04.侵入者は
アルケスはともかく、ロック鳥のロイオンは家レベルの体高だから、そのままでは中へ入れない。
とりあえず、姿はそのままで、俺と同じくらいの体高になる。たった今までその姿を見ていたから、かなり縮んだ印象だ。
人間の姿になれなくもないんだけど、人間の姿より大きな獣の姿のままの方が脅しになるだろう。人間の姿でもこっちは複数だから、十分脅しにはなってると思うけど。
かろうじて形を保っている、腐った木の扉。それを開けて中へ入ると、まず広いエントランス。そこから、両脇に廊下が伸びる。
昨日読んだざっくりな資料によると、右へ行けばキッチンと食堂。左へ行けば客室と広いリビングがあるはずだ。
魔獣達によると、人の気配はリビングの方から感じられるらしい。
すっごいほこりだらけの床には、足跡がいくつもある。その侵入者のものかと思ったけど、すでに退治班が来ているからその時のものだろう。これじゃ、侵入者の足跡が混じっていてもわからない。
足音をたてないよう、全員でリビングへ向かう。廊下はそんなに長くないので、すぐに広い部屋へ着いた。
魔法使いのヴェネルがここで研究していたのだろう、と思われる器具やら何やらがその部屋にはたくさんある。棚や長机などがあり、床にもあれこれちらかっていた。
退治班は「散見」って報告してたけど、これってどう見ても「散乱」だよな。ヴェネルが片付けられないタイプだったのか、侵入者の仕業なのか。
んー、後者の可能性の方が高いかも。散らかってるなら、退治班だってそう言うよな。退治班が帰った後で誰かが散らかしたから、こんな状態なんだろう。
侵入者の件はともかく、後でこれを整理しなきゃいけないんだよな……。それが仕事とは言え、こういう状態を見るとため息をつきたくなる。これじゃ、ほとんど清掃業務だ。
俺が心の中でがっくりしていると、翼をたたんでいるアルケスがある方向をくいっとあごで示した。
棚の陰になっている部分だ。何も音はしないけど、きっと息を潜めて隠れているんだな。
中へ入って来る時、俺達は音をたてないよう静かにしていた。恐らく、外にいる時の俺達の会話が聞こえて「誰かが来た」と知ったんだろう。そのうち入って来るだろうって。
でも、俺達の情報については口にしていない。ここには魔法使いが住んでいた、という話は少ししたけど、それだけだ。さっきの会話で、俺達が魔法使いかそうでないかは判断できないはず。
あ、魔獣の姿は、窓からちらっとでも見えたかも知れない。それなら、そこから推測されることもありか。
エストレが、どういう攻撃をされてもいいように防御の壁を出してから、一歩前を行く。
これって、俺が出るべき? この場合、女性よりはやっぱり男の俺が前に出ろって言われそうだ。それとも「先輩」に任せるべきなのかな。
「そこにいることはわかっています。顔を見せなさい」
俺が迷っている間に、エストレはさっさと相手に降伏をうながしていた。
すごいな、先輩。全然ちゅうちょしてない。俺も数年後には、こうなっていたいもんだ。
「ま、待って」
子どもっぽい声がした。俺より少し下の、まだ声変わりしてそんなに時間が経ってない少年のような。
「お願い。殺さないで」
エストレや俺はともかく、そこそこでかい魔獣が二体もいるのを一般人が見たら、命乞いをしたくもなるよな。
「私達は、魔法使い協会の者です。そちらに攻撃の意思がなければ、何もしません。あなたが魔法使いでないことはわかっています。姿を見せてください」
ごそごそと音がして、陰から予想通りに少年が現れた。背は割と高いけど、顔が幼い。十四、五歳ってところか。
短く暗い赤の髪は、少しくせがある。丸くて薄い青の瞳。生成りの長袖シャツに黒いズボンという、いたって普通のいでたち。
どこの街にもいそうな、特に目立ったところのない少年だ。状況が状況だけに、ちょっとおどおどした様子。
「あの……本当に魔法使いですか」
魔法使いって言われても、見た目じゃわからないよなぁ。
「こいつらは、本物の魔獣だ。普通の人間が連れ歩かないだろ」
「は、はぁ……」
大きな獅子と人間と同じ高さの鳥を、恐怖に満ちた目で見ている少年。心情はわからないでもない。見慣れてなきゃ、たとえ作り物でも怖いよな。
「私は、魔法使い協会シャングのエストレです。こちらはスペルオ。あなたの名前は?」
「バンシュ、です」
静かな口調ながらもはっきり名乗られ、有無を言わせぬエストレの問いかけに、少年は戸惑いながらも名乗った。……名乗るしかないよな。こうなったら、魔法使いうんぬんは関係なさそう。
「私達は仕事でここへ来ました。バンシュは、ここで何をしていたのですか」
「あの……二日前に嵐に遭って、船が難破して。さっきこの島に着いたんだ。古い建物だけど、何か食べる物は残ってないかなって思って」
「遭難者だったのか」
それは気の毒だな。この島には食べられそうな植物や木の実の類はないし、水もない。せいぜい、どこかの岩陰にできたくぼみに、わずかな雨水がたまってるくらいだろう。それだって、衛生面ではどうかと思うけど。
この別荘を建てた貴族は、当然ながら来る時は飲食物を持ち込んでいた。でも、水を大量に持ち込むのは大変だし、この島では井戸も掘れない。
もしこの島へ来て「風呂に入りたい」なんて言われた日には、使用人達がぶち切れそうだ。
来るまでの手間に加え、そういう不便さもあって、寄り付かなくなったらしい。ほんと、実行する前にもうちょっと考えろよなぁ。建てればいいってものじゃないだろうに。
「ここに食料が残っていたとしても、口にしない方が賢明です。何十年前の物か、わかりませんから」
「え……そ、そうなの?」
建物のくたびれ具合からして、相当古いってのは見ればすぐにわかりそうなものだろ。あ、とりあえず陸に上がれて助かった、という安心感が先に立って、冷静な判断ができなかったのかな。
「今は魔法で補強されていますから、建物に関しては安全です。崩れることはありません。では、これを」
エストレが小さな包みと瓶を、バンシュに渡す。彼女の今日の昼食だろう。
「え、どこから出したの?」
それまで何もなかったエストレの手に物が現れたのを見て、バンシュは目を丸くしている。
「小さく収納できる魔法道具の中からです。空腹なのでしょう?」
律儀に答えるエストレに、少し呆然としながらバンシュはそれを受け取った。
さっと自分の食料を渡せるところがすごいな。俺は惜しいとかではなく、そんなところに気が回らなかった。
「あ、ありがとう。あ……でも、あなたの分なんじゃ」
「まだありますので、お気遣いは無用です」
まだあるから気にしないで……みたいな言い回し、この人からは出て来ないんだな。良くも悪くも、年齢性別関係なく全ての人に対して平等ってことか。
ただ、今はこんなガキに見えるような相手なんだから、もう少し笑顔で言ってやった方がいいと思う。そうしたら、今よりは気を遣わなくなるだろうし。これがこの人の持ち味なんだろうけど。
「私達はこれからこの建物内の調査を始めますので、バンシュは外で待っていてください。ここで食べても構いませんが、大量のほこりが舞うので落ち着けないでしょう。仕事が終われば、近くの街まであなたを送ることができますから」
「送ってくれるの?」
「この島から見える位置に漁村がありますが、泳いで行くのは困難です。ここで一般人を放置して帰れません」
やっぱり、言い方がかたい。こんな所に置いて行けないでしょ。近くまで連れて行ってあげるわよ、でいいじゃん。……意味が通じればいいか。
バンシュは短く礼を言って、外へ出た。状況確認ができたので、俺達は作業開始だ。
エストレと俺は相棒に、おかしな物が残っていないか島を点検して、後は帰るまで自由にしているように言う。
エストレは指示した後で、またアルケスに何やら耳打ちしていた。あれ、こんな所で内緒話か?
「では、始めましょう」
相棒の魔獣達が外へ出ると、俺達は内部調査を始めた。
もちろん、まだ全部は見ていないが、散らばっている器具や魔法薬の素材らしき物を見る限り、メインで作業をしていたのはこの部屋だろう。
だけど、実は別の部屋で、なんてこともありえる。ここが作業場だと思ったら、大きな物置部屋だった、とか。
なので、まずは別室の確認作業から始めた。
このリビングへ入るまでにあった客室と言おうか、寝室。広い空間に、小さなベッドとタンスがある。シーツがめくれていたけど、起きてそのままなのか、窓からの風でそうなったのか。
たぶん、元は白かったんだろうけど、長い年月の汚れで何と表現していいかわからない色になってる。真っ黒になっていないのが、むしろ不思議だ。
タンスの引き出しを調べたが、普通の服が数枚あるだけ。たぶん、ヴェネルの私物だろう。黄ばんでるし、手袋をしていても触りたくないくらいにぼろぼろだ。
特に魔法の気配はなく、魔法道具に関連するような物はない。