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植物とキスをする。新鮮空気あります。  作者: 湊 俊介


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6/6

そしてまた、何もない日々へ

僕が意を決して放った言葉は、彼女に上手く伝わらなかった。


「え、あ? 私ですか?」


「はい、もしご迷惑でなければ」


「明日なら、空いていますよ。仕事終わりでもよければ一九時にこのお店の前で待っています」


 彼女は僕の誘いに驚くほどあっさり乗ってくれた。もしかしたら遊び慣れているのかもしれない。それでもいい。僕は、それでお願いしますと服を着て代金を支払ってお店を出た。僕は心の底から湧き出る高揚感に浮足立っていた。遊園地に行く前の日や、楽しみにしていた漫画の発売日、今では失ってしまったそんなシンプルな高揚感に僕は包まれた。そしてのちにそれは恋だと知った。三十代でようやく恋をしてしまった。そしてそれは失恋も同時に教えてくれた。


 翌日は朝から忙しかった。朝風呂に入って体を洗って髭をそった。デート用の服がないから新調しに出かけた。カーキ色のカーゴパンツと、黒のMA-1ジャケットを買った。決まりすぎないカジュアルな服にした。念のためデートのお礼用のプレゼントも買った。ハーブティーのパックのセットにした。家に帰ると、女性とのデートの基本という記事を時間ギリギリまで読んだ。


 好意があると知られてはいけない、とどの記事にも書いてある。冷静に、行儀よく、優しく紳士に、これでもかというほど予習をした。なんせ女性とのデートなんて初めてと言ってもいいくらいだから。

約束の一時間前にはスーパーの下についた。さすがに一時間前に店の前にいるのがバレたら気持ち悪がられるかもしれない。三十分、スーパーをうろうろしているとやはり、店員のおばさんに不審がられてしまった。明らかに睨みを利かせている。仕方なくブレスケアと歯ブラシを買って、トイレで念のために歯磨きをしてブレスケアを噛んだ。そして二階に登った。


 約束の時間までまだ二十分あった。頭だけ出してお店の入り口を階段から覗いてみると、お店は真っ暗だった。紫色の光も放っていない。それよりおかしいのはお店の看板も、新鮮空気ありますの張り紙も無くなっていたのだ。

僕はお店の入り口に額を付けて中を覗いてみた。だけど中には何も無くてただの空き部屋だった。僕は登ってきた階段を下りて、ほかに階段が無いか店内を回ってもう一度階段を登ってみた。だけどかえでさんのお店はやっぱり無かった。

 スーパーの店員さんに聞いてることにした。暇そうな店員が僕を怪しんで見ていたおばさんしかいなかったけれど聞いてみた。二階にあったセラピーのお店は今日お休みですか? と。

おばさんは不審な顔を僕に向けてきた。忙しいのに何を言っているんだと言う顔つきにも見える。そして首をかしげてから、二階にはもう何年も何もできてないよ、とおばさんは言った。だけど嘘をついているようには思えなかった。

 僕は外に出て、新鮮野菜の看板の隣を見た。だけどそこにあったはずの新鮮空気の看板は無くなっていた。僕は途方に暮れて、仕方なく着飾った姿のまま誰にも会わずに部屋に戻ることにした。残ったのはカジュアルな服と彼女のために買ったハーブティーセットだけだ。いや、彼女から貰ったアルモンドカズラの苗がある。彼女のいた痕跡を確認しようと、僕は走って部屋に戻った。玄関を開けるとつけっぱなしの紫色の照明は確かにそこにあった。そしてアルモンドカズラの苗も……。


 苗を見ると昨日まで生き生きとしていたはずのツルと葉は、茶色くしおれて干からびたようになっていた。僕はツルを持ち上げて触ってみるとドライフラワーみたいにパリパリと崩れ落ちた。

バラバラになった葉とツルの枯れた姿。それを一つずつ拾ってゴミ袋に入れた。だけど一つだけ、朝顔の花が咲いた後のような種袋があった。僕はそれを拾ってつぶしてみると、小さな種が二つ手のひらで転がった。


 僕はそれを育てることを決めた。育てて成長した頃にまた、かえでさんに会えるような気がするから。僕たちは呼吸で繋がっているから。僕の思い込みでもいい。


 だから新しい土を買って種を埋めて水を上げた。土が乾いたら水を上げて、かえでさんを思って眠った。週に一度あのスーパーに行っては階段を登った。そんな生活をして冬の寒さはいつの間にか、桜の咲く季節になった。僕の植えた種もようやく小さな芽が出てきた。


 芽は緑色の双葉だった。力強く土から生え出している。それを見ればまた僕は、高揚感を味わえると思っていた。だけど僕はどうしようもない空しさに襲われて植木鉢を種ごと、ごみ箱に捨てた。

 そして一度だけ短く「あ」と天井に叫んだ。







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