プロローグ
「はあっ、はあっ、はあっ。っんぐ、はあっ、はあっ!」
動け、走れ、とにかく前に行け!周りなんて気にするな。口の中で血の味がしても、全身が疲労で震えても、冷静な思考ができなくても、とにかく前に!
「お〜い子猫ちゃん。もう鬼ごっこはその辺してさ、そろそろ俺に捕まってくれない?」
曲がり角からあいつの声が聞こえた。このまま真直ぐ行ったら捕まる!
「あれ、いない。おっかしいなー足音からしてここらへんだったんだけど。どっかに隠れたのかな、しらみつぶしにそこら辺探るか」
狭い道ではあるものの物は溢れかえっている。人一人が隠れるには困らないが・・・
「っっふっ、っっっふっ、っっっっふっ」
近くにあった箱の中に無理やり体を丸めて何とか隠れることはできたもののさっきまで全力で走っていたから呼吸が苦しい。そんな状態でいきなり息を潜めるなんてことをしたらさらに苦しいに決まっている。
思考が安定しないし恐怖と焦りで心臓の鼓動が激しくなり周囲の音に集中もできない。今あいつがどこにいるのかすらも把握できない。
近くにいるのか、それとも他の所を探しているのか、動いて良いのか、じっとしているべきなのか・・・。
「嫌だ・・・怖い。誰か・・・助けて」
その声が箱の中で響く。
しかしこの声が誰かに届くことなんてない、仮に届いたとしても今の私は・・・・。
闇の中の孤独というのはこういうものなのだろうか。今まで自分と同じようなことが起きた人達もこんな風に誰かに追われ、身の危険を感じて逃げて、逃げ続けて孤独なまま捕まったのだろう。その先のことなんて考えたくない。
嫌だ。まだ死にたくない、こんな理不尽に苛まれて訳が分からない体質になって、怖い連中に捕まって自分の意思に関係なく人生が終わるなんて・・・。
「おーい。聞こえてるなら諦めて出てきてくれない?俺もいつまでも付き合ってらんないし、早いとこ君を連れて行かなきゃ怒られるちゃうよ。安心しなよ、向こうは優しく扱ってくれるよ君の余計な部分を取り除いた後でね。俺も少し興味があるんだよ、君のその体にね」
「!?」
近くであいつの声がした。
思わず体が恐怖で跳ね上がる所だった。この箱を隔てた目と鼻の先にいる。全身の血が冷えて顔まで真っ青になるのを実感する。
「・・・・・・・・・・ちっ!」
ドガッという音と共に箱が衝撃で激しく揺れた。恐らくイラつきが限界に達して物に当たりだしたのだろう。なおも箱を力づくで蹴り続け箱も転がり続ける。けど中にいる人にとって突然狭い空間が暴れ出したのだからたまったもんじゃない。全ての時間が一瞬で過ぎ去り何がどうなっているのかも分からない。
何が起きたのか理解がようやく追いつくと頭に衝撃が走り瞼が自然と閉じた。