血流が循環する
「この前連れて帰った子です。女の子なんです。あの子は私と好きなタイプが似ているので喜んでいるかと」
「女の子ですか」と僕言った。それは感覚的に分かっていたけれど、知らないフリをした。
「そうなんです。気づきませんでしたか?」
僕がなんて返そうか悩んでいると、思っていたより初心な子だったのね、とかえでさんが言う。
「いや、とても情熱的で素晴らしい子でした」と僕は正直に言いたいところを黙っておいた。言わなくても僕のした行為はかえでさんにお見通しなのかもしれない。
「とてもいい子ではあります」
「それは良かったです。週に何回行っていますか?呼吸の交換は」
「はじめは週に2.3回だったのですが、今では毎日……」僕は恥ずかしくなりながらそう言った。
「とても気に入ってくれたのですね。うれしいです」
かえでさんの最後の「す」の消え入るような吐息がとても心地いい。その吐息と一緒に消えてなくなりたいとさえ思える。
「それで、セラピーを行う前と後で何か体の変化は感じられましたか?逆に不調なこととか」
「そうですね……。普段運動はしないのですが、このセラピーで血流が良くなったおかげか寝つきも目覚めもよくなった気がします」
正直言えば週に一度自分で処理を行えば済んでいた性欲が、三十代にして中学生並みの強さに戻ってきていた。そんなことはとても言えない。
「なるほど、本来女性向けのセラピーだったので男性にはどのような効果があるのか、何も起きないのか不安だったのですが、女性とも似たような効果が実感できるようで安心しました。今日はアロマも焚いてやって見ましょう。より効果が発揮できると思います」
服を脱いでいると鼻の裏を刺すような甘い匂いがしてきた。その匂いには重みがあって吸い込むと体は血糖値が上がったみたいに重くなる。僕は服を綺麗に畳んで脱衣所を出た。頭の中では何度も、かえでさんの前でこの姿でいたせいか恥ずかしさは無かった。僕は言われる前に台に横たわって仰向けになった。
「聴覚からも深く中に入り込みましょう。これはアフリカの奥地で儀式に使われるマルフェーユという金属の器の音です。その外側を石で叩いて音を鳴らしています。叩く石によって音も変わって、その人にあった音が見つかるんです。これは録音ですけど、私の気に入った音です」
かえでさんはスマホを操作すると店内には、キーン、キーンと一定のリズムの金属音が鳴り始めた。その音は鳴るたびに外側から鼓膜を圧迫してくるような鋭い金属音だった。お坊さんの叩くおりんみたいなものです、とかえでさんが言った。
「おりん? あの鉄の器みたいな?」
「そうです。まあ、日本のそれと違って色鮮やかな赤い色でデザインが入っています。動物の血で装飾を施しているんです」
日本では考えられないですね、と僕は言うとアフリカですからとかえでさんは笑みを作りながら言った。かえでさんは前回とは違って雑談をしながら僕の体を丁寧に拭いてくれた。アフリカに言って食べたものの話、森の奥で一人迷子になって泣いてしまった話、アフリカの人たちは仲良くなればとても優しいという話、かえでさんはとても楽しそうに話した。そしてぽつりと、また行きたいな、と小声でつぶやいた。
僕は行かないんですか? と聞こうとしたけれど彼女がそこだけ小声でつぶやいたのは何か行けない原因があるのかもしれない、と黙ったままでいた。
アルモンドカズラの葉を僕の足先からすべての肌に張り付けていく。丁寧に彼女の細くて冷たい指先が僕の肌の上を働き蟻のようにせっせと動く。蟻が葉を運んで地面に降ろす。その足取りにはくすぐったさも感じた。僕の肌は埋め尽くされて、言われる前に舌を出した。かえでさんは、お利口ねと言ってくれているみたいに僕の舌の上に最後の葉を乗せた。
部屋の湿度と鼻を突く香り、金属音と肌に触れる葉の感触、感覚が瞼の裏側で映像となってまとまった。
アフリカ奥地の森の中にある小さな村の小さな小屋の中で僕はかえでさんと向かい合って座禅を組んでいる。村の子供がマルフェーユを一定に叩く。十三歳の男の子だ。短い黒髪で伸びきったタンクトップに半ズボンを履いている。これはかえでさんが、この男の子にあげた彼女のお古だ。小屋の中ではお香も焚かれている。煙はモクモクと小屋の天井に着く前に透明に溶けていく。外は雨でいつもより湿度が高い。そして僕とかえでさんは一つのとても長いアルモンドカズラのつると葉をお互いの体の中心軸に張り付ける。僕たちはそれを通信ケーブルのようなものの代わりに使ってお互いの体を呼吸となって行き来する。僕から吐かれた息がアルモンドカズラの葉に伝わりツタを伝って彼女の体に張り付く葉へ、そして彼女の中へ入りこむ。彼女も僕の体へと息となって流れ込んできてきて僕はそれを吸い込んで受け入れる。
僕の右腕に注射針を指して彼女の腕に管を繋いで血を流す。それと同時に彼女に注射針を刺して僕の左腕に血が流れ込む。僕たちはそんな感じの循環をしていた。巡り巡り、周り周り、僕たちは一つになった。
目を覚ますと僕は眠りについていたようで、かえでさんはおはようございますと僕にはにかんだ。どれくらい寝てしまっていましたか、と聞くと二時間ほどと彼女は言った。
「すみません、お仕事の邪魔になっていませんか」
僕の体からすでにアルモンドカズラの葉は取り除かれていた。そして体には薄いタオルをかけてくれいた。
「大丈夫です、予約は無いので暇なんです」
誰かとこんなに一つになると言う感覚は生まれて初めてだった。とはいえ僕は夢を見ただけのことで現実に起きているわけじゃない。だけど僕はこの感覚を現実にしたかった。
それ以外には何もいらないと思えるくらいにそう思えた。だから生まれて初めてのデートの誘いをした。いや、中学生の頃に一度だけして断られた記憶がある。それがトラウマで女性を誘うことが怖かった。だけどそんなこともどうでもいいくらいに、自分の気持ちを伝えたかった。人が誰かと一つになるには、気持ちを直接伝えるしかない。
「食事に、行きませんか」




