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08.影の魔物

「な、何だよ、急に……」

 エストレを見ながらバンシュは笑ってごまかそうとしたが、その顔は完全に引きつっている。

「それは魔石です。あなたには単なる装飾品に見えるでしょうが、それは魔法道具です。不用意に触れては危険……」

 エストレが言い終わらないうちに、ぴしっと音がして赤い魔石にひびが入った。さっき落ちた時の衝撃のせいだろうか。

 だけど、魔石はそう簡単に割れるものじゃない。何かしらの力が無理に加わって、もろくなっていたのかも。

 とにかく、頻繁にあってはならない状況なんだ。

「え……え……」

 青白い顔のまま、バンシュがイヤリングを見詰める。そんな彼の前で、魔石のひび部分から黒い煙が現れた。

 さっきの鏡からは白い煙が出たけど、今度は黒かよ。……何か面倒なことが起きそうな気配。

 かんべんしてくれよ。今回は、廃屋での廃品回収じゃなかったのか。初仕事でこれ? 夢なら覚めろ。

 心の中で泣き言を並べているうちに、黒い煙は天井まで届く。

 元々貴族の別荘だからか、平屋建てだからか、ここは天井が割と高い。俺の身長の三倍は軽く超えそうだ。

 そんな高さまで届いた黒い煙は、消えることなく徐々に形を作ってゆく。

「な、何だよ、これぇ」

 見ていたバンシュの声が裏返る。そう言いたい気持ち、俺にも痛い程わかるぞ。

 本当、何だよ、これ。もう、いやな事態が起きること確定じゃないか。

 やがて、黒い煙は巨木のような形になった。部屋の中に黒い木が立っている状態。葉も見事に茂ってる。全部黒いけど。

 うん、こういう魔物が存在するってことは知ってるし、魔物へ攻撃する練習の授業でも、こんな奴が出たことはある。

 でも、本物はまだ見たことがないし……見たくもなかった!

 黒いから影みたいにも見えるけど、ちゃんと立体だ。恐らく実体ではないだろうけど、とにかく巨木の魔物の念だか力だかが、本体の形を取ってるんだろう。

「あのイヤリングに封じられていたようですね」

 うん、でしょうね。さすがにそれは、俺にも推測できます。

「落ちた衝撃くらいで中のモノが出て来るなんて、道具作りの腕前はあまりいいとは言えませんね」

 遠回しな表現かどうかも微妙だけど、はっきり言えば下手ってことだよな。

「単に下手で終わればいいけど、こんな物を残されると迷惑ですよ」

 落として中身が出るなんて、生卵レベルじゃないかっ。

 さっきのイヤリングがヴェネルの作だとしたら、エストレが言うように腕はよくない。そんな奴が、魔法道具なんて作るなよ。

 もしくは、魔石そのもののレベルが低くて、封じた魔物の力に耐えられなかったか、だ。それで、落ちただけでひびが入った。

 でも、さっきの鏡の例もあるし、腕が悪い、が濃厚だな。

 そもそもどんな失敗をしたら、術者本人が鏡に封じられるんだよ。誰かを封じるならともかく、自分が封じられるって逆に難しそうな気がするぞ。

 ただ、さっきみたいに白骨化してくれていればよかったんだけど、今度は動く影だ。この様子だと、攻撃する力はありそうだな。本体そのものじゃなくても、面倒なパターンだ。

「あ……あそこ……」

 バンシュの声が震えてる。そして、震える指で影をさした。

 それを見たら……え、うわっ。幹の部分に凹凸ができて、顔っぽくなってますけどっ。

 人面樹とか、そういう系の奴か。こういう物から出て来る時点で魔物そのものだけど、あんな顔みたいなのが出たら、ますます魔物さが濃くなる。

 俺、本当に本当にこういうのは、見たくも遭遇したくもなかったんだけどっ。

「こいつ、どうすれば」

「どうやら、本体が出て来る様子はありませんね。それなら、これを消せばこの場は収まります」

 わかるけど……先輩、冷静すぎます。

 言いながら、エストレは影とバンシュの間に防御の壁を出した。これで影がバンシュに襲いかかろうとしても簡単にはできないし、俺達が攻撃をしかけて失敗してもバンシュには当たらなくなる。

 えーと、エストレが壁を出したんだから、その間に俺が攻撃ってことだよな。先手必勝ってことで。

 俺は影を吹き飛ばすべく、風を出した。煙みたいに現れたから、風にちぎれて飛んで行かないかと思ったんだけど……効果はなかった。

「え、うそだろ」

 巨木の形をしている影は、その枝にある葉を飛ばして来た。

 すぐに防御の壁を出したけど、薄いが固そうな何かが当たったような音がする。あんな煙だか影だかわからないような身体をしてるくせに、攻撃はちゃんと実体なのか。それ、ずるくない?

 さらには、伸びる枝を何本も動かし、俺を突き殺そうとする。俺が攻撃をしたから、敵とみなしたんだ。

 葉っぱと違ってその枝、防御の壁や床に当たった時にすっごい音がしてるんですけどっ。こんなの、当たったら本当に身体を貫かれる奴じゃないか。しかも、かなり重量感のある音がしてるぞ。

 壁に攻撃されている音を聞いて、血の気が引いた時。

 影の周りを大きな火が囲んだ。すると、声は出ないけど、幹に現れていた顔みたいな部分が苦しそうに歪む。

 呆然と見ているうちに、巨木の影のような魔物は燃え尽きるようにして消えていった。

 それを見て、俺は大きく安堵(あんど)のため息をつく。

「もう気配は残っていないようですね」

 今の火はもちろん、エストレが出したものだ。でも、魔法の火なので、周囲にある物には一切燃え移っていない。

 失敗、もしくは燃やす意図があれば、魔法の火は自然の火と同じように色々な物を燃やす。でも、今の場合は「あの影だけを燃やす」という意思を持って出されたから、他に被害が出ることはない。

 そうとわかっていても、こうなる前に集めた道具や素材を先に巾着へ入れておいてよかった。万一ってこともあるもんな。

 本当にそんなことになったら、それまでの作業が水の泡になりかねない。貴重な道具類が灰になるってことも。

「火であんなにあっけなく消えるんだ……」

 風で吹き飛ばそうとしても、全然効果がなかったのに。影って火が弱点なのか?

「形が木でしたから。本体が苦手とする属性は、ああいった念のような相手にも通用します」

 魔物でも、植物系の魔物は火を嫌うもんなぁ。あの形を信じればよかったのか。

 後輩とは言え、男として少しくらいはいいところを見せたかったのに……。経験の差があるとは言え、俺はまだ全然ダメだな。

 まだしばらく「新人」という肩書きは、悪い意味で外せそうにない。

「エストレ、無事かっ」

 その言葉と同時に、窓からアルケスが飛び込んで来た。

 飛び込んで来た時は小さなねこサイズだったが、エストレのそばへ行くまでに元の大きさに戻る。

 そのままの大きさで窓から入ったら色々当たってしまう、と考えての行動だろう。

 ほとんどの窓には枠しかないし、ガラスや何かに当たったところで、アルケスには支障など全然ない。頑丈さが、普通の生き物とは違うからな。

 でも、自分の身体に当たった物が飛んで、それがエストレに当たれば、彼女がケガしかねない。

 慌てたような口調だったけど、実はすっごく冷静だな。クールなコンビだ。

「魔物の気配がした。何もなかったか」

「ええ、問題ないわ。心配してくれてありがとう、アルケス」

 そばへ来たアルケスに、エストレはそのたてがみをなでながら答える。

 信頼でつながっている魔法使いと魔獣の関係って、いいよなぁ。

 さっきの魔物の影の気配を、この島のどこかにいたアルケスが感じ取り、急いで助けに来てくれたんだ。

 単なる契約関係だったら、こんなに慌てては来ない。それだけ、お互いのことを思ってるってことだ。

「スペルオ、大丈夫っ」

「おわっ」

 砂色の長い髪をなびかせ……いや、振り乱しながら、アルケスが入って来たのと同じ窓からきゃしゃな少女が飛び込んで来た。

 丸い金色の瞳を持ち、十五、六歳くらいに見える少女は、そのまま俺へ向かって飛び掛かる。その勢いで俺はバランスを崩して床に尻餅をつき、押し倒された。

「だ、大丈夫じゃない、お前のせいで……」

 全然、受け身が取れなかった。

「えー、ごめーん。だって、人間の足だと制御がうまくできなくて」

 予想はできるだろうが、この少女は俺の相棒のロイオンだ。

 アルケスと同じく、ロック鳥の姿でここへ飛び込んだらまずい、という認識だけはあったのだろう。

 でも、アルケスのようにまだ瞬時に身体のサイズを変えられないから、被害の少ない人間の姿になって……というところか。もしくは、この近くを歩き回っていたのかな。

 広くない場所では、鳥よりも人間の姿の方が、地上の移動がしやすいらしい。何か見付けたら、手も使える。

 ロック鳥はその場で滞空できるけど、狭い場所や木の下ではぱたぱたしにくいだろうしな。

 でも、普段はあまり人間の姿にならないから、彼女が言うように制御しきれない。たぶん、慣れなんだろうけど。

 で、今みたいに走って来たら、止まれなくなるらしい。人間の俺からすれば、なんでだよって思うんだけど。

 さっきの魔物の攻撃みたいに、ロック鳥のくちばしで身体を貫かれそうになるよりは、人型に突進される方がましか。今は細身の女の子だし。

 少々難ありではあるものの、ロイオンも俺を心配して駆け付けてくれたんだ。

 それがわかるから、こうして突進されても……痛いけど、まぁ、許せる。

 ロイオンに起こされ、俺は腰をさすりながら立ち上がった。

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