06.残されていたアイテム群
「簡単な作業の時は、少しくらいなら話し相手になれるよ。そこのイスは魔法道具じゃないから、壁際へ持って行って座っていてくれ」
慎重を要しない作業であれば、多少の会話はできる。人にもよるだろうけど、俺はあまり黙々とするのは苦手だからちょうどいい。
バンシュは言われるまま、床に転がっている簡素なイスを壁際へ引っ張って行き、座って俺達の作業を眺めていた。
「仕事で来たって言ってたけど、こんな所でどういう仕事をするの?」
「ここには、魔法使いが住んでいたんだ。魔法道具の研究をしていたらしくてさ。その残っている道具を集めて処分したり、再利用できるようにするんだ」
「掃除屋みたいなもの?」
「まぁ、ちょっと近いかな」
掃除屋かぁ。ちょっと違う気がするけど。俺としては、珍しい魔法道具と出会えるかも知れない、貴重な時間なんだけどな。
魔法道具に分類される物品は、再利用できる物、再利用できるか確認が必要な物、破棄する物に分けられる。こういう廃屋に残っているのは、だいたい破棄される物が多い。
だけど、たまーにお宝みたいなのが出て来たりするって話を聞くから、そこに期待していたりするんだよな。
「それは再利用?」
「そうだな。磨けば、十分に使える」
このリビングで確認できたのは、まず水晶玉。大小のものが数個。特に大きな傷もなく、再利用しても問題ない。
ちゃんと利用できることを確認したら、修学部の見習い魔法使いの練習用に使われたり、いわゆる「中古品」として販売されたりする。
筆も数本出て来た。床に魔方陣を描く時に使われることが多い物だ。魔法で描くことも多いけど、途中で消えたりしないよう、確実性を求める場合に使われる。あと、何度も同じ魔法を使うとわかってる場合とか。
一緒に置いてあった塗料は、残念ながらかぴかぴになっていた。経過時間が長いからな。こちらは、魔力の有無を確認してから破棄だ。
筆の近くで、俺の拳大の白い糸玉が六個、見付かった。白、と言っても、かなり汚れてはいるけど。
「それも魔法道具?」
「小さかったり弱い魔物なら、これだけで拘束することもできる。これをより合わせて縄にすれば、少し強い魔物も拘束できるんだ」
棚の中からは、乳鉢や乳棒も数点出て来た。あと、大小の瓶がいくつか。
これは魔法道具と言うより、魔法効果のある薬を調合する時に使われていた物だろう。欠けたり割れたりしていないようだから、これも見習い魔法使いの練習用に使えそうだ。
再利用できそうなのは、これくらいか。
数冊ある魔法書は、どれもページがぼろぼろだ。それ以外の紙類も、インクがにじんだりかすれたりして判読不能。
枯れ切った植物が、あちこちから結構大量に出て来た。ドライフラワーよりからからになってる。握ったら、あっさり粉々になるレベルだ。
これらは魔力を完全に消して、廃棄。可燃物は、普通に焼却することになる。
そして……一番多いのが、再利用可能かどうか、今すぐに判断できない物。
エストレと一緒にリビング中央へ集めたのは、動物・魔物の骨や角、爪多数。
長短の杖が数本。折れている杖もあり。どうして、こういうのを処分しないのかなぁ。
薬を調合するための、素材を入れる箱。魔法書より少し小さいサイズで、木製と鉄製が一つずつ。それぞれの鍵が近くにあって、中身はなし。
鏡が数面。顔がぎりぎり映る大きさや手鏡サイズ、洗面所にありそうな少し大きめの鏡など。どれも一部にひびが入っていたり、割れていたりしている。
魔法道具を入れる巾着が数枚。これという反応はなし。
さっき見ていた、動物や魔物を入れる檻が三点。鉄格子部分が曲がった物、中に骨が残っている物、何もない物が一点ずつ。
ちなみに、檻は重いのでその場に置いたままだ。
薬の素材らしき植物が、これまた大量。雑に袋に入れられていたり、放置されていたり。
こちらは完全に枯れてないので、使えるかも知れない。時間の経過で効果が著しく低い、という可能性はあるけど。
こんな所だ。書き出してみれば大したことはなさそうだけど、これがリビングのあちこちに散らばっていたから、集めて分類するのが大変だった。
「イセルの村人が見たのは、これかも知れませんね」
エストレが、窓の桟に落ちていた金属片をつまみ上げた。俺の手のひらより大きい、金属の板みたいな。見ただけでは、何に使われていたのかわからない。
「それが光ってたってことですか?」
「ここから、イセルの村が見えるようですね。窓は壊れ、カーテンもぼろぼろです。それで月の光がこの部屋へ入るようになったのでしょう。光の当たる位置にこの金属があり、反射していた。それをたまたま村人が見た、と思われます」
光が入る角度や、ぼろぼろのカーテンが風に揺れるといった条件があれこれ重なって、村人の目撃証言が出たってことか。
一度認識したら、どうしたってそっちに注意が向けられる。実はもっと前から光っていたかも知れないけど、最近気付いて魔法使い協会へ連絡が入った……ということなんだろう。幽霊の正体見たり、だな。
退治班は、正体はわからないけど魔物じゃないって結果を村に報告したらしい。さらに俺達がこのことを報告すれば、村人も安心できるだろう。
魔物じゃないって言われても、夜に正体不明の光が見えるのは怖いだろうしな。
「あ、ここにも鏡がある」
檻の近くに、頭から肩辺りまで映る大きさの鏡があった。洗面所や更衣室なんかにありそうなサイズだ。裏返った状態で床にあったから、ほこりにまみれて見落としてたらしい。
それにしても、どうして檻の近くに鏡があるんだ。そんな軽い物じゃないから、風で転がった、というにはちょっと無理があるんだけど。
まさか魔物に鏡を見せて、どういう反応をするかって実験でもしていたんじゃないよな。
不思議に思いながら鏡を拾い上げ、他の鏡のそばへ持って行く。どうやらこれは割れたりしていないようだ。確認は必要だけど、これは再利用も可能かな。
そんなことを考えながら、俺は鏡を床に置いた。
言い訳するつもりはないけど、そっと置いたつもりだ。置いた時の音だって、ほとんどなかった。
割れてないなら再利用できるかもだし、そうでなくても扱い方によっては壊れやすい物なんだから。
「うわっ」
鏡を床に置いたわずかな振動のせいか、鏡にひびが入り、そのひびから白い煙が出た。何か怪しげな魔法でもかかっていたのかと、俺はすぐに後ずさる。
だが、煙はあっけないくらい、すぐに消えた。
「うわぁっ」
今のは何だったんだ、と思った次の瞬間、悲鳴があがる。バンシュの声だ。
何かの魔法が現れたのかと思ったが、違う。
「な、な、何だよ、それっ」
イスの上でひざを抱え、小さくなりながらバンシュが床を指差す。
「え……ええっ?」
煙が消えた後、俺が置いた鏡の横に骨が現れていた。
何だよ、それって、俺が聞きたい。何だよ、これ。絶対、さっきまではなかったぞ。
「人骨……でしょうか。もう一つありますね」
淡々と言うエストレが、ちょっと怖い。この人、悲鳴一つあげなかったぞ。彼女が驚くことって、あるのかな。
とにかく、骨が襲いかかってくる様子はないので、俺も改めて観察した。
鏡の横に現れたのは、確かに人骨っぽい。その隣は、たぶん四つ脚の獣。もしかして魔物、かな。
魔法生物課の研究班ならわかるんだろうけど、俺にはこれが魔物か否かすらも判断ができない。
人骨は服を着ている。かなりぼろぼろだけど、男物だ。
エストレが近付き、ペンを取り出してその先端で服に触れた。直接ではないとは言え、よく触れるなぁ。回収係って、実は人骨に慣れてる? ……って、そんなはずないよな。考古学とかじゃないんだから。
「刺繍があります。ヴェネルのようですね」
「え、ここの持ち主の?」
驚いた勢いもあって、俺も人骨へ近付く。
エストレがめくった、元は何色かわからないシャツの襟部分には、確かにヴェネルという文字が刺繍されているのが見て取れた。
「なぁ、どうして鏡から人間の骨が出てくるんだよ」
初めてであろう状況に、バンシュの声が震えている。
俺もこんなことは初めてだし、そう言われてもなぁ。しかも、一緒に獣だか魔物だかの骨もあるし。
「私の推測ですが」
すごいな。この状況の原因を推測できるのか。
「この骨が魔物のものだと仮定して、ヴェネルが魔物を鏡に封じようとした。それが、鏡の不具合か術の失敗で、術者までが鏡に封じられた。自力で出ることはできず、ヴェネルは一人暮らしだったので助けてくれる魔法使いは近くにいない。鏡の中の時間経過がどのようになっているかは不明ですが、本人の望まない最期を迎えることになってしまった。スペルオが鏡を持ち、振動を与えたことで術の均衡が破れ、術者が解放された。そんなところだと思います」
「はぁ……なるほど」
ものすごく納得しやすい話だ。
俺には他にありえそうな話は出て来ないし、その辺りが濃厚なんだろうな。