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17.こんなの絶対おかしいよ



どうやら、今年の夏休み中――文ちゃんを連れ回すのは、彼女の気晴らしのためらしい。


ここ最近酷いいじめに遭ってばかりだし、昨日なんて心ここに在らずな文ちゃんがふらふら廊下を彷徨った挙句、ばったり出会った羽継はねつぐを少しの間認識できていなかったようなのだ。


―――…こういう、精神的に限界を迎えつつある人間というのは危険なもので、怪異に飲まれたり引き寄せたりすることがある。

この学校の管理を任されている身としては避けたいことであるし、…まあ文ちゃんと遊ぶことは不快でもないし。その憂さ晴らしに付き合おうではないか。


ちなみに今回の「遊びまわる」ことを提案したのは「嘉神くん」で、私に短い休憩の間に協力するようにとメールで伝えてくれやがった。


あのやぶ…川と仲良くなったのはその提案ゆえらしく、文ちゃんの「お願い」から親しくなることに若干躊躇していたのだが――私のあの発言のせいで気楽に捉えたようで、今ではのんびり藪川と談笑している。…………やーいホモ!イケメンホモ!




「……国光くん、楽しそう……」


―――四限目の授業(パソコン)からの帰り道。


私は「ぺっ」と唾を吐き捨ててやりたいのを堪える表情で窓から外を見る。グラウンドで水分補給している野郎二人のキラキラした青春の一ページを見ると、なんだかとっても苛々するな、って。


穂乃花はそんな私を呆れたように見るが、文ちゃんはただ頬を染めて藪川だけを見つめている。

…やっぱアレなのかな、恋する乙女なだけに、あんなありふれたイケメン顔でもキラッキラの王子様に見えちゃうのかな。



「国光くん、かわいい……けど………いいなあ。いいなあ、嘉神くん。いいなあ……」


…………。

嘉神くん逃げてー!と思っていると、遠くから賑やかな声が聞こえてくる。


もうすぐ、念願のお昼休みだ。












「―――へー、美術室って使っていいんだねえ。今まで知らなかったわ」

「うん…許可されてるの、私だけなんだ」

「えっ」

「もう、コンクールに出すほどの作品をたくさん提出する子が少なくてね…」



―――パチン、と文ちゃんが明かりのスイッチを押す。

どうにも、現在の美術部で真面目かつ部に貢献している生徒は文ちゃんだけらしい。

美術の顧問はよく貢献してくれるうえに将来が楽しみな文ちゃんの才能を伸ばしたいために、こうして昼休みでも美術室を使っても良いと(文ちゃんの謙遜した言葉を抜かすとそう)許可を出しているのだと言う。


つまり贔屓にされている彼女は、毎日有難くここを使い、周囲に文句を言われないよう、使用後は綺麗に掃除しているんだとか。

たぶんそういう気遣いの出来るところが先生に可愛がられるんだろうなあ…。

こういうちゃんとした子の友人だから、美術部員ですらない私たちも美術室での昼食を許されているんだろう。



窓辺ここで食べる?」

「そうしよっか、今日は風も涼しいし…文ちゃんの隣ゲット!」

「彩羽さんは元気だねえ」


上品に椅子に座った文ちゃんに対し、私は現代っ子らしく隣の席を頂戴する。

男ども二人は着替えやら何やらで遅れてくるだろうから、しばらく私たちの時間は続く。


「―――ねえ文ちゃん、昨日の手紙なんだけどさ、」

「ん…?」

「めっちゃイイ匂いしたんだけど、あれってどこで買ったの?もしかして高価な便箋だったんじゃ…」

「あ、ううん…時間なくて…自分で香り付けしたんだ」

「マジで!?」


というか、「時間ない」のにわざわざ香り付けしたんですか!?ていうか手紙に自分で香りを付けられるもんなんですか!?


「はー…文ちゃんってほんと…雅ですわ……」

「そう…?」

「そう、だよ!もう私の中では君、和歌に折った花を添えて一緒に送るとかしそうな人物だと認識されてるもん」

「えっ」

「なんつーかアレ、メール送ったら和歌で返答しそうな感じィー?」

「えっ…」

「私現代っ子だからさ、和歌に和歌で返事できないし…その、もうちょっと、くだけたメール文とか、絵文字とか……そんなノリのメール文でも、いいのよ…?」



指遊びする自分の手を見つめて、そう提案してみる。

……あのお手紙、奥ゆかしくて身悶えますが、あんなノリのメールやりとりはちょっと苦しいです。なんかプレッシャーを感じるんですわ……って、それだけの理由なんだけど。ええそれだけの理由なんですが。

……………。



「……彩羽さん…君ってひとは―――とても、かわいいね」



くす、と隣の彼女が笑う。………………。


「…そうだよ、彩羽さんは可愛いんだよ。可愛すぎるからちょっとトイレ行ってくる」

「恥ずかしがらなくてもいいのに」

「んだよー!恥ずかしがってないし!」


ドン、と弁当を乱暴に机に置く。

頬の熱に気付くと、弁当を広げる指が言う事を聞かなくなって困る。しかも文ちゃんはそんな私の無様さを微笑ましそうに見つめてらっしゃる。


「…あ、お弁当…」

「ん?――あ、あー…そう、文ちゃんが作ってくれた残り」


今日の私の朝食はクロワッサンで、文ちゃんお手製の夕食の残りを、ありったけの私の女子力を込めて、綺麗に弁当に詰めてきたのだ。


(なんか、わくわくするな)


―――私の普段のお昼はコンビニか食堂なもんで、こんな手作りの料理は久しぶり。

両親は忙しいけど私の学校のイベント時には気合の籠ったお弁当を作ってくれるし、時間が取れればお弁当どころか一緒に食事もするんだけど。


(……慣れてると思ってたけど、やっぱ寂しかったんだなあ)


私は両親の仕事を誇りに思ってる。

時間が取れないし疲れる仕事だけど、私との約束は守ってくれてたし、私の誕生日とかは盛大に祝ってくれるし。そういうので寂しい気持ちをチャラにしてきたつもりだったのに。


まだまだだなあ、と思います。



「―――この煮物、とっても美味しかったよ。これってこんなに美味しい物だったんだなーって思ってさ。やっぱ美少女が作ってくれたご飯は格別だわ」

「それはよかった…口に合わなかったらどうしようかと思ってたの」

「いやあ美味でしたよ。ごっそさんでした!……ありがとっ」


八重歯を見せて笑うと、今度は文ちゃんが照れくさそうな顔をした。

言った私もちょっと恥ずかしくなってきたので、照れ隠しにペットボトルのお茶の蓋を開ける。



「――――ひゃ!?」



びくぅっ、と跳ねる私の体。吃驚する文ちゃん。……あ、よかった、お茶ぶっかけてない。


「ど…どうしたの?」

「あっ…いや、なんかこう…くすぐったくて」


なんだろう、親戚の家に遊びに行った時と似たような感覚―――そう、猫が足に絡みついてゴロゴロ鳴いて甘えてたのと同じことをされたような……。


まあ、この学校――もっというとこの地区だが、【怪異】現象が起きやすい土地ゆえにこの手の「悪戯」はよくある話だ。

この学校に私が張った結界は【悪質な怪異】の侵入を防ぐものであるから、弱い【怪異】の侵入は防げない。というか、この程度の【怪異】まで跳ね除ける結界なんて高度過ぎて無理だし。


低級の【怪異】なんてさっきのような悪戯をしてフッと消えるのが常だから、私はすぐ落ち着きを取り戻した。

…一瞬、誰か――まあ、疑う人物は例の件のせいで文ちゃんになりそうだが――の【異能】かと思ったが、特に私自身に【干渉】されてはいないため、見逃した。


それに、せっかくのランチタイムだし。深追いするの面倒臭い。




「―――文ぃー!待たせたなー!!」



私が何となく足を擦ると、ほとんど同時に元気よく扉が開けられた。


「警戒しろ」と依頼された人物こと藪川は、犬だったら尻尾がすごい音を立てて激しく振ってるのだろう喜びようで飼い主――じゃない、文ちゃんに駆け寄った。……ねえ、本当にこいつのこと監視する必要あんの?


「あのな、さっき見つけたんだけど、他にも割引のきくやつが―――あっ」


藪川の後から美術室に入り、扉をしっかり閉めた嘉神くんに目を向けていた私は、藪川の声にまた視線を戻す。

すると、藪川が私――いや、私の席を指差し、「あっ…あっ…」とカオナシの物まねを始めた。頭大丈夫かこいつ。


「俺の…席…」

「は?」

「文の隣は…俺の席なのに………代わってくれ安居院!」

「えー、やだよ面倒臭い」

「ちょっと移動するだけだろ!…なあ文、文だって隣の席は俺がいいよな!?」

「ん……いつもみたいに、向かい合う席の方が嬉しいかな……」

「奇遇だな、俺もだ!」


バッと、羽継に席を奪われないよう文ちゃんの向かい席をゲットした藪川。

……もう何も言わん。せいぜい末永く幸せになって爆発しろ。



「―――あ、彩羽。綺麗に弁当に詰めれたなあ」

「……褒めてくれてどうもありがとう、"嘉神くん"」

「えっ」

「なあなあ、夏休み温泉行こうぜ温泉!俺、ワイン風呂入りたい!」

「国光君、ワイン風呂に入ってもそのお湯を飲んじゃダメだよ…?」

「ていうかこのクソ暑いのに温泉って…普通プールでしょプール。ね?アンタもそう思うっしょ?」

「え…――あ、ああ。そうだな、プールとか…海とかも…」

「ほら二人とも、"嘉神くん"も温泉イヤだって。すっごくイヤだって"嘉神くん"が言ってるよ。ねえ"嘉神くん"?そうでしょ"嘉神くん"」

「!?」



ネチネチと「嘉神くん」と呼び続ける私。それにショックを受けた表情の「嘉神くん」―――なんで? って顔だねえ。ハハッ……私だけをハブにしたことは絶対許さんッ!!


……しかし、一度も「嘉神くん」と呼んだことないせいか言い辛いし自分でも違和感ありまくりだわ。……くたばれ「嘉神くん」。


「……彩羽さんは寂しがり屋なんだね」

「意外だなあ。安居院も繊細な一面があるんだな」

「いや、こいつは……粘着し――いっだ!?」

「あーらごめんあそばせ"嘉神くん"。間違えて蹴っちゃいましたわッ」

「バカっ、何度も蹴るな!しかも今朝と同じ所を…これ朝の時点でひどい痣になってたんだぞ!?それに何で名前で呼ばないんだよっ」

「じゃあお昼食べましょうか」

「無視すんな!」



くすくす笑う二つの声と、何やら訴える声と、拗ねた私の声。


賑やかなそれらに惹かれるように、爽やかな風が私たちの髪を揺らした。

















「―――花火もしたいよねー。ねえねえ文ちゃん、文ちゃんが好きな花火って何?」

「線香花火…」

「俺はロケット花火!」

「あっそ」

「安居院、冷たい!」

「…打ち上げとかもやるか?」

「あー、いいねえ」

「じゃあ広い場所じゃないとまずいね…」

「海にする?」

「そうすると帰り大変じゃん。ここら辺に海ないんだから……んー、いっそ向こうにお泊りするとか…いや、川でやる?」

「でも川って、一昨年から禁止されてなかったか?」

「あ、不良だか変質者に子供が絡まれたんだかで問題になったんだっけ?」

「……じゃあ、打ち上げはやめない…?」

「そうすっかー。どうせ夏祭りの日に花火上がってるし。それ見りゃ満足っしょ、…ここの花火は結構有名だから人に酔うかもしんないけど―――って、アンタどこ行くの?」

「トイレ。帰ってくる頃までには決めといて」




そう言って、あの子はスタスタと美術室を出て行く。


…私はその背を見ながら、奴のズボンのチャックよ壊れろと念じていた。















「―――逃げるなよ、三好。……わざわざそこで聞き耳立ててたんだ、何か言いたいことがあるんじゃないのか」

「は――はなして…痛いよ、嘉神くんっ」

「…ふんっ」


不機嫌そうに鼻を鳴らし、女生徒の手を離す。

女生徒――三好さんは、一歩後ずさって、恐る恐る顔を上げた。


「俺は"あの時"言ったはずだ。…近づくな、と」

「あ…安居院さんが居るとは思わなかった!私はただ――っ!」

「ただ?」

「た、ただ………私、び、美術部員だし…道具を取りに……」

「―――もっとまともな嘘はつけないのか?

彩羽の声はよく通るし、現にここに居ても聞こえてくる――それなのに『安居院さんが居るとは思わなかった』?

第一、道具を取りに来ただけのヤツが二十分もそこで気配を殺して聞き耳を立てるか?まったく………気持ち悪い女」

「……ッ」

「まあいい。今回は見逃してやる。…だが、次はない。そして―――」

「…!」


「もし彩羽に危害を加えたら。俺の手で。…お前を、お前の従妹と同じ目に遭わせてやる」









「―――あ、早かったなー嘉神!」

「今ちょうど話を纏め終えたとこなのよ。ほら駆け足駆け足!」

「駆け足しなくてもいーだろ」


あの子ときたらまったく可愛げがない。

でも、私の手招きに応じて割と速足で近づいてくるんで、よしとしよう。


「今年はちょっと忙しくなるかもね」


ニッと笑うと、あの子は「忙しい方がいいだろ」と言って、笑った。




「だから"嘉神くん"、ご両親の方とちゃんと話を通しておきますのよ」



―――そう言うと、あの子は無言で席に座り、お菓子を「ぽそ…ぽそ…」と食べ始めた。


その姿を見て、藪川は「報われないな…」と言ってあの子を慰め、文ちゃんは「虐めちゃダメだよ」と私に説教をする。


えーっ、私悪くないじゃないですかー!やだー!!








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