第4話 入学編Ⅳ
セダンとマナが学園に登校したのは、始業時刻よりもかなり早い時間だった。
石畳の広場にはまだ人影が少なく、朝の空気だけが妙に澄んでいる。
正面の掲示板には、新入生のクラス分けが張り出されていた。
人だかりはまばらで、紙の前に立つ者も数えるほどしかいない。
「今期は4クラスあるみたいだね」
1クラス25人。合計4組。
視線を下へ滑らせていき――セダンの指が止まった。
「……1組」
そのすぐ隣に、マナの名前もあった。
「一緒だね」
マナが少しだけ声を弾ませる。
セダンも、無意識のうちに頷いていた。
指定された教室の扉を開くと、中にはまだ誰もいなかった。
朝の光が窓から差し込み、机と椅子の影を床に落としている。
教室前方の黒板に、席順が張り出されていた。
「え……」
マナが小さく声を漏らす。
セダンも視線を追って、すぐに理由を理解した。
二人の名前は――隣同士だった。
「横だ」
「横だね」
確認するように言い合ってから、二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
とりあえず指定通り、並んで席に座る。
静かな教室。
それだけで、少しだけ胸が落ち着いた。
10分ほどすると、少しずつ生徒が入ってき始めた。
だが、セダンと目を合わせようとする者はほとんどいない。
入学式の一件か。
それとも、試験で測定された“神素量10”のことか。
理由は分からなかったが、セダン自身はあまり気にしていなかった。
入学式の時のように、誰かが話しかけてくるかもしれない。
そう思っていた。
実際、マナの周りはすぐに賑やかになった。
「8位なんてすごいね」
「頼りにしてるよ」
「友達になろう!」
次々に声をかけられ、マナは少し戸惑いながらも応じている。
その様子を横目に見て、セダンはほんの少しだけ羨ましくなった。
時計を見る。
九時まで、あと10分。
学園に来てから約1時間。
教室の9割以上はすでに埋まっていた。
主席のリュウノ王子。
目つきが悪く、見たことのない髪型でやたら声の大きい生徒。
本当に、いろいろな人間がいる。
その中で、セダンに話しかけてきたのは一人だけだった。
「これからよろしくな」
横の席の男子――スンズ・ナイレン。
身長は165センチほどで、少し太め。
茶色の髪をオールバックにしている。
順位は34位だと、少し誇らしげに教えてくれた。
会話はそれだけだったが、
セダンにとっては、それだけで十分だった。
その余韻に浸っていた時――
背後から、嫌に大きな声が落ちてきた。
「……貴様の分際で、その席に座る理由を聞かせてもらおうか」
振り返ると、ロウリーが立っていた。
口元を歪め、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「席順通りだけど?」
「その席を譲れ」
「なんで?」
「この席は、俺に相応しい」
「やだ」
次の瞬間、セダンの目の前に拳が現れた。
反射的に身体を引き、ギリギリでかわす。
ロウリーは舌打ちし、険しい顔で立っている。
「……理解していないようだな」
「貴様が、誰に向かって口を利いているのかを言っている」
「前に貼られた紙通りに――」
「紙切れの指示などどうでもいい。俺が動けと言った――それで十分だろう」
「だから、いや......」
言い終わる前に胸ぐらを掴まれた、その時。
「――その手を離しなさい」
背後から、マナの声が響いた。
「右腕がなくなるわよ」
同時に、召喚陣が展開される。
現れたのは、刀を携えたキリマロ。
「若に傷一つでも負わせてみろ。その腕、斬り落とす」
教室がざわめいた。
「召喚の加護!?」
「あれが8位……!」
さすがにロウリーも、手を離す。
キリマロは静かに刀を収めた。
「女に庇われて立つとは……随分と滑稽だな」
ロウリーが吐き捨てる。
セダンは、正直に答えた。
「恥ずかしいよ。守るって決めていたのに……また守られたし……」
拳を見つめる。
「いっぱい修行した。強くなったはずだったのに」
マナが隣に来て、肩に手を置いた。
「大丈夫。あんなに頑張ってたんだから。自信持って」
「強くなってないだろう!」
ロウリーが割り込む。
「98位、だったな。修練を積んでその到達点とは……」
ロウリーは、嘲るように息を吐いた。
「なるほど。その程度にしか育てられなかった家が、無能でないはずもない」
――空気が変わった。
「……なんて?」
セダンの声が、低くなる。
「今、なんて言った?」
「……聞き取れなかったのか?」
ロウリーは、わざと一拍置いてから続けた。
「98位。それが、貴様が積み重ねてきた修練の到達点だ」
薄く笑う。
「この結果を見てなお否定するのなら、言葉を選ぼう。貴様の家系は――無能だ」
「どれほど鍛えようと、この程度にしか至らぬ。
才能も、導く力も、何一つ備えていない」
「無能が無能を育て、また無能を生む。実に、分かりやすい血の系譜だな」
セダンは、基本的に怒らない。
自分に興味がないからだ。
ただ一つ――家族を除いて。
セダンにとって、家族はすべてだった。
「セダン! 今はダメ!」
マナが必死に止める。
「もうすぐ教官が来るから! 終わってからにしよう、ね?」
「大丈夫......その前に終わるから」
拳に、青い光が集まる。
「その身の限界を教えてやろう」
ロウリーが笑った、その瞬間。
「邪魔」
低い声。
次の瞬間、ロウリーの身体が前方へ吹き飛んだ。
凄まじい勢いで、壁に頭から突き刺さる。
教室中の視線が、その方向に集まる。
――ただ一人、セダンを除いて。
セダンは反射的に、横を見た。
いつの間にか、少女が立っていた。
顔は分からない。
足音を聞いた記憶もない。
少女は何も言わず、何も見ず、
セダンの横を静かに通り過ぎる。
風でもない何かが、頬をかすめた気がした。
少女は教室の奥、三つ横の席に座る。
まるで、最初からそこにいるべきだったかのように。
その時、前の扉が開いた。
「おはよぅ〜?」
間の抜けた声。
入ってきたのは、銀髪を無造作に伸ばした男だった。
制服らしきものを着ているが、整っているとは言い難い。
眠そうな目、気だるげな猫背。
それでも、教室の空気は一瞬で静まった。
「今期の新入生は、スゴいな〜」
男は壁に刺さったロウリーを一瞥し、気にも留めず言った。
「じゃあとりあえず、みんな席に着きな〜」
こうして、セダンの学園生活最初の授業が始まる。




