青天
「人の人生ぶっ潰して何が楽しいんですか」先輩の話を聞いた第一声がそれ。呆れてそれ以上、言葉が続かなかった。テレビで見た地図泥棒が先輩だったとは。警察だって動いているのに、当の本人は「何って、社会奉仕よ、社会奉仕。」と悪びれる様子もない。「見てよこれ」と笑顔で先輩が差し出したボストンバックの中には、大量の紙屑が入っていた。
「破ったんですか」
「ええ、破ったの」
「今度ばかりは付き合いきれない。皆露頭に迷っちゃいますよ」
そういうと先輩は、「地図に従って歩くことの、何が楽しいのよ。そんなの間違ってる」と言って鞄の中身を放り捨てた。
「もしかして、先輩」
「勿論、私の地図も破ったわ」
自慢げに笑う先輩は、自分の行いは正しいと心から信じているようだった。
「もったいない。3年後にビジネスに成功して、そこで出会った人と結婚する未来だったのに」
「決められた方法で成功して、決められた人と結婚するなんてつまらないわ。あなたのも、破ってあげる」
先輩は私の地図を手早くとって破り捨てた。一瞬の出来事だった。
「酷い、私のまで破るなんて」
「一番破ってあげたかったのは、あなたの地図だからね。怒らないの?」
意外にも怒りは全くなかった。むしろ解放された気さえした。
「・・・悪くない」
そう呟くと先輩は、「でしょう」と言って子供のような笑顔を見せた。
「これからも続けるんですか」
「うん」
「何のために?」
「社会奉仕だってば」
そう言って笑う先輩の背後に、ハラリと何かが舞い落ちた。それは私の見たことのない先輩の人生地図だった。拾い上げた時の先輩の顔は、絶望に溢れていた。それを引き裂き、投げ捨てると、先輩は何も言わずに立ち去った。
それから先輩には会っていない。何が彼女に地図を破らせたのか。それは今も分からない。彼女に地図を破られた他の人たちがどうなったのかも。でも少なくとも私は救われた。新たな人生地図を傍らに、今日も私は地図を破る。