第9話 入学編Ⅸ
昼食を終え、再びホールへ戻ると、すでにサスカ教官は中央で待っていた。
壁にもたれかかる姿は相変わらず気だるげだ。眠そうな目、力の抜けた立ち姿。だが、時計を見るまでもなくわかる。時間ぴったりだ。
(この人、絶対サボらないタイプだよな……)
セダン達は小さく思った。
やがて全員が揃うと、サスカは片手をひらひらと振った。
「よ〜し、午後は予定通り神素石をはめた人形たちと戦ってもらうぞ〜?」
ざわ、と空気が揺れる。
「午前の時も言ったが、ここからは別次元だぞ〜。ここからは何人かの教官についてもらうからな〜」
その言葉と同時に、ホールの奥から三人の教官が歩いてきた。
一人は午前中にも姿を見せていたアリア教官。
その隣には、水色の長い髪を揺らす女性。
さらにその横には、黒髪のアフロに顎髭を蓄えた男。
まずアリアが一歩前に出る。
「皆さん、こんにちは。午前中もいたので見かけた方もいらっしゃるかもしれませんが、自己紹介をしておきます。今期の補佐教官を務めます、アリア・オーストラと申します。皆さんこれから、よろしくお願いします」
丁寧で隙のない一礼。
続いて、水色の髪の女性が元気よく前に出た。
「はいはーい、私も今期の補佐教官に任命されました〜!ジニー・リュウトウで〜す!好きなタイプは可愛い子です!よろしくね〜!」
一瞬、静まり返る空間。
「ちょっと公私混同は抑えなさい!」
アリアが即座にツッコミを入れる。
「え〜?別にしてないですよ〜?そ・れ・よ・り〜先輩も気になってる子がいるんじゃないですか?午前中は別に予定入ってなかったでしょ〜?それなのに?」
「静かになさい。あなたとは別の理由よ」
冷たい視線。
「ほんまお前はいつも騒がしいなぁ」
最後にアフロの男が前に出た。
「お前ら、すまんな!ナンヤデナン・マッカや!気合い入っとるやつは大歓迎やで!ワイらがちゃんと見とるさかい、遠慮せんとぶつかってこい!よろしくな!」
三者三様。
だがサスカは、何事もなかったかのように進める。
「じゃ、早速やっていくか。神素石ってのは結構貴重でな、4つしかなくてな、適当に分かれてくれ〜」
生徒たちは慌ててグループを作る。
セダンはマナ、スンズ、そして昼食時に一緒だった三人と組むことになった。
教官たちも散らばる。
セダンたちの前に立ったのは――ジニーだった。
「よろしくね〜?」
どこか楽しそうな目。
ホール中央には、人型の訓練人形が並んでいる。胸部には淡く光る石――神素石。
スンズが一歩前に出た。
「俺が確かめてみる」
「じゃあいくよ〜?」
ジニーの声と同時に、人形が起動する。
全身から淡い光がゆっくりと溢れ出し、関節や胴体の継ぎ目をなぞるように巡っていくその様子は、まるで血管の代わりに神素が流れているかのようで、それが起動の合図であることを否応なく理解させた。
神素が流れている証。
それに呼応するように、スンズの身体からも淡いオーラが立ち上るが、それは一点に集約されたものではなく、全身から均等に滲み出るように揺らめいており、まだ粗削りな制御のまま外気を震わせていた。
次の瞬間、人形はためらいなく右腕を前に突き出し、掌に集まった神素をそのまま弾き出す。
――加護弾。
基本技であるはずのそれは、午前の訓練よりも速く、重い。
「っぶね……!」
スンズは咄嗟に身体を横へ流し、頬を掠める熱を感じながら紙一重で躱すが、背後の床に直撃した弾は石材を砕き、衝撃とともに粉塵を舞い上げた。
しかし人形は弾を放った直後にはすでに踏み込んでおり、重い足音を響かせながら一直線に距離を詰め、その質量と勢いで押し潰そうとする。
スンズは後退しながら牽制の加護弾を連続で放つが、それらは身体のどこか一点から放たれているのではなく、全身から溢れる神素の流れをそのまま腕へ乗せるような粗い撃ち方で、それでも実戦慣れした反応速度によって的確に相手の軌道を制限していく。
そのうちの一発が肩部へ命中し、火花のように神素を散らしたことで、人形の体勢がわずかに揺らぐ。
その刹那、スンズは狙いを足元へ切り替え、間髪入れずに加護弾を撃ち込むと、膝関節に衝撃が走り、巨体が大きく傾いた。
倒れ込むその瞬間、彼は地面を強く蹴って一気に間合いを詰め、距離を潰した状態で腕を振り抜く。
至近距離から放たれた一撃が頭部に直撃し、内部で弾けた神素が鈍い破裂音を立てる。
人形の光が断続的に明滅し、やがて完全に消えた。
動力を失った巨体が静かに崩れ落ち、焦げた匂いと粉塵だけが残る。
「ふーーー、いや〜焦ったな。意外に早かったぜ」
ジニーが親指を立てる。
「君、中々やるね?無傷でここを切り抜ける人は結構少ないよ?うん!いいね!」
「ありがとうございます」
戻ってきたスンズは言う。
「確かに結構きついぞ?」
「そうなんだ。確かにちょっと戦い方を変えてきてたね」
セダンは冷静に分析していた。
「人形の修復終わったよ〜次の人来て〜」
マナが前へ出る。
「次は私がいくわ。セダンもしっかりと見ててね!」
「うん。わかった!」
「よろしくお願いします!」
ジニーが目を細める。
「君があの英雄リザルド・ロードさんの娘ちゃんね、期待してるわよ」
マナの胸が高鳴る。
(今日はセダンに全然見てもらってない……ここで見せる)
人形起動の無機質な駆動音が訓練場に低く響いた瞬間、
マナは呼吸一つ乱すことなくキリマロを召喚し、
人形起動の駆動音が鳴り響いた瞬間、
マナが迷いなく召喚したキリマロは空間に滲んだ神素を束ねて白銀の刃を形作り、
人形が踏み込んで腕を振り上げるよりも早く前へ滑るように踏み込みながら一直線に振り抜かれたその一閃は空気を裂いて軌跡だけを残し、
迎撃の構えすら取らせぬまま人形の胴を正確に断ち切り、
その身体はわずかな静止ののち腰から真っ二つに分かれて内部の光を散らしながら崩れ落ちた。
衝撃も抵抗もない圧倒的な決着のあとに残された静寂の中でただ一人、
目を輝かせてその一部始終を見つめていたセダンの真っ直ぐな視線が自分へ向けられていると気づいた瞬間、
マナの胸の奥には言葉にするまでもない満足と誇り、
そして彼の期待に応えられたという確かな実感が静かに、しかし確実に満ちていった。
だがジニーが近づく。
「すごいね!やっぱり英雄の娘ちゃんは伊達じゃないね!」
そして、顔を寄せて小声で。
「でも、眷属だよりじゃいずれ勝てなくなるよ?」
その言葉に、マナはわずかに眉をひそめた。
戻ると、セダンが手を握る。
「マナちゃんやっぱカッコよかった!僕も頑張るね!」
セダンの「カッコよかった」という一言が胸の奥に真っ直ぐ届いた瞬間、張り詰めていた緊張がふっと解け、彼にだけ向ける優しい光が瞳に宿り、頬がゆっくりと柔らかく綻んだ。
修復が終わる。
「次の子きて〜」
セダンが前に出た。
ジニーがこれまでにない速さで近づく。
「君がセダン君ね!話は聞いてたわ。君の頑張り期待してるね!」
セダンは静かに頷くと、余計な力を抜いたまま人形へと向き直り、起動と同時に放たれた青白い加護弾を真正面から見据えながら一歩も退かず、迫り来る神素の塊をわずかに持ち上げた右手で弾き返した。
弾かれた加護弾は軌道を変えて観客席側の防護結界へと逸れ、乾いた破裂音を響かせながら弾け、その異様な対処法に周囲が一瞬ざわめく。
しかしセダンは振り返りもせず、足裏へと神素を流し込むと同時に床を蹴り、爆ぜるような踏み込みで一気に間合いを詰める。
人形が迎撃に左腕を振りかぶるよりも早く、セダンは真正面から左拳を打ち出し、衝突の瞬間に鳴り響いたパァンという乾いた音とともに人形の左腕を内側から砕き散らす。
砕けた破片が宙を舞う中、のけぞった人形へと踏み込みを繋げたセダンは間髪入れず右拳を振り抜き、再び響いた破裂音とともに頭部を粉砕する。
光を失った人形は力なく崩れ落ち、先ほどまでの戦闘音が嘘のように消え、空間には静寂だけが残った。
同じグループの生徒たちは言葉を失い、ただ目を見開いたまま立ち尽くしている。
セダンがゆっくりと息を吐き、握っていた拳を解いた、その瞬間――
不意に視界が水色に染まり、次の瞬間には柔らかな感触が胸元に押し当てられ、ふわりと甘い香りとともに身体が包み込まれた。
ぎゅっ、と遠慮のない力で正面から抱きしめられ、思わず視線を落とすと、満面の笑みを浮かべたジニーがすぐ目の前にいた。
「?どうしたんですか、教官?」
「う〜〜ん!ほんっとに最っ高!ねえ、セダン君、私のお婿さんにならない?私結構優良物件だよ〜?」
マナが凄い形相で駆け寄る。
「なにしてるんですかっっ!?今すぐ離れてくださいっ!」
「ねぇ〜?どうなの?いいでしょ〜?セダン君」
「オムコサン……てなんですか?」
「お婿さんはね〜結婚して〜一緒に家族になるってことだよ〜」
「家族……家族なら別にい……」
「そんなの許されません!早く離れてください!」
なんとか引き剥がすマナ。
セダンに向き直る。
「これからは勝手に決めるの禁止だから!絶っっ対私に相談して!」
「え、う、うん……」
周囲から苦笑が漏れる。
その日の訓練を無傷で切り抜けたのは――
一位のリュウノ。
五位の生徒。
マナ。
そして、セダン。
サスカはその四人を静かに見ていた。
その目が、ほんの一瞬だけ細められた。
「……面白くなってきたな」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
*
サスカが軽く手を叩き、訓練場の空気を引き締める。
「言い忘れたんだけど〜実はな?今週の最後にクラス対抗で、さっきの人形を使って大会みたいなのをすることになっててな?今日はそれに出る代表選手を決める予定だったんだ」
一瞬の沈黙。
そして――ざわり、と空気が波立つ。
疲労の残る生徒たちの目に、再び火が灯る。
「んで、出るやつはもう決定したぞ〜」
サスカは淡々と続けた。
「まず、リュウノ。ヤン。マナ。スンズ。そして――セダン、お前に出てもらう」
一拍遅れて、先ほどよりも大きなどよめきが爆発した。
「なんであいつが!?」
「98位のくせに!?」
「大丈夫かよ……」
クラス中が騒然とする中、ついにロウリーが立ち上がった。
「な、なぜだァァ!!」
低く抑えていた声が、怒りと悔しさで爆発する。
その声は訓練場の端まで響き渡り、一瞬でざわめきを支配した。
「順位も、実績も、俺たちより上の奴らがいるはずだろうが!!
どうして98位のそいつが代表だって言うんだ!!」
拳を振り上げ、感情を全身で表すロウリー。
顔は真っ赤、目には火が灯っている。
周囲の生徒たちも息を飲み、ざわめきが一段と大きくなる。
しかしその声を一喝するかのように、アリアが一歩前に出る。
「これは、私たちが話し合い決めた結果です。異論は認めません」
その声音は穏やかだが、鋼のように硬く、有無を言わせなかった。
ロウリーは一瞬口を噤む。
だが拳の握りは緩まず、その目だけは、明らかにセダンへと燃え盛る挑戦の炎を注ぎ続けていた。
サスカは肩をすくめる。
「じゃあ、今日は解散!お疲れさん。大会、期待してるぞ〜」
そう言い残し、教官たちは去っていく。
残された生徒たちの視線が、自然と一人へ向く。
セダン。
賞賛でもない、純粋な信頼でもない、何かを測るような目。
その中で――
ロウリーは、無言で拳を握っていた。
納得できるはずがない。
自分より下の順位の男が、代表に選ばれるなど。
あの戦いが評価された?
それだけで?
胸の奥で燻る感情が、ゆっくりと形を持つ。
大会までに――潰す。
その決意だけが、静かに固まっていった。




