16.それはとっても酷いなって
―――夢を見た。
白いワンピースを着た私は、森の中を歩いている。
帰り道に困らないよう、道中摘んだ花を一本ずつ後ろに投げ、のんびり歩く。空はとても穏やかで、お日様は温かい。
どこまでも続く道を臆さずに進むと、少しずつ森は変化する。
私が来た道は童話にでも出そうな雰囲気だったのに、穏やかな森は静かな林になり、遠くから鈴の音が微かに耳に届く。
やがて私の道は木々から彼岸花に囲まれ、素足の先には石階段。
少しだけ悩んで、のんびりと階段に上ってみる。
(……神社?)
注連縄が逆巻きのような気がする。……ぼんやり滲んでるように見えるから、判断し辛い。
どうにも敷地内は彼岸花を除いて全ての景色が滲んでいて、華やかな光景なのだろうな、とくらいにしか分からない。
とりあえず彼岸花を追いかけていくと、不意に鈴の音がしっかりと聞こえた。
音のする方を見ると、「男」が立っている。
着物は狩衣、顔を猫の面で隠した男は、長い髪をしている。艶やかではあるものの、猫っ毛な黒髪。片手には綺麗な音のする鈴を持っている。
鈴から伸びた朱い紐の行先を見ようとした私だったが、男の袖が揺れたことで視線を戻す。
男は私に一歩近づくと、じっと見下ろす。見下ろして――お面に手を掛けた。
『 』
そっと外れたお面から覗くその唇は確かに動いているが、肝心の声が聞こえない。
向こうもそのことに気付いたのか、くす、と笑った。
―――そして、花吹雪と共に奇妙な男の夢は泡沫と消えた。
*
「へーい文ちゃん!文ちゃん文ちゃん!彩羽ちゃんだよ!」
登校中、可憐な美少女とその犬……ごほん、やぶ、やぶ…藪川の間に挟まって元気に話しかけると、二人は驚いて固まっている。……なんぞ?私のキュートでポップな足音とかで気付かなかったのかね。
ちょっとそんな反応されると困る、と思いながら視線を彷徨わせると、藪川の手の中にある携帯に気付いた。
「……お?動物園?――…ははあ、リア充ですなあ」
ね!と同意を求めた先は遅れて追いついた羽継だ。彼は「あん?」とだけ言って二人から私を離した。
引き離されて不満げに羽継を見上げると、藪川が「あ、」と掠れた声を出す。
「…あ――ぐ、い」
「ん?」
「安居院!…と嘉神!お前ら夏休みは暇か!?いや暇だろ!?」
「……ええ、暇だけども。…喧嘩売ってる?」
「えっ」
「おい、流鏑馬に突っかかんな、彩羽」
「だって……まあいいや、――暇だけどそれがどうかした?」
さり気なく文ちゃんに携帯を見せてアピールするが気付いてくれない。えっ、ちょ、こっち見てこっち。私の目じゃなくて手を見てお願い。
「……その、夏休み……色んなところ、見に行こうって話してたのだけど……割引が、」
「割引?…あー、これ?」
文ちゃんが見せてきた携帯(※お揃いのストラップ付き……ぺっ!)を覗いた羽継は、「これ?」と言った瞬間表情が変わった。……おい何だよ。私はあんたが表情代わるたびに、いつどこぞに誰かを追って駆け出すか分からなくて怖いんだから止めてよちょっと。
「なんて書いてあんの?」
「……Wカップル…割引……」
「ふーん……ふうん!?」
スルーしそうになった私。おいそんな割引あんの?マジで?
―――と、軽い混乱の中にいる私たちをスルーしやがった藪川はにこやかに説明してくれた。
「今年の夏休みは水族館とか色々行きたいんだけどさ、俺たち中学生だし安く済ませようって話になったんだ」
「その…普通のカップル割引より、Wの方が安くて…でも、誘えるようなひと、いないからって……言ったのだけど」
「お前らカップルだろ?折角だし一緒に遊ばない?」
「カップルじゃねーよそのズボン今すぐ脱がされたいかワン公」
能天気なお誘いに口汚くそうお返事した私――の酷さかそれとも返答に傷ついたのか、文ちゃんは静かに悲しそうな顔をしていた。
分かりやすく人に訴えるような悲しみの顔じゃないせいか余計に…余計に胸が苦しくなる………ねえ文ちゃん、私の手の携帯見て!
「………俺たちはカップルじゃない」
「!」
「嘉神…」
「…だが、一緒に遊ぶのはかまわない。…良い機会だし。この長期休暇中は引きこもって小汚い生活をし続ける女には外に出る丁度いい口実になるしな」
「引きこ……そ、そっか!でもよかった―――これでカップルが増えるぞ!」
「やったね国光君」
「オイ馬鹿やめろ、その会話やめろ」
なんか私に気を遣ってスルーしてくれた二人。……あれ、なんか羽継さん、やけに親しく話すんですね、私以外の他の女子と。
あれか?文ちゃん美少女だからか?下心か?……わ、私だって美少女なのよ!ちょっと残念だけどそこが可愛いでしょ!?
「―――実は他にもWカップル割引あるヤツ行きたいんだ……それにも来てくれるか?」
「別にいいけど」
「じゃあ、昼休みに飯食いながら話そう……っと、そだ、メアド交換しようぜ」
勝手に決めた羽継の即答に嬉しそうな顔をした藪川は、携帯を操作して私に差し出した。……君からか。予定にはなかったがまあいい。
次に予定通り文ちゃんのメアドと交換すると、文ちゃんは私のアドレスを確認して少し嬉しそうにはにかんだ。
…くっ……なんという…圧倒的…女子力差…ッ!!
「―――って、何やってんのよ羽継、あんたもメアド…」
「あ?もう交換したけど?」
「え?」
「え?」
二人とメアドを交換した私は、携帯を出す仕草もしない羽継を小突いた。
けれど羽継はキョトンとした顔で疑問符を浮かべ―――その仕草で全てが分かった私は、ぼすん、と鞄を地に落とした。
―――その後、私は自分だけ先に連絡先を交換しやがった「嘉神くん」の脛に渾身の蹴りを二発入れ、そのまましゃがんで連絡先を交換したのに教えてくれなかった「嘉神くん」のズボンを掴んで動かなくなった。
当然、彼らは三人がかりで私を立ち上がらせようとしたが、意地でも立ち上がらなかった。
―――そして、SHRを告げるベルが鳴った。
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※拍手文変更しました!
今回は「国光」が「文ちゃん」について答えます