植物たちの寝息
これはまるで無重力空間で浮いているような、体は確かにここにあるのに魂だけ抜け出しているような、そんな感覚だった。そして呼吸が早くなって、心臓の音も早まる。僕は自分が興奮状態にいるのが分かった。射精の前のこみあげてくる感じ、生まれて初めて親に嘘をついた時の感じ、宝くじに当たったリアルな夢を見た時の感じ、そんな高揚感だった。体に勝手に力が入ってきて、僕は全身が痙攣するように身震いした。
上半身を起き上がらせると蛍光灯が光って目が痛かった。張り付いた葉がパラパラと体から剝がれていく。僕は荒くなった息を整えていると、お疲れさまでした、とかえでさんが言った。明るい光の下で見るかえでさんの顔は想像とはだいぶ違かった。
僕は確実に射精をしてしまったと思ったのに、自分の体を確認してみてもそんな痕跡は無かった。呼吸が整うと体が軽く感じた。血流が良くなったからか、僕は肩を回してみた。元々肩を懲りやすい方では無かったが肩の動きは柔軟もしていないのにスムーズに感じる。かえでさんはアルモンドカズラのつるを巻きながら僕の体から回収していく。緑色の葉は生き生きとしているように見えた。葉の形は頭の真ん中が凹んでいてハート型のような葉だった。
「この子たちも喜んでいます」
「分かるんですか?」
「黒川さんには聞こえませんでしたか?」
「聞こえたと……思います。それよりなんで私の名前を?」
「先ほどの申込用紙から」とかえでさんは笑った。僕は服を着て代金を支払った。新鮮な空気ありますの体験は一言では言い表せれない、そんなものだった。支払いが終わるとかえでさんは苗を一つ、僕に渡してきた。3号鉢に植え替えて、丁寧にビニール袋に入れてくれた。アルモンドカズラの長いつるは鉢から垂れさがっていて、かえでさんは蛇が壺に入り込むようにするすると袋の中にしまった。
「この子が黒川さんを気に入ったようなんです。もしよければ連れて行ってくれませんかね。2日に1度水を上げて、このライトの下に置いといていただければとりあえずは育ちます。加湿器もあると良いですね。そしてたまに、この子を黒川さんと交じり合ってもらえれば大きくなります。今みたいに、体に張り付けて電気を消す。今回ほどではありませんが似たような体感ができると思います。もしこの子が本当に、黒川さんのベストパートナーならさらに、すごい体験までいけるはずですよ」
かえでさんから苗を受け取って、ありがとうございますと言って店を出た。扉が閉まるとお店の中からはまた紫色の光が見えた。
明るい照明の下で見るかえでさんの顔は暗がりでの印象よりも遥かによく思えた。肌はきめ細やかな白い肌で、森の中で焚火を囲んで葉っぱを吸うようなそばかすだらけのイメージであるヒッピーとは全く違った。どちらかというと雪国の寒い地域で大切に育てられたみたいな、そんな肌をしていた。大きな丸眼鏡の印象も、明るい所で見ると顔に似合って正直可愛いとさえ思った。指も長くて、爪は装飾はされずとも透明に輝いていていた。あの指で僕の体に触れていたのかと不純な興奮をしてしまう。
貰った鉢を見てみると受け皿が無いと、近くのホームセンターで受け皿だけ購入した。栄養剤が目に入ってついでに買おうかと思ったけれど、かえでさんは特に言っていなかった。必要なら言ってきたはずだろう。鉢は白色で、どうせなら同色の受け皿が欲しかった。だけどちょうど品切れで茶色の受け皿を買った。部屋に帰って置き場所を探してみると、余分に置くスペースも棚も無くて、僕は空いたコンセントが唯一あるキッチンの床に置いた。冷蔵庫と炊飯器しかないからコンセントの穴が余っていた。小型のスタンド照明をつけるとあの店と同じ紫色が光る。この光はかえでさんと繋がっている。光を見るとかえでさんに触れられた体の感触が首元からペニスまで鮮明に思い出される。
それと同時に急激な眠気に襲われた。性欲と睡魔に迷った挙句、僕は何もせずに布団に横たわった。睡魔には勝てなかった。
そして一度眠り、かえでさんの夢を見た。かえでさんと植物園に行く夢だった。植物園にはアルモンドカズラの葉しかなくて、それがジャングルのように背を高く生い茂っていた。そしてその葉、ツルが蛇のように動き回っていて僕たちはそれを見て楽しんだ。見ている間に恐怖感は無かったのに、ツルが僕の足首に巻き付いてきて、するすると首元まで伸びて身動きができなくなったところで恐怖になった。夢の中で叫んで、目が覚めた。
布団に移動して横になった記憶があるのに、僕は布団にはいなかった。どこからが夢だったのか、短い夢なのにとても現実味があった。僕はキッチンの床で寝てしまっていたらしい。硬い床で寝ていたせいで背中が痛んだ。体を起こすと右手に何か違和感があった。右手の小指にアルモンドカズラの先端が巻き付いていた。まるで指切りげんまんの優しい絡みつきのように感じた。僕はそれを外してツルを鉢植えの方にしまう。アルモンドカズラは紫色の光の下に落ち着いた。
とてもお腹がすいてパスタを茹でた。1.5人前の量を掴んで沸いた鍋に入れて塩を一つまみ入れた。ソースはレンジで温めるレトルトでカルボナーラにした。それを食べて、お風呂に入って、洗濯物を回して、干して、それをしている間ずっと僕の頭の中はあの絶頂ともいえる快感と、かえでさんに触れられたいという欲求でいっぱいだった。
空腹が満たされて体も清められた。僕はあの体験をまた味わえるか試してみた。かえでさんが帰り際に説明してくれたことを思い出しながら。
「家でフレッシュエアセラピーを行う場合は全身を覆うほどの葉っぱが無いので、体の中心軸をメインにアルモンドカズラの葉を貼り付けてください。体の中心軸にある部位、舌と性器、この2つは特にアルモンドカズラとの呼吸を濃密にさせます。エネルギーを使うので、ご飯を食べて体を洗って清めて、葉を貼り付けて電気を消してください。お店より時間はかかるかもしれませんけど」
準備は万端だ。
部屋のライトのリモコンを近くに置いて服を脱いだ。お店の時の恥ずかしさはもちろんない。だけどむしろ見られたいとよこしまな気持ちが出てきた。全部脱いでキッチンの床にお尻をつけた。冷たい。そしてアルモンドカズラの葉をペニスから中心軸に沿って体の上部へと張り付けていく。お店ほどの湿度もないし、肌も汗ばんでいない。けれどアルモンドカズラの葉は不思議と僕の肌に吸着する。おへそ、みぞおち、胸の間。首元、顎下まで張りつけると残った葉はちょうどよく1枚だけだった。




