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13.フラグ




◆◇Das Herz von Alice◆◇






彼女は、どうやったのかあの「化け物」の壁を破り、ふらふらと校内を彷徨っていました。


足はじくじくと痛むけれど、会う人会う人がどんどん化け物に変わったりするものだから、彼女は痛みよりも怖さが勝って――怯えながらどこか隠れられそうな場所を探します。



(保健室…保健室なら――でも、この時間は、怖い人たちがいる…)


(…どうしよう…国光くん―――…だめ、彼には頼らない…)


痛みと恐怖の隙間で、彼女はどうしようどうしようと焦って、怖い世界を見ないように俯きながら廊下を静かに歩きます。




「―――おわっ!?」



すると、携帯をいじって歩いていたらしい男子生徒に、気配を殺して逃げていた彼女はドンとぶつかって――転びそうになるのを、慌てて男子生徒が彼女の腕を掴んで引き寄せてくれました。


「みっ、御巫みかなぎ!悪い、メール打ってて……怪我してないか?」


ずっと俯いている彼女を心配して、男子生徒は腕を掴んだまま出来るだけ優しそうな声を出して尋ねます。

下心の感じられない声に、彼女は躊躇いがちに顔を上げました。


「だ、だれ……?」

「は?」


目の前の男子生徒は、化け物にはなっていないものの顔が――ぼかしたように見えなくて、彼女は思わず目に涙を溜めてしまいます。


それに慌てたのが男子生徒で、「え、ちょ、え!?」と叫んで掴んでいた手を火傷でもしたようにパッと離し、周囲を見渡しました。


誰もいないことを確認すると、男子生徒は相変わらず正体を探ろうと見上げてくる彼女に恐る恐る顔を向けます。


「――――み、御巫…どうした、目でもなんか…なんか…えっと…」


黄昏色の瞳は、不安げに揺れています。


―――思えば幼馴染と母親以外の女性の顔をまじまじと見たのは初めてかもしれません。

幼馴染とは正反対の青褪めた頬と、長く綺麗な髪の彼女を見ると、…こう、ぎゅっとしてあげたくなるような――庇護欲が、湧いてきました。


「御巫……?」


なんだかひどく壊れやすいものを抱いてる気分になって、男子生徒はそっと離そうとするも「なんかアッチから声しねー?」という声に反応し、思わず彼女を空き教室に連れ込んで隠れてしまいました。


彼女を泣かせてしまったところを見られたくない、と思っての勝手な行動ですが――特に抵抗しないところを見ると、彼女もまた泣き顔を見られたくなかったのかもしれません。


「み、みみ御巫っ、俺なにか…したか…?」


一旦出てきてしまったせいかなかなか涙が引っ込まない彼女は、慌てたその声と仕草に「大好きな彼」を重ねてしまい、ぼんやりと男子生徒を見上げます。

落ち着いてきたせいかだんだんと男子生徒のぼやけた顔も元に戻りつつあって、そのことに心底安心した―――彼女に、男子生徒は鞄からマフィンをラッピングした包みを取り出して、「まあ、うん、これでも食って泣き止んでくれ…」と母親お手製のそれを差し出します。


恐る恐る受け取った彼女に内心ホッとしていると、白い手が男子生徒の手にマフィンを一つ乗せていて、彼は逃げる口実を失くしたのでした。


嘉神かがみくん、の、分……」



―――眼鏡の向こうに印象深く在る、緑の瞳の男子生徒「嘉神かがみ 羽継はねつぐ」は、この時やっと彼女に【認識】されたのでした。













「―――事情は分かった」



平常心を取り戻しつつある羽継は、思わず眼鏡をくいっと持ち上げてそう言うと、じっと彼を見つめる彼女に提案してみます。


「担任に報」

「やだ」


しかし即答で却下され――羽継は食うに食えないマフィンを片手に説き勧めます。


「…御巫、この手のいじめは何か手を打たないと最悪の結果を招くぞ。ただでさえお前は…その、一部の男子バカにも……されてるわけだし。自分の身を守るためにも、行動した方がいい。なんなら俺も力になる」

「……ありがたいけれど、いいの」

「なんで?」

「…………これが、罰だもの……」


彼女は、羽継から手の中のマフィンに視線を移しました。

長い沈黙――その途中で、遠くからHRの始まるベルが鳴っているのが聞こえますが、二人とも教室を出ようともしません。


この空き教室はあまり使われませんし――もし見つかっても、成績優秀で普段からまじめなこの二人ならば、ひどく咎められることもないでしょう。

静かな教室の片隅に一定の間を開けて座った二人は、気まずい空気に飲まれてただただ口を閉ざしていました。




「…………私、悪い子なの」

「…え?」


静寂の中に放り出された言葉は、淡く――しかし耳から消えず。

羽継は唐突なその言葉に反応してマフィンを握り潰しそうになって、慌てて崩れたところから口に含みます。


そんな羽継を気にせず、彼女はぼんやりとした口調で続けるのでした。


「……私、私には双子の兄がいたの。でも、高熱で死んでしまった…」

「ん、そ、そう…なのか…?」

「お母さんは兄が好きで…兄ばかりで……私は嫉妬で、お母さんにひどいことをしてしまった……そんなだから、意地悪な子だから……あの時も、私だけ…―――だから、私の傍には誰もいない……私も――」


ぎゅうっと握られて、スカートにぼろぼろと落ちてしまいそうなマフィンに目を向けていた羽継は、悲しみよりも寂しさが滲んだ声に、痛ましい者を見るような目で彼女を見つめます。


(…確か――親御さんは、火事で………)


運良く祖父母の家に泊まっていた彼女は、燃え上がる炎に包まれずに済んだ――しかし彼女は、まさか、


(一緒に、死にたかったのか…?)


両親と生きたかった、生きていて欲しかった――というよりは、両親と共に焼け死ぬことを望んでいるような気がして、羽継は彼女の腕を掴みました。



「生きろよ」



真剣な声色に、彼女はのろのろと彼を見上げます。


「俺は、御巫の親御さんのことも、御巫のことも正直よく分からん。分からんが――それでも、こんな、死に急ぐような……自分を守らない行動を取るのはやめろ。あの婆さんや流鏑馬――彩羽だって、絶対悲しむ。俺だって、こうして知り合ったからには悲しいと思う」

「かなしい……」

「そうだ。第一、お前の周りに親御さんはいないかもしれないが、婆さんたちはいるんだろ?参観日には着物を着て背筋をしゃんとしてお前の授業を熱心に見てるんだってな。…爺さんとは会ったことないが、でも――"あの日"のお前の婆さんは、お前を大切に想っているように感じた」

「……」

「―――それに、お前には流鏑馬がいる。あんな忠犬ハチ公みたいにお前に引っ付いて番犬もやってんだ、お前を好ましいと思っても嫌ってはいないだろ、どう考えても」

「……ん、」

「あと……彩羽だって。――あいつも見た目はちゃらんぽらんに見えるけどな、案外ああ見えてちゃんとしてるし…人を傷つけるような真似は滅多にしない。どちらかというと繊細でな…――あ、いや、そうじゃなくて、……つまりだ、彩羽もお前を好ましく思ってる。あいつは御巫みたいなタイプが一番落ち着くんだろう。俺も御巫のことは……その…なんだ………と、とにかく!友達いるだろ!?こんなに!」


フラッと「そうだ、自殺しよう」とか言い出しそうな彼女のために、あれこれと言ってみた羽継ですが、最終的に恥ずかしくなって怒鳴るような声になってしまいました。


彼女はそれにビクッとするも、茫然と彼を見つめて――やがて笑って、


「嘉神くんは、彩羽さんが好きなんだね」


―――と、微笑ましいものを見るように言うものですから、羽継は全力で否定しました。

彼女はそれも微笑ましそうに見ると、少しだけ口角を上げます。


「……ありがとう、嘉神くんは優しいひとだ」


穏やかなその言葉に、羽継はぶんぶんと首を横に振って否定――しようとして、青白かった頬に赤みが差して微笑を浮かべた彼女を、思わずじっと見つめてしまいました。


なかなか視線を離せなくて、また静寂が襲おうとするのを察した彼は、「あ!」と薄ら思いついた言葉を口にしてみます。


「ま、マフィン、美味いか!?」

「え?」


唐突なその問いかけに、彼女は首を傾げます。対して羽継は項垂れたくなりました。


しかし唐突な言動は国光で慣れているのか、特に気にせずに彼女はマフィンを一口食べて、「うん、」と一言。


「とても美味しいよ。どこのお店のマフィン…?」

「お、おふくろの……菓子とか作るのが好きなんだ」

「へえ」


感心したようにマフィンを見つめた彼女は、そのまま二口三口と齧って、小さく「いいな…」と羽継に聞かれないように呟きました。


「…これ、ひとつ貰ってもいい…?国光くん、甘いの好きなんだ」

「え、あ――ああ、いいよ。いくらでも」


なんだか残念な気持ちになりながら、他のマフィンが入った袋ごと彼女に押しやると、彼女は大事そうに受け取ります。


「…毛玉にもあげよう……」


何だか嬉しそうな独り言――に、羽継は「毛玉?」とスルー出来ずに尋ねてしまいました。


「御巫って、動物飼ってたか?」

「ううん。飼ってないよ。…毛玉はね、私の家族なの」

「家族…」

「嘉神くんも会ってるよ」

「え!?」


これが所謂「不思議ちゃん」なのか?――と引きつつ、羽継は一応あの日の記憶を思い出してみました。……が、「毛玉」なんて名前の付けられそうな物は、やっぱり見たことがありません。


(ま、まあ、触れないでおこう……)


あまり詮索しては、彼女も不快だろうと口を閉じた羽継は、また見上げてくる彼女の瞳に囚われそうになって――慌てて視線を逸らし、二度目の気まずい空気が流れないようにと話題を探ります。


(……女子ってどんな話で盛り上がるんだ……!?)


これが彩羽だったならば、どんな話題でも延々と続くのに。


他の女子が好みそうな話題も、彩羽と交わしてきた話も、どれも彼女とは盛り上がれなさそうな気がします。しかも今まで小学校は別、中学校でもクラスが別と接点が無い――あるとすれば、彩羽か国光のどちらかでしょう。


しかし、彼の母親曰く女子の前で他の女子の話題はよくないと言われたことがあります。

ということは、残されたものは―――



「や、流鏑馬…と、いつから仲が良いんだ?」

「え?」


彼女たちの関係について、尋ねることにしました。

ちょうど「彼女が関係するかもしれない」【怪異】があったばかりですし、彩羽が休んでいる間に情報を集めるのもいいかもしれません。

ストレートには流石に聞けないので、まずはいくつか些細な質問をして、本題に入りましょう。



「…国光くんとは、小学校の…低学年くらいに出会ってね、水風船を投げられた日から仲良くなったの」

「投げ…いや、そうなのか」

「クラスで孤立していた私とよく遊んでくれたり、庇ってくれたりしてね……国光くんのご両親が共働きで鍵っ子だったのもあって、よく私の家で一緒にご飯を食べたりしたんだ」

「へえ?」

「休日もよく一緒に遊んでくれて…中学に上がってからは私の家の力仕事とか手伝ってくれるの。老人と子供しかいないから不便なことも多いだろうって」


その言葉に、羽継の中で国光への好感度が上がりました。

前から見ていて気持ちの良い奴だと思っていましたが――実は、上っ面が良いだけの奴なんじゃないかと少しだけ疑ってもいた自分が恥ずかしくなります。


「…流鏑馬は本当に御巫が好きなんだな。……なら余計に、アイツも今回のこと怒ってるだろ?」

「…………………うん」

「この前の件も、流鏑馬が竹刀で成敗したとか……まあ、剣道部員じゃない奴に竹刀で殴りには行かんだろうが、怒鳴り込みには行きそうだな―――御巫?」


とりあえず国光の話題のままでいこうとした羽継は、少し顔色の悪い彼女を見て「大丈夫か」とその肩に触れました。


彼女はしばらく黙りこむと、「お願いがあるの」と羽継を見つめます。



「国光くんを……監視して、くれないかな………」









無自覚フラグ建築士・文ちゃんによって羽継がNTRそうです彩羽おくさん。


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