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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第7話「成瀬薫VS銀狐」

作者: TEATIMEMATE

   成瀬薫VS銀狐


 「あんた、一高龍騎兵(いっこうドラグーン)成瀬薫(なるせかおる)だな」

 単車に跨ってハンドルに肱をかけ、頬杖をついていた薫は、不意に声を掛けられて上体を起こした。

 すぐ(そば)に銀髪の双子が立っている。

 ――近付かれたのに気付かなかった。

 薫は少し驚いた。

 「銀狐」――双子は確かそう呼ばれていた。

 夏の終わり頃、西讃第一中学に転校してきた帰化ロシア人。転校早々あの日栄一賀(ひさかえいちが)と二高躍る人形(ダンシングドール)のいざこざに関わって、喘息の発作を起こしていた一賀を心停止に追い込んだという。

 双子の片方は薄茶色の瞳を薫に向けて口を開いた。

「あんた、いつもそうやって見てるだけなのか」

 もう片方の視線はもっと遠く、薫が先程まで眺めていたガードレールの向こう、一段低くなった通りの方へ向けられていた。

 ――見ているだけ。

 彼らが言っているのは日栄一賀のことだ。彼らが、一度は命を奪ってしまった負い目からか、以来ずっと守ってきた「最強最悪」と呼ばれた男。

 そう、薫はずっと彼の喧嘩を見続けてきた。

 それくらいしか彼にはできなかったから。

 「あんた、あの人の身体のことは知ってるんだろう?」

 咎めるような口調。

 知っている――。しかし、何故彼らがそのことで彼を咎めなければならないのか。何故彼が咎められなければならないのか。薫は視線を通りへ戻した。

 話題の当事者は、腕や足を「壊され」て転がる被害者を残してもういなくなっていた。

 薫は息を吐いて単車のハンドルに手を掛けた。

 「待てよ」

 双子がついっと彼の前後を塞ぐ。

 「俺に何をしろって言うんだ」

 薫はハンドルから手を離して所在なくシートに置いた。

 日栄一賀は好きこのんで諍いを起こしている。いつも一人で勝手をやっている。「最強」なのだ、喧嘩して負けるところなど見たこともない。加勢してやったとしても疎まれこそすれ恩に感じられることもないだろうし、そもそも加勢してやる必要があったことなど一度もない。身体が悪いことは知っているが、それが彼のハンデになっているところだって見たこともない。だから彼は「最強」と呼ばれ続けてきたのだ。

 「しろなんて言ってないさ」

双子は意外な言葉を口にした。

「目障りなんだよ、あんた」

 二人は持っていた学生鞄をぽとりと落とした。

 薫はシートを押して単車から飛び降りた。

 ――速いっ。

 薫の着地を狙って二人の蹴りが足元と頭を同時に払う。

 彼らの動きは薫の予想以上に俊敏だった。かわすのが精一杯で、手をついて地面に転がる。

 二人はくるりと身体を回して続けざまに踵を落とした。

 「何もしないなら近付くな」

「鬱陶しい」

 薫はそのまま地面を転がって二人から逃れた。

 ――何もしないなら近付くななんて、やっぱり何かしろってことじゃないか。俺に何を期待している?

 「あいつに助けが必要かよ」

 薫は飛び起きて二人から離れた。

 「龍騎兵の成瀬薫、あんたなら止められるはずだろ」

 一中のロシア人の双子――確か名前は相原裕紀(あいはらひろのり)相原浩己(ひろき)。どっちがどっちなのかは薫には判らなかったが、一人が彼に殴り掛かった。

 ――何故そんなことが言える。

 薫はその拳を避けて後ろへ逃げた。

 薫が一賀に直接関わったのは、彼が一高龍騎兵に入ってからだ。それまで噂には聞いていた日栄一賀は、中学一年当時から高校生を相手にもめ事を起こしていて、薫が初めて会ったときにはすでに「最強」と呼ばれていた。

 彼は先輩から言付(いいつ)かって一賀が龍騎兵と争うことのないよう見張ってきたのだ。龍騎兵はこの近在では最大最強のチームだ。数を頼めばいかに一賀と言えどもただでは済むまい。先輩から、一賀に対する不干渉の約束を取り付けてやることが、彼にできる精一杯のことだったのだ。一賀が中学生の間は、龍騎兵は手を出さない――。それだけでも彼への負担は軽くなっているはずだった。

 一賀とも何度も話をした。些細なことで争って、余計な恨みを買うことはないだろうと。

 しかし、彼は薫の言葉などまともに聞こうともしなかったのだ。

 「あいつが他人(ひと)の言うことなんか聞くかよ」

 双子の攻撃はぴったりと息が合って、効率的だった。一方が攻撃するときには、もう一方が必ず薫の逃げるスペースを潰すように回り込む。逃げるが勝ちが信条の薫でも逃げ場を限られたのでは受けるか反撃するかしかなく、たちまち追い詰められてしまった。

 「二対一なんだ、遠慮すんなよ」

 ろくに抵抗しない薫の退路にはもう壁が迫っていた。

 二人の運動神経と立ち位置から言って、次に攻撃されたら逃げることはできない。

 薫は自分からふらふらと壁に背を付いた。

 「龍騎兵はあいつには手を出さない。それ以上何が望みだ―」

 言い終わらないうちに一人が薫の腹に膝をめり込ませた。前のめりになる彼の喉元を腕で押さえ付ける。

 「あんたは何でそうなんだ」

 薫は押さえ付けられるままに上向いた。

 薄茶色の瞳が彼を見下ろす。

「縋ろうとする人間に届かないような手の出し方なら止めろよ」

 ずきりと胸が痛んだ。

 頸を締め付けられて息が詰まる。

 ――俺に何を――――。

 相手の苛立ちが喉元に伝わる。震える腕が抑えきれない感情を伝える。縋ろうとする人間に届かない、手――――。

 ――あいつは俺の助けなんか必要としていない。俺には誰かのために差し出してやれる手なんかない。俺では何もしてやれないのに。俺では誰も守れないのに。それなのに俺はまだ――――。

 「浩己、何やってる」

 薫にも聞き覚えのある声が、彼が自己の思考の呪縛に捕らわれるのを寸前で引き戻した。

 「日栄さん」

 浩己と呼ばれた方は薫を睨み付けて口惜(くちお)しそうに手を離した。

 薫は解放されて大きく息を()いた。

 「やめとけ、相手にするだけ時間の無駄だ」

 ――一賀。

 「日栄さん」

 一賀の抑揚のない声、それに対する銀狐の抗議する声――諦めと諦めきれない思い。薫は一賀の聞き慣れた物言いにほっとした。浩己と裕紀の言葉は彼の身体には痛すぎた。

 「お前たち、御節介すぎるんだよ」

 一賀の冷たい瞳がかえって心地いい。

 彼は強い。その強さは薫を安心させる。

 「俺たちはこういう奴を近くで見ていたくないだけなんですよ」

 浩己ではない方――裕紀が薫に視線を投げる。

 感情のある瞳が胸を刺す。

 一賀を守ろうとする二人は彼を不安にさせる。

 胸が痛む。

 「――一発ずつにしとけ」

 一賀はくるりと(きびす)を返した。

 二人は舌打ちして拳を握った。

 思いを込めるように目を閉じる。

 薫も目を閉じて大人しくそれを待った。

 「あんたはっ!!」

 二人の拳は全く同時に薫の背後の壁に叩き付けられた。

 吹き付けの表面が剥がれ落ちる。

 振動が薫の身体にも伝わった。

 心臓が痛む。

 「俺たちからはこれで最後だ」

 恨めしそうな二人の声が重なった。

 ゆっくりと拳を戻して一賀の後を追う。

 薫は壁に背を付いてその場に座り込んだ。

 ――痛…い………。

 激しい心臓の痛みに、薫はそのまま意識を失った。

成瀬薫VS銀狐 あとがき


 自称腰抜けの臆病者薫ちゃんと過保護銀狐の対戦。

 竜ちゃんも人が()いけど銀狐も結構人が好いよねえ。一賀ちゃんだけじゃなく薫ちゃんにも手を出すんだもんねえ。まあ、他人(ひと)の「痛み」が解る彼らにしてみれば、薫ちゃんみたいにいつも痛そうにしてる人間に傍にいられたら堪らないか。

 前作で彩子さんが薫ちゃんの過去について少しだけ話していますが、薫ちゃんが今みたいな性格になった原因はもっともっと昔にあります。とても大きなトラウマなので本人の記憶にはありません。本人に色々と自覚がないから、かえって周りにいる人間には迷惑なんだけどね。銀狐にしても一賀ちゃんの相手だけで手一杯で、薫ちゃんの面倒までは見られないもん。女性陣の活躍に期待、ですね。

 しかし、こと一賀ちゃんに関しては作者の言うこと全然聞かないな、銀狐。だって、この話、予定にないでしょ。(前々回、あとがき参照)暴走してるとしか思えん。もうそろそろ沙織ちゃんに戻ってきてもらいたいところです。(笑)

 気分を変えてブルージア編とかやりたいところなんですが、ブルージア編は「こういう」話が本編だから…。ううむ。

 結局、お茶会シリーズが一番本編に影響しないんだよね。よし、一度も出てきたことのない人間でやってみるか。沙織ちゃんちの弟たちもいるし。(あ、沙織ちゃんの弟は3つ下と5つ下だからまだか)

 ま、とにかく日の目を見ていない登場人物に日の目を見せるシリーズをちょっとやってみるか。(とりあえず口だけ)(笑)

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。



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