14.女子力(飯)
―――携帯が震える。
面倒臭いが、直感的に相手は羽継からのだな、と察して渋々本を置き、携帯に手を伸ばす。
見てみるとやっぱり羽継からで、その前には穂乃花たちからメールが来ていた。……やっべ、スルーしてから結構時間が経っている。
―――あの子たちは私のメール返信時間が遅すぎても特に怒らないでくれるからか、少しでも返信が遅れるとブチ切れて携帯に何度も電話して最終的に家に電話をして怒鳴りつける羽継よりもこう、「レーダー」が動かないと言うか。
一旦自分の世界に入っちゃうとなかなか他のことに気づかない私も悪いのだけれど、でも羽継もちょっと病的だ。あいつときたら返事を待てる時間は五分以内という最近のリア充並みのせっかちさなのだから。
(………まあ、"仕事"に関係あるかもしんないし。先に羽継の読もう……)
読んでみる。
本文―――【何か食べたいのある?】
………おいおい、そんなことかよ……ローソンのデザートとか食べたいです!
「送信っと。…………うわあもう来た」
おい本読ませてくれよ、と思いつつあの子の返事を読む。
【わり、今川焼き買った】
………。
……………。
……………………。
じゃあ何で聞いたんだよお前……まあそれ好きだけどさ………。
とりあえずお見舞いに何か買ってこようとするその気持ちに感謝して、「ありがとう」と打つ。そしてポチッと送る。
さっさと読書再開したいが、ついでだ。穂乃花たちにも謝罪と感謝のメールを打たねば。
しかもお父さんとお母さんからもメール…お父さん確か今日は会議だろうに。……お母さんはこの前の不祥事で叱られに行ったのに。私の心配より自分の心配してください。
―――まあそう軽口叩いても、両親から心配されるというのは嬉しいものだ。
読めばお父さんからは体調を気遣う文――の最後に、「帰りに名物の餃子買ってくる」との一言が。
お母さんからは怒られたことの愚痴と「ハゲの奥さんがやってる店のケーキ買ってくる!」との一文が。……おいハゲってもしかしてあなたを叱ってる方のことでしょうか。だとしたら子供か!?あんたは!
……でも羽継はデザート買ってこないらしいからちょっと嬉しい。
ちょっとニヤニヤしながら「ハゲーキ楽しみにしてる」と送っておいた。ついでにお父さんにも「楽しみにしてる」と打って。
――――ピンポーン
チャイム音。…羽継か。早いお着きだ。
さっさと出迎えないと拗ねるかも。あと今川焼きの温もりが消えてしまうかも。そうさ、食べ物の為にも急ごうじゃないか―――。
そう、パタパタと急いで階段を下りてすぐに扉を開けてやったのに、羽継は私を睨んだ。
この狸!…じゃねーや短気!ただでさえ柔らかな印象皆無の顔してんだからそんな怖い顔すんじゃない、短気は損気ですよ羽継くん。
「―――馬鹿かお前は!誰が来たか確認してから開けろ!」
「……いや、メールのアレ読んだらあんたが来たんだろうなって思うじゃん…」
「分かんないだろ!最近は物騒なんだから…お前ん家の親は留守にしがちって近所は知ってんだから、近所の誰かが包丁持って『こんにちは』したらどうすんだ!?」
「ねえ羽継くんはどこの物騒な地域で生きてんの?中国?それともアフリカ?
私が恨みを買うような生き方してんならしょうがないけどさ、無害な女子高生なら日本でそんな物騒な目には遭わないよ。起きたとしても"歩いてたらくねくねに遭遇しちゃった"並みの確立だと思うの」
「この世間知らずが。何も『包丁持ってこんにちは』してくるのが復讐目的のやつばかりとは限らないだろうが。強盗とか変態が来るかもしれないって言ってんだ。お前ん家はここらで一番金持ちだし、お前も容姿だけはいいんだから。……容姿だけは」
「ぶっ殺されたいのアンタ?」
「―――とにかく、今度からは確認も無しに開けないっ!開けるとしてもチェーンを掛けて開けろ。もし来たのが男なら全て疑ってかかって対応しろ。お前ときたらアホ面下げて何も考えずに宅配便とか受け取ってるけどあれだって下手したら危ない―――」
「あ゛ー!もう姑みたいにネチネチ言わなくていいから!今度から気を付けるから、ほら上がって!」
「お邪魔します」
まったく嫌になる。
第一ここは魔術師の家。お父さんがその手の物を持った人が突撃できないように「守り」をかけてるってーの!
まったく羽継は――ちゃんと今川焼き持って来てるんでしょうね。お詫びも無しにこの………って、あれ?
「……ね、その袋……」
「ああ、御巫がお前にって……夕食にどうぞって、お重に詰めてくれたぞ」
「えっ!?」
「ちなみに出来立て。今食う?」
「もちろん!」
だって今日のご飯は一人ぼっちだ。
両親のメールでいう「帰ったら」は明日のことで、こんな時に一緒に食べれないことを申し訳なさそうにしていた。…そのことは笑顔で「いいよ」と言った私だが、こういうときくらいはカップラーメンとか外食じゃなくて誰かの手作りが食べたいです。
「―――でも何で夕食を……?」
「ああ、それは俺が言ったんだ。…今日お前ん家は親もいなくて俺が飯作るしかないって言ったら、この前のノートを届けた件やらのお礼も含めて御巫が作ってくれると」
「……あんた何で文ちゃんと話してんの?」
「偶然だ。お前に朝―――まあ、色々あってな。ちょっと話してて、んで御巫に早退を勧めて、玄関まで送った時にメアド交換して、俺の帰りに合わせて合流してそれを受け取った」
「……ふーん」
「ちなみに御巫の帰りは流鏑馬が送ったから大丈夫」
リビングに着く。
羽継はテーブルに文ちゃんの手作りのお重を置いてお茶を淹れて(私の手を気遣ってくれているようだ)くれたが、私の気分はどうしてか沈んでいる。
さっきまで嬉しかったのに、もうお重いらない――なんて、子供のようなことを言いそうだ。
(……しかし……この風呂敷なんか立派……)
どうせすることもないから包みを開けてみると、手紙が同封されていた。
なんとなくコソコソしながら読んでみると、そこには綺麗な字で、
【―――先日はありがとうございました。
彩羽さんにはわざわざ出向いて頂いたのにこちらはお見舞いに行けず、申し訳ありません。
粗末なものですが、嘉神君からアレルギーの有無を聞いて作ったので、安心して食べてください。 】
え……これ……―――か……かってええええええええええええ!!!
おいこれ同級生に、しかも友人に送る手紙か!?私なんていつもルーズリーフに「めんごー☆」とか書いて済ませんのになにこれ!君に渡したノートの表に「頑張っちゃったぜイエーイ」とか知性の欠片も感じられない一言を付け加えて済ませた私の立場をどうしてくれるのかしらァん!?
しかもこの手紙なんか良い匂いする!なにこれ美少女の香りか!?これが女子力なのか!?――――あ、なんかもう一枚……?
【…もしよろしければ、お会いできた日に連絡先を交換させて頂けませんか?】
…………。
………………。
……………………いた。
や、大和撫子は……まだ現代にもいたんだ……なんだろうこの感情……ちょっと私、文ちゃんに恋しそう。
この綺麗だけど少し震えた字で「交換していただけませんか?」なんて……なんて……うっひゃああ可愛いいい!ちっくしょー可愛い!!
でも可愛いけど文ちゃん、メールの時はもっと砕けた文章にしてね!私は君みたいに丁寧に返せないから!
「……なんだその紙……」
「羽継には見せん!」
「ああそう…ほら、茶。」
そこは「見せろよー」って覗くべきだろ羽継くんよ……しかし実際それを言われたら羽継の足を思いっきり踏んじゃいそうだが。
まあ羽継なんかどうでもいい。……それよりも、記念すべき一回目のメールにはなんて書けばいいんだろう。私も自らの女子力を見せつけるべく雅び言の一つでも打ってみるか。
―――うーん、と悩んでいると、皿と箸を持って来てくれた羽継が戻ってくる。
とりあえずかなり早い晩ご飯でも食べましょうか。
「開けるぞ」
「おー………おおおおおおおっ!?」
―――私はそのとき、一生彼女に勝てないことを悟った。
お重の中身は素敵なものでいっぱいだ。魅せ方からこのレンジ物一つ無い和食の数々から、手間暇かかってるのがよく分かる。
きっと彼女は羽継と一緒に食べると分かっていたのだろう、和食と言っても若い男の子が好きそうな雰囲気にもまとめていて、肉料理も多い。そして品を悪くしない程度にどれも量が多い。
「…………な、」
なんだこれ――そう羽継は言おうとして、この美しさを前にして黙り込んだ。
羽継はこの年頃の男子の中では珍しく料理が出来るが、彼としては「食う」ことが大事なので見栄えとかには気を遣わない。
それでも私以上に「敗北」を感じたのか、テーブルに両腕を着いて項垂れている。
「……ま、まあ、食べない?」
「……………。そうだな」
冷めちゃうよ、と呟いてお重の中身を箸で掴もうとした私だったが、あることに気付いた。
てっきり箸しか持って来ていないと思っていたんだが、羽継君ったら私の為にフォークを置いてくれていた。………でもこれ子供の時に使ったヤツじゃね?嫌がらせかよ!
「―――何が食べたい?取ってやる」
「えっ」
報復を考えていた私の手から皿を奪い、羽継は「何が食べたい?」と聞いておいてすでにちょこちょことお重の料理を乗せていく。
私が避けるだろう野菜関係の品々をたんと盛りやがったが、私が美味しそうと思った物も多く盛ってくれたから文句は言わないでおく。
「ありがと。助かるわ」
「…………ん」
羽継はテレ継になった。―――とからかうのはやめてあげよう。
あいつが自分の分を取るのを待ち、一緒に「いただきます」を言ってから、私は柔らかく煮込まれた鶏肉にフォークを突き刺して頬張った。
「……う、っみゃああああああいい!!!何これ!何これ美味い!!こんな美味しいの初めて食べた!!――うっわこの野菜のも!美味しすぎっ。ひゃあああああ…。
この煮物ってこんなに美味しくなるんだねえ。ああもうウマー!羽継も食べてみて!」
あまりの美味しさにテンションがハイになった私が昔のように思わずフォークに刺したそれを羽継に差し出すが、羽継は俯きながら「ぽそ…ぽそ…」と魚を食べていた。
「……そうだな。……俺が前、それと同じの作った時はお前、『え、ああ、おいしーよ、うん』って言って淡々と食ってたけど。
文句も言わずに食ったけど無表情だったお前がそこまで喜ぶなんて、その料理も嬉しいだろうな。御巫も喜ぶだろうな。俺からも言っとくよ。『俺が作ったときは黙々と冷めた目でおかずを食ってたけど、同じおかずを御巫が作ったら大興奮してた』って言っとくよ。悪いな、俺じゃあこのレベルには追いつけねーわ。…本当にごめんなさいねッ」
「えっ、いや……そんな態度悪くアンタの料理食ったことないじゃん!いっつも羽継の手料理感謝してるって!は、羽継の料理が一番に決まってんじゃん!もー、ほんと女々し……ハハッ」
「………………………………」
―――その後、葬式のように静かで気まずく居辛い空気の中、私と羽継は「ぽそ…ぽそ…」とお重の中身を空にする作業をした。
※拍手文変更しました!
今回は羽継くんに質問です。