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11.ちょ、待てよ!



物心つく頃には、すでに隣には羽継はねつぐがいた。

だから、二人の思い出のアルバムにはいつだってお揃いの服を着て遊んでいた姿があった。


ビデオや記憶の中の彩羽たちは、互いの母親二人がきゃっきゃとはしゃぎながら見守る中―――彩羽がよく羽継の上に乗っかって髪を引っ張ったり、ぐいーと裾を掴んで重り役をして苦しめたり―――とまあ、当時の彩羽は何故かかなり凶暴だった。

大抵、羽継が泣く度に彩羽は引き離されて――それで、また一緒になって遊んでいる。幼児らしくぺちぺちと触れ合っていた。


……が。



―――そんなある日の事である。幼稚園の帰り、彩羽の家でお泊りをしようと荷物を抱いて母親とやって来た羽継を出迎えて30分も満たないころ。

幼い二人は母親たちから隠れるように隣室に移動すると―――彼に、「披露した」のである。


『わあ――!すっげ、なにそれー!』


父親が見せてくれた「補助の陣」の紙をこっそり持ってきて着地場所に置き、よじ登った椅子から陣目掛けて落ちる彩羽の体はゆっくりゆっくりと――明らかにおかしい速度で落下するという「奇跡」を羽継に見せた。


すると当時の羽継は興奮し、拙くも何度も褒め称えては無邪気にも「おれもやりたい!」とねだった。

得意げに胸を張っていた彩羽は当然、了承した。


―――そうして、無邪気で無知な幼児二名は、きゃっきゃとはしゃぎながら一緒に椅子に上がり、仲良く手を繋ぐ。

お互い顔を見合わせて笑うと、小さく跳ねて落ちる――彩羽は秘術を開放し、



『あっ』



胸に強い痛みが走って、秘術は起動出来ずに二人して無様に落下する。その隣で、羽継が痛みと不満の声を上げた。―――そして、彩羽は。


彩羽は――「侵入してきた力」に負けて、体の中の「術式」が滅茶苦茶にされて、意識を失っていた。



これが、彼に「攻撃」された、最初の記憶。







「―――ね、急にどうしたの?」

「別に」



思わず昔のことを思い出してしまったのは、彼がお泊り道具を持って家に来たからだろうか。


あの「バスケットボール急襲事件」後、救急車に乗せられる私を見送りもせずに何処かに去っていた羽継は、見舞いの品を手にズカズカと乙女の部屋にやって来て座り込む。

………のはいいのだが、何故にそんな親の仇を前にしたような顔をしているのか。


「……具合はどうだ」

「へーき。……お、黒糖饅頭だー!やったー!」

「………この…バカッ……!」


持ってきたのは羽継なのに、まるで彩羽がどうしようもない子であるかのように頭を抱えた。


まあこんな彼を見ることはいつものことなので、彩羽は気にせず黒糖饅頭を頬張る。

ちょっとお高めの、彩羽お気に入りのお店で買った饅頭は大変美味で、指に付いた餡をぺろりと舐めとる。

その能天気な様を頬杖をついて見ていた羽継は、気を取り直して話しかけてきた。


「―――本当に具合は大丈夫なのか」

「大丈夫大丈夫、そりゃ、手は痛いけど……変な所も無かったし、しばらくは安静にしとくから」

「ならいいけど……あ、そういえば」

「ん?」

「お前、御巫に手を擦られた時、何かあったのか?」


二個目を食べようとした手が、思わず止まる。

その様子を見た羽継は、ずいっと体を乗り出して「何かあったんだな」と言って、「さっさと話しやがれ」と言わんばかりの顔で見た。


「…いや、ちょっとした――それこそ勘違いかもしれない――」


どうしてか分からないが話を濁してしまう彩羽に、「それでもいいから」と彼は再度促した。



「……あのさ、私――ボールが突っ込んだとき…咄嗟に片腕で庇ったんじゃなくて、"急に片腕が攣った"って言ったでしょ」

「ああ、言ってたな」

「でもその攣り方が…なんていうのかな、『違和感』を感じるような……思い返すと、こう――上から引っ張られたような。自分の体なのに、言うことがきかない…操り人形みたいになった、っていうか」

「……誰かの【異能チカラ】だと?」

「うん……で、不思議に思ってたらあの時文ちゃんが触って――僅かに残ってた『違和感』は消えた。お父さんにも診せたけど、まったく分かんなくってさ」



綺麗さっぱり、不自然なほどに――彼女が触れた途端、消えた。

となるとその原因は「彼女」の故意か偶然、低い確率で無関係のどれかになる訳だ。


「…故意だとしても、お前の隣で『発動』させたのなら…御巫がお前よりも能力者として上で、隠蔽に長けていたとしても……最後に自らの手で消す、ってのはおかしい話だな」

「そ。それに、敵意があって隠蔽するなら分かるけど、あれはどう見ても"直撃したらヤバい"モノから身を守るために発動したものでしょ?だったら証拠を消す必要は無い…。

私に恩を売るための自作自演とかかと思ったけど、それはそれで私じゃ無くてバスケットボールとかの証拠を消すだろうし、行動があからさますぎる。文ちゃんみたいな賢いタイプはそういう手は使わないでしょ?」

「ふむ……じゃあ、無意識に発動していたとか?その後の行動も全て無意識下によって、だ」

「無意識だったらそれこそ"分かる"ね――もしかして、」

「なんだ」

「文ちゃんは…文ちゃん自身は異能力者じゃなくて……【何か】が文ちゃんを介して異能を発動させた…とか……?」

「何のために?危険が迫ってたのは御巫じゃなくて御巫の友達ってだけのお前なのに?」

「うーん、そりゃそうだけどさあ……」


意味不明過ぎる。

意味不明だが――ただ一つ、分かることがある。


(悪意は、無いということ)


そして、あの時労わってくれた白い手は、優しさに満ちていたということ。



「…ま、それは置いといて。……あの時、あんた誰を追いかけてったの?何で急に泊まるだなんて―――」


問いかけて、思わず引いた。……何故か羽継が怖い。

ただでさえ怖い顔してるのに―――もしやあの保健室に死神でも訪問してた?


出来れば白いフリフリの服が似合う可愛い死神っ娘がいいなあと彩羽が呑気に思っていると、羽継は低い声でぼそっと呟いた。



「三好」

「は?」

「…三好だ。三好という女がいた。恐らくお前に謝りに……」

「え?謝りに来ただけで追いかけたの?」

「……彩羽、お前、本当に三好を知らないのか?」

「し、らないよ……だって一年の時は違うクラスで、違う小学校で、今年だって……近くの席に座ったことも、話しかけに行ったこともない…」

「………そうか」


羽継は、何度か小さく口を開け――何か言おうとしてはやめるを繰り返し、やがてはっきりと口にした。



「―――三好に近づくな。接触を持つな。あいつは……『石田』の、」




羽継が固まる。


その目の前で、彩羽は突然吐いて過呼吸を起こした。




















「―――今回はさ、人を描いてみないかい?」

「ひと……ですか?」


そう。…ほら、御巫くんは人を主役にした絵を描かないだろう?たまにはそういうのにも挑戦してみたらどうかと思って。若いうちに色んな物に挑戦するのは良いことだよ―――。



……と勧められたのはもう先週のことで、彼女は胸像を相手に練習する作業に飽きていた。

元々飛び抜けて絵の才能がある上に、物事の吸収も早い彼女だから、そろそろ人間モデルを頼んで練習すべき――なのだが。


(……今日は誰もいないし…)


一応美術部員ならば何人か知人と呼べる間柄の生徒がいるのだが、彼女たちは「掛け持ち」生徒。彼女たちがやって来る日は賑やかで和やかな空気が満ちるけれど、来ない日は寂しいもので、美術室は静寂に満ちていたり、彼女が混ざれない会話が聞こえるだけだ。


まあ現在、他に部員が居たとしても――彼女の頼みを受けてくれたかどうか。

たくさんの賞を受賞した「天才」として、彼女は顧問に贔屓にされるのと同時に、妬まれてもいたのだから。



「写真か画集でも借りて、練習しようかな…」


図書室に行ってみよう、と彼女は美術室の扉を開ける。

恐る恐る廊下に出ると、部活動に励む生徒の声は聞こえるが人気は少なく、彼女はホッと胸を撫で下ろしながら足早に図書室を目指した。



(夏らしい絵が描きたいな……色も昔みたいに多く使って。明るい絵にしよう)


(そうすると、何個か新しい絵の具買わなくちゃ……大きさはどれくらいにしようかな…)


(丁度いいし、色々挑戦してみようかな……)



―――珍しく、この時の彼女はやる気に満ちていた。

だって、ここ最近は彩羽のおかげで退屈しない日々を送れていた――いやそれどころか、とても楽しかった。

今日の体育で起きたあの事故の前まで、色んな子と話せたのが懐かしく、嬉しかった。


帰りのHRでは「今日彩羽の家に行くと迷惑かもしれないから、明日お見舞いに行こう!」と誘ってもらえたし――もう、国光に迷惑をかけずとも、やっていけるかもしれない。


(もう、国光くんにあんな顔、させずに済むかもしれない……)


そして、あんなことも。




「……あら御巫さん!どうしたの?」

「人物画の練習をしているんですが、その練習に何か画集でもと思って」


どちらかというと若い司書教諭がにこやかに尋ねてきた。

よく本を借りる方である彼女の返事に司書は「あら丁度いいわ」と言って急に奥の方に消えると、片手に数冊の本を持って来る。


「これね、一昨日に購入したものなの。よかったら参考にどう?」

「あ――ありがとうございます。…でもこれ、もう貸出して…?」

「ふふ、内緒内緒。御巫さんは特別よぅ!あとこれ、写真集なんだけど…ほら、神社の風景が好きだって言ってたでしょう?お気に召してくれるかしら」



―――はい、と彼女は微笑む。


談笑しながら貸し出しの手続きをした彼女は、行きよりも軽い足取りで美術室に向かった。



(最近、優しいひとたちと出会ってばかり)



(世界は、思ってたよりも怖くないのかもしれない)















「死ねよ御巫」






彼女は階段から転がり落ちた。








ちなみに、前の回ではコンクール絵に関する問いに対してはぐらかした返答をした文ちゃんですが、コンクール用の絵はすでに描き終っています。

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