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18.地雷は踏むな



餃子うめえ。


そう思いながら食べる夕食。……私の隣には「嘉神くん」がいらっしゃいますの。


「…すいません、夕食まで…」

「いーのよ、いっつも彩羽の面倒見てもらってんだから」


ぺこ、と頭を下げる嘉神くんに、私のお母さんは呑気に笑った。その隣で、お父さんも静かに頷いている。


―――「安居院」家当主にして【西の守り】である私のお父さんは、パッと見、私と似ている。

私の髪や瞳の色はお父さんから受け継いでいるのだけれど、よく見れば表情や顔のパーツはお母さん似なもんで、同じ色でも雰囲気が違うから異なって見えるのだそうだ。

穂乃花曰く、「あんたは甘い色をしてるよね」とのことで、お父さんはクールな雰囲気から私よりも重い色に見えるのだとか。


でも、お父さんのお土産の餃子を食べて「美味しいです」と言った――…嘉神くん、を見るお父さんは、仕事に行く前と違ってどこか穏やかに思えるせいか、私にはお父さんの「色」は重く見えない。


「彩羽、今日の学校はどうだった?まだ手は痛むの?」

「ううん、へーきへーき」


時々思い出したように手が痛むけど。別に支障は無い。あれから頭も異常はないようだし――って、あっ。


「ねえねえ、夏休みなんだけど、遊びに行っても良い?」

「彩羽が遊びに…珍しいわねえ。誰と行くの?」

「私と……こいつと、藪川と文ちゃん」

「――藪川じゃなくて流鏑馬だろ」

「どっちでもいーじゃん!」


餃子をモチモチ食べてる嘉神くんのツッコミをスルーし、私は今後の予定を告げた。


「まず動物園でしょ、科学館でしょ、夏祭りと海とお泊り会」

「けっこう遊ぶのねえ。お金大丈夫?」

「…四人だとけっこう割引されるので、まあ大丈夫です」

「このお泊り会では夏休み明けのテストのためにも勉強会を開くから、結構遊んでても悪い点数は採らないよ?」


そう、なんてったって成績上位者(私+文ちゃん+嘉神くん)が揃ってるからね。

それに遊びに行かない日は提出物を黙々と片付けるから、夏休み最終日で慌てることはなかろう。


「別に彩羽が赤点を採ってもあんたの責任だから気にしないけど、余所様のお嬢さん坊ちゃん方に迷惑かけちゃダメだからね?」

「迷惑かけるわけないでしょー…ってか、私が赤点取るわけないっしょー」


そう言って卵スープに息を吹きかけると、今まで黙っていたお父さんが口を挟んできた。



「彩羽」

「ん?」

「―――その子は、"大丈夫"なのか?」



お父さんの問いで、みんなの動きが止まる。


静かになった食卓で、三人分の視線を感じながら、私は頷いた。



「…全っ然、大丈夫!その子は藪川一筋の今時見ないような良い子でさ、上品な大和撫子ちゃんだから!良いお付き合いさせてもらってるし、この前なんかご飯作ってくれて、気遣いの出来る子で、だから、えっと、普通、普通の、えっと、」

「―――彩羽、」


羽継に名前を呼ばれて、私は何を言おうとしたのか分からない口を閉じ、あの子を見た。


「スープ、零れてる。…火傷するぞ」

「えっ、――熱ッ!?」


気付くとスープが…卵が…あっづづづづ…!!

私は耐え切れず、「ごめんっ」と言って浴室に駆け出す。その間、お母さんは氷を袋に詰め、お父さんは私の後始末をしようとした羽継を制し、零れたスープを拭いていた。



「……彩羽は、学校でも"ああ"か?」

「いえ…あいつの周りは"あの日の事"には触れないし…学校では普通に過ごしてます」

「そうか…」



小さく息を吐くと、お父さんは目を伏せた。


「すまないな、君に"お守り役"を押し付けてしまって…」

「いえ、好きでやっていることですから」

「それでも、謝らせてくれ」


ぎゅ、と。お父さんの手は、雑巾を握り締める。

―――その瞳は、いつかの穂乃花が言っていた通り、重い色をしていた。












―――べしゃ、と。さっき食べていた物が吐き出される。


足は相変わらず熱くて痛いのだけど、それよりも込み上げてくる不快感に耐えられなかった。


「……あ―――、」


水を流す。たくさん流す。――詰まったらどうしよう。いや、いっか……ごめんね洗面台さん。



「……なっさけ、ない……」


ああでも、去年は吐く時用の袋を常に携帯していたことを思うと、現在のこの状況は進歩しているのかな。

―――でも、なんだかとっても情けないのは変わらないか。まったく……いい加減、吹っ切れよ。



(私はあの日、貞操も生命も無事だった。)

(私はあの日、ちゃんと生還できた。)


―――大丈夫、「あの子」はもういない。どこにもいない。

今の私の傍には、私を害することのない人しかいない。今の私は、最も安全な場所に居る。


―――しっかりしなよ、そんなんだから、羽継が―――




「……やっぱ無理…ッ!」



またも吐く。…今日の洗面台掃除担当は誰だっけ、後で代わります。

…というか、臭い。きっとこの臭いが原因だ。換気しないと。あと、口の中すっきりさせないと。



「………いい加減、向き合うべきかな……」



―――「そうだっけ?」なんてとぼけた態度でいるのは、もう限界なのかもしれない。

ちゃんと向き合って、そして「終わったこと」と区切りをつけなければ。



(そうだ)


(私は、あの日)


(同級生に、誘われて、遊びに行って)


(監禁されて、   )





「―――あっぶ、」





だめだ。


三回目の吐き気に、負けた。















【×××の初恋】





「うわっ、来たよあいつ。マジで来た」

「普通、来ないよな――あ、こっち見た」

「なに睨んでんだよ、ブス」


下駄箱。靴はやたらと汚れている。

廊下。男子に陰口を言われ、無視して横を通り過ぎようとしたらスカートを捲られた。


「――でね、■■さん、まだ学校に来れないんだって…かわいそー」

「■■さん、可愛かったもんねえ…妬むのも分かるけどさー、だからってやり過ぎだよね…」

「ほんっと。■■さん、ぼっちのあいつのこと仲間に入れてあげたりとかしてたのに。恩を仇で返してさ」

「やっぱキモイのに変な情かけちゃダメってことなんだよ――ほら、無視しよ、無視」

「また来たの、あいつ?」

「あいつが■■さんにあのキモ女押し付けたせいで、こんなことになったのに」

「やっぱ従妹でもさ、そういう性格悪い所も似るんじゃないの」

「ていうか、"そういう"一族なんじゃないの」


教室。今度は女子の陰口。

机。落書きがいっぱい。


「ていうかさー、昨日ね、あいつに家に来ないかって誘われたんだ」

「うっわ、なにそれ!」

「行くわけないじゃーん、■■さんと同じ目に遭いたくないし」

「気持ち悪ぅ…あとさー、いつまでも友達面とか止めて欲しいよね」

「ねー。移動教室の時とかさー、後ろにくっ付いて無理に話題に入ったり相槌打ったりとかキモイんだけど」

「しかも時々笑ってるし。怖っ!」




………。

わたし、何も悪い事してないです。

わたしがやったんじゃないんです。やったのはわたしの従妹なんです。

こんなことになるとは思ってなかったんです。わたしだって被害者なんです。

なのに何で、従妹と一緒くたにされるんですか。どうしてわたしを虐げるんですか。


あんなことをしたのは、従妹であってわたしじゃないんです。




「ねー、やっぱさ、下から水流し込むのって地味じゃないー?」

「上からバーッとやっちゃおうよ」

「馬鹿、今日トイレ掃除すんの私なんだよ」

「ていうか、飽きたー。もう行こー」






「―――あっはは!ばぁーか!帰ったフリですよぉー!」

「うっわ顔に直撃!あんたの読み冴えすぎっしょ!」

「あはははは!」



寒い。

寒いです。もう秋なのに。やだ、どうしよう。

こんなんじゃ教室に戻れない。どこにも行けない。どうしよう。中庭の影で蹲ってたら、乾くかな。



「―――あれ、お前、こんなとこで何して……濡れてる!?」


「ちょ、大丈夫か?ええっと……ちょっと待ってろよ!」




「…はぁ、…はっ……ごめん、遅くなった――ほら、俺ので悪いけど、これで体拭きな」


「あ、新品だから安心してくれ。それで拭いたら、保健室まで送ってやるよ」


「―――拭き終わった?…じゃ、行こう。もう授業始まったから、誰も廊下にいないよ」




久しぶりの、温かい笑顔だった。


久しぶりに、ひとの優しさに触れた気がする。



「どうした?どこか痛いのか?…おぶろうか?」


「よいしょっと」


「あと少しだからなー」



本当に私を背負ってくれたそのひとは、濡れてる私に文句ひとつ言わず、世間話をしながら保健室まで連れて行ってくれた。


私はこの時間がずっと続けばいいと願いながら、彼の話に相槌を打っていた気がする。



「はい、到着。――ここでお別れだな」


―――私を下ろしたそのひとの言葉に、わたしは項垂れた。


思わず涙が溢れそうになった私に、そのひとは。



「女子なんだから、体は大事にな」



そっとわたしの掌に、飴玉をひとつ乗せて。


わたしだけに微笑んだ彼は、王子様のようだった。









【登場人物紹介】



安居院あぐい れい ⇒彩羽の父/安居院家当主/西の守/【霊安室】西の室長

・彩羽の外見(髪・瞳の色)と一緒で、金髪のような色。瞳は紅茶色。

クールな雰囲気のイケメンさんでその性格は生真面目。そして苦労人。

口下手だが気遣いの出来る方で、案外娘との関係は良好。好きな甘味はチョコドリンク。


・安居院家の当主として「きっちり」教育されたために反応薄いというか感情が希薄で、趣味も無く、友人も少なかった。が、現在の奥さんに引っ張り回された結果、人生楽しくなってきた人で、自分の過去を悔やんだり惜しんだ事はないが、娘には伸び伸びと子供らしく育ってほしいと考え、「ゆったり」教育中。

現在ではその考えが娘を傷つけたのではないかと悩んでいる。


・安居院の秘術である【加速】、そして【停止】が使えるが【逆行】は出来ない。

短時間の魔術構成や安定した魔力、豊富な魔術の知識から日本の「西」では一番の能力者であり、彩羽と羽継が尊敬する師でもある。



安居院あぐい 嘉乃かの ⇒ 彩羽の母/【霊安室】伝説の規則破り

・実家は黒魔術を集める「朝桐」。その長女であり、安居院家の元に嫁ぐことは産まれる前から決まっていた。

表情や顔のパーツ、社交性のある所が彩羽に受け継がれており、黒魔術を扱う人間とは思えないほどに明るく笑顔が可愛い。

―――が、実験大好き過ぎて「可愛い」という感想がひっくり返るような人物。

例としてあげると、人間の代わりに蝙蝠を生け捕って生贄にしたらヤバイの召喚してしまったり、ゴキブリを捕まえて関節ごとに手足を切り落とし中身をバラしたのを「自分流ブレンド黒魔術」で元に戻そうとしたら化け物を作っちゃったり、ナメクジを大量に捕まえて生贄に(ry)  ……といった感じ。

これの始末も協力も主に巻き込まれた婚約者さん(※玲さん)で、マジキチな行動と探究心から破りまくった【霊安室】の決めた規則は多く、若いうちに三桁いき、きつく締められても止めないその情熱とマジキチの実験の数々から「伝説」扱いされている。


・ちなみにこんなマジキチでも可愛いものが好きで、可愛いものを作るのも好き。

そのため、彩羽の髪飾りやら服やらを作って(無理矢理)着せる。彩羽が【仕事】に出るときは毎回違うデザインの衣装を渡すという、どこぞの魔法少女の友人のようなことをしており、羽継も何度か被害に遭っている。


・朝桐の蒐集する黒魔術他、「ブレンド黒魔術」なる最悪の術を扱う魔術師で、それよりも「最悪」なのが彼女の使役する「使い魔」だという………。


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