吐いたり無視したり散々してきたんだから、このくらいのしっぺ返し、いいでしょ?

私だって、あんたのお守りは疲れたもの。



《ばーか、あんたなんて大っ嫌い。》

《わたしとの約束破って、ムシして。ひどいことを言って。サイテー。ばーか》

《あんな、わたしよりも付き合い短いヤツらのことばっか気にして》

《生まれてからほぼずっといっしょにいたわたしは、あんたのことを否定しなかったのに》



堰を切ったように溢れだすのは、「ばか」と「大っ嫌い」と、いじけた言葉ばかり。

もうちょっと格好良く相手を突き刺すような言葉、言えないの?――って思ったけど、しょうがない。小学二年生にはこれが精一杯です。


―――ああでも、あの後どうなったんだっけ?

すごく痛かったのは覚えてる。羽継の笑える顔も。その後は全て暗転してしまっている。


確か目を覚ますと、見知った大人たちが続々と私に謝りに来てたけど、私は何も言えなかった気がする。

ああそうだ、この件は「不慮の事故」ということで話がまとめられた。だから真実を知らない人たちには「かわいそうに」と純粋に心配された。……それにも私は沈黙した。


ただ私がしたのは、「手紙」を出したことだけ。ないしょのお手紙。――それを、「お喋りな女の子」に渡した。



―――だから、ねえ羽継。あなたはあの日から、「一人の女子生徒の命の危機を救った男の子」になれたでしょう。

よかったね。これであなたも人の輪に入れたでしょう。もう私もあんたを「大っ嫌い」と言ってしまったからには、面倒みないから。そこで上手にやっていきなさいよ。


私はあんな痛い思いしたのに、「何も変わらない」結果が嫌だったから勝手にしただけ。だから気にしないでいい。ただ、あんたのせいで一生痕の残る身体になった私のこと、死ぬまで忘れるな。


死ぬまで……ぜったいに、






「――――彩羽」


水が流れる音が上からする。

あと、なんか肩にかけられてる。……バスタオルかな。もっふもふやでこれ……。


「――――彩羽」


口元を濡れタオルで拭われる。

………あれ、もしかしてこの状況、私、


「――――彩羽、…反応が無いな。おじさん、早く救急車を」

「い、きて、ますっ」


―――やっぱり。吐いた後に倒れたな、これ。

でも床に温もりがそんなに移っていないから、気絶してそんなに時間が経ってない。

だから、ちょ、ちょっと吐いて疲れただけなんで、救急車さんは勘弁してください。救急車さんはもういいです。この前「またかいお嬢さん…」って言われたんです。


「おい、無理に起き上がるな」

「無理じゃない。いける。…うん、できた。」

「言葉おかしいぞ」

「…どれ、羽継君、少しどいて―――彩羽、私の顔が分かるか。私は誰だね」

「お父さん」

「君の名前は」

「安居院、彩羽………ごめん、水ちょうだい」

「ほら」


飲む。……あ、ちゃんとうがいして倒れたのね。口の中変な味しないもん。そこだけ救いだけど―――。


(気分は最悪だ)


今までの悪夢の中でも二番目クラスに嫌な記憶。それを酔っ払いみたいに吐いて寝た後に見るとか。私が何をしたって言うんだね。

……いや、結構…色々してきたかな。私ってなんというか、やさぐれると嫌な方向に体を張れる女だわ……。


「おい彩羽、どうした?」

「えっ」


あ――羽継からしたら、ボケーッとコップを見ている女に見えたのか。

……これ以上変に心配させないためにも、しっかりしないと―――そう意気込むように水を呷っていると、お父さんは一応病院に連れて行くと出て行ってしまった。

そうなると、当然この空間には私と羽継しかいない。気まずさに少し俯いていると、あの子は水道の蛇口を閉じた。


(……懐かしい夢だった)


嫌な記憶であるけれど。……でも、「あれ」があって今の私たちの関係があるから、本当に最悪という訳ではない。…羽継にとっては最悪の過去かもしれないけど。


そう、羽継にとっては―――…。




「……彩羽、立てるか?流石にここは冷えるから――彩羽?」

「羽継」



ぴた、と。あの子は私にと差し出した手を止めた。



「ごめんなさい」



視線はあの子の手から床へ。――自分でも、どの件に対して謝ったのか分からない。


「……まったくだ。お前とは高級なレストランに行けそうにないな」

「私は素敵な喫茶店で十分な可愛い乙女だから」

「はっ、さっき食った餃子が出ちまいそうなお言葉で」

「出すとすっきりするよ。手伝ってあげる」

「…馬鹿、俺まで吐いたら親父さん泣くぞ」


珍しく茶化してきたあの子の気遣いに安堵して、私も羽継に合わせて軽口を叩く。

差し出された手を握れば、ぐいっと引っ張られる――引っ張ってもらえる「今」が、…私は。幸せだ。


「おっと」


―――少しよろめいたものの、すぐに立ち上がれた私がすべきことは両親に面倒をかけたことを詫びて、病院に連行されるのを阻止すること。

あそこには友人の親御さんが務めてるから、また診察だなんて事になったら彼女たちに心配をかけることになる。


「……なあ、」

「ん?」

「お前、やっと俺の名前呼んだな」

「あっ」


そう言えば、そうだ。

ネチネチネチネチと昼ドラに出そうな姑のごとく「嘉神くん」と呼んでやったのに。それどころじゃなくて、呼ぶの忘れてた。


今更だけど、名字呼びしたこと怒られるかな、と羽継を見上げた――ら、


「今度俺の名字で呼んだら、その度に"納豆娘"って呼ぶからな」


―――笑ってる。

なんかやたら機嫌良さそうで、ふだんツンとしてるくせに――え、ちょ…なんだそれ。…なんだそれっ。

あと納豆って何よ?この美少女になんて不似合なあだ名を付けちゃうわけ?


「私の性根が腐ってるって言いたいの?」

「いーや?俺を納豆のようにネチネチ煩い姑と称してくれたお前にぴったりだと思っただけだ。それに……今日一日、継母のごとく粘っこいいびりをしてくれた寂しがり屋の意も込めて」

「そういうところがネッチネチしてるんだよ!……くっそ、後で傷んだリンゴジュースを無理矢理飲ませてやる…」

「リンゴジュースは夕飯前にお前が飲みきっただろう」


ネッチネチしながらも、羽継は私の背に手を当てて居間へとエスコートしてくれた。


私は不貞腐れながらもエスコート"させてあげて"居間に辿り着き、「お父さん」と呼ぼうとした―――私の声を遮って、上の階の、たぶん私の部屋から、物凄い音がした。


「玲ちゃん!?」


派手な音に驚いたのか、車のキーやら財布を床に落としてしまったお母さん――…あ、もしかして。

お父さんは、私の保険証を取ってくるために、本が散乱して崩れそうな我が「汚部屋」に無謀にも挑んでしまったのか!?


ああどうしよう!

とりあえず(たぶん、)明日には掃除しとくね、お父さ―――ん!!








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