世代論
板垣にとってこの話題は好みだったらしく、話は続くのであった。
「アイドルねえ。やっぱり1980年代の松田聖子ちゃんね。これがアイドルのそのものの定義を決定づけたよねえ。圧倒的なオーラだったから。眩しかったからね」
「まあ、そうだね。1980年代とは何だったのかということと、アイドル論ってのは、教養人は、必ず考えなきゃいけない関門の一つだと思うけど、ここを蔑ろにして、バカみたいな顔しているのが、今の一般大衆のクソどもらなわけでしょ」
「と言いますと、あなたの中では総括できていると」
「うん。つまり、僕(この小説の主人公)がクンダリニーヨーガとか、ヴィパッサナーヨーガとかにハマっているのも、この1980年代の根明な時代を通して、延々とテレビを見まくって、明るさとは何たるか、ということを知り尽くしたからなんだよ。つまり、くだらねえってことでしょ。で、1990年代は暗くなる。暗黒世代。(あるいは小室世代)2000年代はゆとり世代になる。2010年代は携帯世代。ここなんだよ。今2020年代はAI世代だよ。で、君は2030年代はどうなると思う?」
「え?え?な、なんだろう」
「もう、ヒントは出ているよ」
「うーんと。そうだな。ニート世代。みんなニートになっておめでとう!みたいな」
「近いな。じゃ、答え合わせしようか。瞑想世代だるお!」
「はぐわっ」
「俺はその点、昔から瞑想本。スピリチュアル系の本を読みまくっていたから、準備万端、怠りはないよ!特に、禅系の本も読みまくったからね。特に『仏教3・0』という本はわかりやすくて面白かった。あれは、ヴィパッサナー瞑想の概念図をそのまま教えてくれたんだろうね」
「ヴィパッサナー瞑想っつーのはなんなん」
「これは、僕のアカウント(サットサング珍蔵)の活動報告に書いておくから読んでみてくれ。映画を見ているようなもんなんだ。いろんな映像が映るね。で、その映像があたかも自分であるかのように勘違いする。でも、それは自分じゃないんだ。映像でしかないんだね。大切なのは、映像を見ている自分を意識することなんだよ」
「ほほう」
「まるで、キャラメルコーンの昔のCMのような唸り声をあげたね。これは空と雲の関係に近い。あなたは、内面世界の空を見上げている。喜怒哀楽の雲が流れて行く。時にその雲に同化してしまうが、それは常に動いているので、流れて行く。あなたの思っている自我、私というのも、この雲の集まりなんだよね。どの雲にフォーカスするかって話なんだ」
「なるー」




