12.泥棒の連行と係長の後始末
魔物が封じられていたイヤリングは、完全に粉々になっていた。留め金部分がかろうじて残っているけど、それすらもかなり歪んでいる。さっきのよりさらにひどい状態だ。間違いなく廃棄処分。
で、その魔物は俺が復元した鏡に封じられてる訳だけど……。この鏡だって、どこまでヴェネルの手が入っているのか、確認のしようがない。
あのイヤリングみたいな三流品と言おうか、粗悪品みたいなものだったら、わずかな衝撃でまた出て来たりするんじゃないか? ヴェネルの遺体が出て来た、あの鏡がいい例だ。
「本当の一時しのぎですから、あまり触らない方がいいでしょう。結界を張って、今は帰ります」
エストレはカゴでもかぶせるように、床に置いた鏡にドーム型の結界を張った。ここにバンシュみたいな奴がまた来ないとも限らないけど、これならまず触れられることはない。魔法使いが来てこの結界を解いたら……後は何が起きてもそいつの責任ってことで。
鏡を取り出すために出した魔法道具を、再び巾着へと入れる。帰ってから他の鏡を出す時がちょっと怖いな。周りに他の魔法使い達がいるから、少しは安心できるけど。
そうこうしているうちに、バンシュが目を覚ました。
自分に起きた出来事を思い出して青ざめていたけど、気がふれてしまうってことはなかったので一安心だ。
「もう、こんな所で盗みはやらない……」
「こんな所でなくても、盗みをしてはいけません」
バンシュのつぶやきを聞いて律儀に返すエストレに、俺はちょっと吹き出しそうになった。一応、真面目に言ってるんだよな、この人。
予備の巾着に、バンシュが盗んだ宝石を彼が乗ってきた小舟ごと入れ、ようやく帰還の途につく。
これは俺達が回収する物ではないけど、証拠品を置いて帰れないからな。盗んだ場所については、役所でバンシュの口から語られるだろう。
どこの役所へ突き出してもいいんだろうけど、さっさとオスクの街へ戻り、街の役所へ連れて行こうって話になった。結果的に最初に言っていた通り、街へ連れて行ってやる、という形だな。
そのバンシュは、俺と一緒にロイオンの背に乗った。
俺の前に乗せ、見張るような形にしているけど、身体をかたくしているのを見ていたら、こいつが何かできるとは思えない。
普通に暮らしていたら、こんな空高く飛ぶことなんてないもんな。もちろん、魔獣の背に乗ることも。
「なぁ、お姉さん。あんた、どうしてそんな堅苦しいしゃべり方するんだ?」
「え?」
アルケスに乗っていたエストレは、バンシュの不意な質問に目を丸くした。
急に言われて驚くのはわかるけど、そんなこと初めて聞かれたって顔にも見えるぞ。今まで誰も聞かなかったのか? あ、そう言う俺は聞かなかったな。
でも、気になる。こういう人なんだろうって、自分を納得させてただけなもんで。
「だって、捕まえる人と捕まった奴だろ。それなのに、口調が最初と変わらないしさ」
確かに、大抵の役人は泥棒相手にです・ます調の言葉はあんまり使わないよな。
「……わからないだけです」
ぼそりとエストレが答えた。今まで聞いた中で、一番自信のなさそうな口調だ。
「私の口調が変わるのは、家族とごくごく親しい友人だけです。他の人は……どう話せばいいのかわからないので」
わからないって、普通に話せばいいだけなのに。その「普通」がわからないのか。
あれ、そう言えば、アルケスには普通にしゃべってなかったか? 思いっきりスルーしてたけど。
ごくごく親しい間柄。どれだけの付き合い期間があったか知らないけど、魔獣とは家族同様の接し方ってことか。
魔法の腕がよくて、魔法道具の知識も豊富で、美人で、スタイルがよくて。いわゆる才色兼備な女性だけど、実は対人関係に関してだけはちょっと不器用だったりする?
年下の後輩にも敬語で、誰に対しても他人行儀な雰囲気に思えていたけど、実は接し方に戸惑ってるだけ……なんて、かわいすぎるぞ。
彼女のていねいじゃない言い方、聞きたくなってきた。俺に対してそういう話し方をしてもらえる日が、がんばれば来るのかな。
微妙にとっつきにくい先輩だと思っていた女性に、強い興味を覚えた瞬間だった。
☆☆☆
オスクの街へ戻り、魔法使い協会シャングへ着くと、無事に帰って来られたんだぁ、と力が抜けそうになった。
俺の初仕事、過酷すぎだろ、絶対。
バンシュについては、協会から役所へ連絡が入れられて担当者が連行して行った。もちろん、盗品である貴金属とバンシュが乗って来た小舟も証拠品として押収され、この件については俺達の手を離れる。
やれやれ、余計な仕事をさせられたな。
ちょっと驚いたのは、バンシュの年齢。せいぜい十五、六歳くらいかと思ってたのに、十九歳だと後で聞かされた。しかも、もうすぐ誕生日が来るので二十歳。俺と同じかよ。てっきり年下のガキだと思ってたのに。
細く小柄なのは、本人も話していたけど貧乏だったからってことのようだ。栄養状態がよくなかったんだな。
でも、その細さを利用して、時には女装して悪さをしていたようだから、ちゃっかりしていると言うか、たくましいと言うか……。
でも、今回のことはバンシュにかなり強い恐怖心を植え付けたようだ。そりゃそうだよな。煙が巨木やでかいカエルになったんだから。
形としては、これはまだかわいい方だと思うけど、魔物を見慣れない人間にすれば、何のなぐさめにもならないだろう。
それに最悪だと魔物と一緒に死んでたかもだし、そうでなくても鏡の中へ吸い込まれていたかも知れない。その場合は俺達が引っ張り出すにしても、絶対に生きて戻れるかって保証はないんだ。
少なくとも、よくわからない代物が混在する盗みはやめる、と話していたらしい。エストレじゃないけど、普通の盗みも盗み以外の悪いこともするなよ、と言ってやりたいな。
さて、俺達の仕事の方だけど。
次の日。エストレと俺、そして今回はディーセム係長が同行して、またサンザの島へ向かった。
エストレが鏡に張った結界は、時間が経っても特に変わったところはない。俺が必死に復元したおかげで、どうにか魔物を封じたままでいられたようだ。
よかったぁ。効果が切れなくて。
でも、このままだと魔物は封じられただけで、鏡が割れればあのイヤリングの魔石が割れた時のように解放されてしまう。
本来は魔法道具の鏡はそう簡単に割れないはずなんだけど、腕が悪いヴェネルの持ち物なら、また割れる可能性はかなり高い。
だから。
「一度解放して、確実に消しましょう」
報告を聞いたディーセム係長が、あっさりと言った。
で、次の日、またこうしてサンザの島へ来た訳だけど。
そんな簡単にできるものなのか? エストレは拘束するのに必死だったし、俺だって奴を吸い込んだ鏡が重くて座り込んだくらいなのに。
そう思っていたけど。
結界を解き、鏡の封印を解くと、今がチャンスとばかりにあのカエルみたいな煙の魔物がすぐに現れた。
「なるほど。これですね」
念のため、ちゃんとした封印の道具として別の鏡を持って来ている。荷物持ちとして俺が持っていたけど、まさか俺に封印しろって言わないよな。二日続けてはいやだぞ。
俺が不安に思っていることを、知ってか知らずか。係長は魔物の前に立つ。
昨日のエストレみたいに拘束の魔法をかけるでもない。あいつ、舌で攻撃するってちゃんと報告したのに。今は拘束されていないから、舌以外でも攻撃してくるかも知れない。
「これは少し強い怨念、といったところでしょう」
ディーセム係長はさらっと分析している。
あの、いつ攻撃がくるかわからないんだけど、大丈夫ですか。
係長の斜め後ろに立っていた俺は、内心焦ったり心配したりしていた。
でも、次の瞬間。光の刃が、魔物を頭から真っ二つにぶった斬ってしまう。
「え……」
何、今の。めっちゃくちゃ速かったんですけど。詠唱だって、短くて。
勢いよく斬られて魔物は再生することもなく、本当の煙のように宙に溶けるようにして消えた。
本当に一瞬……。昨日、俺達が苦労していたのは何だったんだ?
ああ、そう言えば、実は魔法の腕がすごい、んだっけ、この人。
頼りになるのかな、なんて思ってすみませんでしたっ。本当に頼りになります。
俺が呆然とディーセム係長を見ている横で、エストレはそんな俺を見てくすっと笑っていた。
思っていた通りの反応を俺がしていたからか、実はエストレも同じような体験をしていて、それを思い出したのか。
とにかく、これでサンザの島での回収作業は本当に終わった。持ち帰った物は、これから順番に確認作業をすることになる。
「ほら、行って来い」
サンザの島での仕事から二日後、また回収の仕事が入った。まだ確認作業を始めたばっかなのに。
昔、魔法使いをしていた人が亡くなり、遺族から魔法道具類を引き取ってほしいという依頼が来たんだ。続く時は、こうして続くんだなぁ。
「また魔物が出て来なきゃいいな」
「や、やめてくださいよ」
ベテラン勢にそんなことを言われ、からかわれた。他人事だと思って、絶対面白がってるよな。一般人を巻き込むかもって、不安で大変だったんだぞ。
正直に、本当に正直に言うと、すっごく怖かったんだからな。
「スペルオ、行きましょう」
俺達のやりとりを見ていたエストレは、くすっと笑いながら出発を促す。
あれ、最初の頃よりよく笑うようになった? それとも、本当はこんな感じが普通とか。
そう思った俺から表情を隠すように、エストレはくるりと背を向けた。
さぁ、魔法道具の回収に行くか。





